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気合の入った馬さんたち
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普段乗らない馬車に、短い期間で二回も乗ることになるなんて思わなかった。慣れていないので、どんどん流れていく風景が怖い。
ヘロノスさんより早く、宮殿跡に着くためだ。急いでいるから、普段以上の速度が出ているのだろう。
目の前の大きなお尻に、太い鞭が打たれた。
「そんなに強くお尻を叩いたら可哀想じゃないですか!」
わたしは御者さんの腕を掴んだ。無理を言って、御者席に座らせてもらって良かった。
「い、いや、しかし、イグルン保安官が急ぎだと……」
保安官の制服を着た若い御者さんは後ろに目を向けた。座席のイグルンさんが身を乗り出す。
「この嬢ちゃんの言う通りにしてやってくれ。急がせてはくれるはずだ」
御者さんは「はぁ」と気のない返事をして、前を向いた。そして木の洞を覗き込むかのように、ゆっくりとこちらを見る。
「ええっと、どうすればいい?」
「急がなければいけないことは、彼らもわかってくれているはずです。道を間違えないように、誘導だけしてあげてください」
「はぁ」
また気のない返事だ。それでもいい。わたしたちを宮殿跡に連れて行ってくれるのは、馬車を引いている二頭の馬さんなのだから。
『何かと競ってんだろうなぁ』
『あぁ、そうだろうなぁ』
ハリのある声で、二頭の馬さんが話し始めた。
保安官付きの馬車を引いているだけあって、二頭とも体がガッチリしている。馬車は小回りを重視しているのか小さめなので、楽々引いているように見えた。
それでも草原を自由に駆け回るのとはわけが違う。人間を五人も乗せた馬車が軽いわけがない。
「急がせてしまってごめんなさい。でも絶対に、先に着かないといけないんです」
わたしが謝ると、馬さんが少しだけ顔を傾けた。馬さんの視野は広いので、きっとそれだけでわたしが見えるのだろう。
『競争か。俺はそういうの大好きだ。でもなぁ』
『あぁ、どうもなぁ』
二頭とも正面を向いた。でも落ち着かないのか、頭が左右に揺れている。
「どうかしましたか? まさか、どこか痛いんですか!?」
『いや、そうじゃねぇんだ。どうも気合が入らねぇ』
『そうだ。ビシッといつものヤツ。一発欲しいところだ』
ビシッと……もしかして鞭のことだろうか。
「もしかしてお二方。ドMというやつなんですか?」
『それが何なのかわからねぇが、たぶん違うな』
『景気づけってのが欲しいのさ。そうやって育ってきちまった、馬鹿な馬なんでね』
馬さんたちの声は明るい。
「えっと……」
思わず御者さんに目を向けると、頷いて返してきた。
「気合を入れてほしいと、言ってるんじゃないかな?」
「ええ、まぁ、そうです」
「わかった。手を離してもらっても?」
鞭を振るのを止めてからずっと掴んだままだった。
「あ、ごめんなさい」
わたしが手を離すと、御者さんは少しだけ腰を浮かせた。
「よしいくぞ! このお嬢さんにかっこいい所を見せてやれ! 犯罪者なんかに負けんじゃないぞ!」
御者さんの振った鞭が、平手で打ったような音をたてる。わたしは思わず目をつぶってしまった。
『おう! これだこれ!』
『人間の気合が伝わってくる! 負けてらんねぇな!』
目を開くと、まるで軽い馬車に乗り換えたような錯覚を覚えた。明らかに、さっきまでより速い。
馬さんたちの後ろ姿も、こころなしか楽しそうだ。
御者さんは腰を下ろしてもいいはずなのに、まだ浮かせている。
御者さんと目が合った。
「今回の件が解決したら、君の手からニンジンをあげてもらってもいいかな?」
もちろんわたしは頷いた。
ヘロノスさんより早く、宮殿跡に着くためだ。急いでいるから、普段以上の速度が出ているのだろう。
目の前の大きなお尻に、太い鞭が打たれた。
「そんなに強くお尻を叩いたら可哀想じゃないですか!」
わたしは御者さんの腕を掴んだ。無理を言って、御者席に座らせてもらって良かった。
「い、いや、しかし、イグルン保安官が急ぎだと……」
保安官の制服を着た若い御者さんは後ろに目を向けた。座席のイグルンさんが身を乗り出す。
「この嬢ちゃんの言う通りにしてやってくれ。急がせてはくれるはずだ」
御者さんは「はぁ」と気のない返事をして、前を向いた。そして木の洞を覗き込むかのように、ゆっくりとこちらを見る。
「ええっと、どうすればいい?」
「急がなければいけないことは、彼らもわかってくれているはずです。道を間違えないように、誘導だけしてあげてください」
「はぁ」
また気のない返事だ。それでもいい。わたしたちを宮殿跡に連れて行ってくれるのは、馬車を引いている二頭の馬さんなのだから。
『何かと競ってんだろうなぁ』
『あぁ、そうだろうなぁ』
ハリのある声で、二頭の馬さんが話し始めた。
保安官付きの馬車を引いているだけあって、二頭とも体がガッチリしている。馬車は小回りを重視しているのか小さめなので、楽々引いているように見えた。
それでも草原を自由に駆け回るのとはわけが違う。人間を五人も乗せた馬車が軽いわけがない。
「急がせてしまってごめんなさい。でも絶対に、先に着かないといけないんです」
わたしが謝ると、馬さんが少しだけ顔を傾けた。馬さんの視野は広いので、きっとそれだけでわたしが見えるのだろう。
『競争か。俺はそういうの大好きだ。でもなぁ』
『あぁ、どうもなぁ』
二頭とも正面を向いた。でも落ち着かないのか、頭が左右に揺れている。
「どうかしましたか? まさか、どこか痛いんですか!?」
『いや、そうじゃねぇんだ。どうも気合が入らねぇ』
『そうだ。ビシッといつものヤツ。一発欲しいところだ』
ビシッと……もしかして鞭のことだろうか。
「もしかしてお二方。ドMというやつなんですか?」
『それが何なのかわからねぇが、たぶん違うな』
『景気づけってのが欲しいのさ。そうやって育ってきちまった、馬鹿な馬なんでね』
馬さんたちの声は明るい。
「えっと……」
思わず御者さんに目を向けると、頷いて返してきた。
「気合を入れてほしいと、言ってるんじゃないかな?」
「ええ、まぁ、そうです」
「わかった。手を離してもらっても?」
鞭を振るのを止めてからずっと掴んだままだった。
「あ、ごめんなさい」
わたしが手を離すと、御者さんは少しだけ腰を浮かせた。
「よしいくぞ! このお嬢さんにかっこいい所を見せてやれ! 犯罪者なんかに負けんじゃないぞ!」
御者さんの振った鞭が、平手で打ったような音をたてる。わたしは思わず目をつぶってしまった。
『おう! これだこれ!』
『人間の気合が伝わってくる! 負けてらんねぇな!』
目を開くと、まるで軽い馬車に乗り換えたような錯覚を覚えた。明らかに、さっきまでより速い。
馬さんたちの後ろ姿も、こころなしか楽しそうだ。
御者さんは腰を下ろしてもいいはずなのに、まだ浮かせている。
御者さんと目が合った。
「今回の件が解決したら、君の手からニンジンをあげてもらってもいいかな?」
もちろんわたしは頷いた。
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