あなたには翻訳術師が必要です ~異世界の言葉がわかるとかいう都合のいいことが起こらなくても、わたしがいれば大丈夫~

もさく ごろう

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焦げたフクーラもかわいいよ

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 小窓からの朝日が、徹夜明けの目に眩しい。眠気があるまま、目が冴えていく。変な感覚だ。

 結局夜が明けるまで、吸血鬼の女の子ヴィーンとゲームをしていた。あまりボードゲームはやったことが無かったけれど、説明書を見ながらコマを動かしてルールを紐解いていくのは結構楽しかった。でも対戦系のゲームはあまりやりたくない。ヴィーンが少し怖いから。

 吸血鬼のヴィーンは夜明けとともに寝てしまった。フクーラの家に戻るべきか、それとも保安官のところに向かうべきか。

 そんなことを考えながら階段を降りると、保安官のおじさんがルクルーンの扉の前に立っていた。

「あれ? ずっと立ってたの?」

 話しかけると、おじさんは軽く手を上げて返してきた。その後なにか言っていたけれど、当然わたしにはわからない。

「見張りが必要なら、わたしがやったのに」

 伝わらないし、今更そんなこと言っても遅い。それでも少しだけ罪悪感が薄れた気がした。

 おじさんは首をかしげながら、小さく笑った。横に並ぶと、日がよく当たって温かい。今のコンディションだと、うたた寝してしまいそうだ。

 正面の廊下から、誰か走ってくる。朝になって観光客が来たのかと思ったけれど、様子が変だ。一人しかいないし、表情が穏やかではない。

 それはおじさんと同じ制服を着た若い男だった。

 その男が何か叫ぶと、おじさんも声を上げた。たぶん『なんだと!』みたいなことを言ったんだと思う。

 二人は短い言葉を交わしながら、正面へと歩き始める。そして数歩行ったところでおじさんは立ち止まって、わたしに向けて何かをぶん投げるように、荒々しく手招きした。

 なんだか嫌な予感がした。


~~~~~~~~~~~~~~~


 荒々しく走る馬車の座席にお尻を叩かれ、うたた寝する暇すらなかった。時計がないから正確にはわからないけれど、多分三十分くらい。

 馬車から降りて連れて行かれたのは、焦げ臭い路地を抜けた先だった。

 石畳の広場みたいになっていて、真ん中に大きな木が立っている。その根本に、見慣れた姿が座っていた。

「フクーラ!?」

 いつも着ている茶緑のローブが黒く汚れている。駆け寄ると、きれいな長い髪の毛も所々が焦げてチリチリになっていた。

「だ、大丈夫!? なにがあったの?」

『あ、ヤトコさん。ちょっと油断してしまいました。でも色々とわかりましたよ』

 フクーラはなんでもないように笑った。その頬も、墨を拭いたかのように汚れている。

 保安官のおじさんがわたしの横に並び、笑いながら何か言った。

 フクーラは頬を膨らます。

『負けてません。情報は取れましたし、アジンさんたちも守りきったんです。わたしの勝ちです』

 フクーラは拗ねるようにしながら、右手を前に出した。その手の上には黒鉄色の――

「け、獣……!?」

 刀1本分の距離をとってから、それがネズミだと確認した。

『あ、すみません。ここには猫さんもいるので、しまっておきますね』

 フクーラはそれを袖に入れた。信じられない。噛まれたらどうするつもりなのだろう。

 そして確かに、フクーラの横で丸くなっている毛玉が二つある。

 驚異的な身体能力と、小さいながらも鋭い牙と爪を持つ肉食獣。猫だ。

 気配を消しているなんて、さすが恐ろしい狩人としか言いようがない。

 黒くて小さい方が、緑色の目を開いてわたしを見た。そして隣の大きな三毛を手でつつく。

 三毛は目を開いた途端に、体を起こした。そして予備動作など一切なしに、わたしに向かって高速で――

『今はちょっと、ごめんなさい』

 フクーラがその二匹の首根っこを掴んだ。そのまま抱き寄せて、膝の上に置く。牙を剥いて鳴かれても、フクーラは『あとでいいものあげますから』となだめてしまった。袖の中で何か暴れているけれど、大丈夫だろうか。

 そういえば、初めてフクーラが獣から守ってくれた気がする。

『犯人の狙いがわかりましたよ』

 何もなかったかのように、フクーラは話を始めた。

『犯人はヤトコさんになりすまして、代わりに加護をもらおうとしているみたいです』

「え? そうなの?」

 わたしが問いかけるのと一緒に、保安官のおじさんも何か言う。フクーラは首を横に振った。

『わかりませんが『能力のない人間に力を分けるべき』みたいなことを言ってましたね。わたしのことも、能力に恵まれただけみたいに言っていて……』

 思い出しているのか、すねた子供のように眉が下がった。かわいい。

『わたしが会ったのはヘロノスさんという赤毛の女の子でした。おそらく彼女は翻訳術師を演じていたのだと思います。ヤトコさんになりすましたのは別の人です。部屋に掛けてあったローブを調べてもらったのですが、魔術師のものだったようですね』

 おじさんが別の保安官を呼んで、言葉を交わす。保安官はおじさんだけでなく、フクーラにも目線を向けながら何やら説明した。

 フクーラが『なるほど』とうなずく。

『ヘロノスさんの遺体はなかったんですね。きっと魔術師の力で炎を操り、逃げたんだと思います。でもこれだけ派手なことを起こしてしまったわけですから、うかつに動けないはずです。ルクルーンをしっかり守って、足取りを追いましょう』

 確かに女神さまから能力をもらうのが目的なら、絶対にルクルーンには行くはずだ。なんなら今の話を女神さまにしてしまえば、犯人の狙いは絶対に達成できない。

「あ、ちょっと待って」

 気づいてしまった。

 犯人が目的を果たすには、わたしたちより早く女神さまに会わなければいけない。

 そして今――

「わたしもおじさんもここに来ちゃったけど、ルクルーンは誰が守ってるの?」

『あっ……!』

 フクーラが猫を膝から下ろし、立ち上がった。

『急ぎましょう!』

 猫がわたしに飛びかかってくるのより早く、フクーラは走り出した。
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