勤続5年。1日15時間勤務。業務内容:戦闘ログ解析の俺。気づけばダンジョン配信界のスターになってました

厳座励主(ごんざれす)

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第7話 指導、始動

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「やれやれ、青春っていいねぇ」

 ふらっと現れたのは、所長・滝沢美帆。
 缶ジュース片手に、のほほんと笑いながら近づいてきた。
 今朝のド派手なスーツは既に脱いでおり、ラフなシャツとワイドパンツに着替えていた。
 巻かれた髪だけが、参観日ハリキリお母さんモードの面影を残している。

「若者がこんなに頭下げてるんだから、付き合ってあげなよ」

 彼女は俺の隣にぬるっと近づくと、ベンチに腰を下ろす。
 缶を開けて、一口飲んだ。

「テキトーなことを……所長は娘さんにいい顔したいだけですよね」

 思わず突っかかると、彼女は「えぇ~? なにそれひど~い」と笑いながら流す。

「ま、そういう気持ちがゼロとは言わないけどさ。
 香奈ちゃん、可愛いじゃん。応援したくなるんだよね~」

 軽い口調。
 だが、その目がふと鋭くなる。

「でもね、違うの。今回はちゃんと意味がある」

「意味?」

「うん。今朝も言ったけど、これまでどんなに論文出しても全然伸びなかったが――」

 そう言って彼女はスマホを取り出し、画面を見せつける。
 クラウドファンディングのページ。
 数字が、跳ね上がっていた。

「今の時点で、目標の三倍突破。超えてるよ。すごくない?」

「……マジ?」

「大マジ。だから言ってるの。今や風間零士は世間の注目の的。
 この追い風を利用しない手はないってこと」

 そう言ってから缶を置いて、少しトーンを落とす。

「それともう一つ。お金とか名声とかじゃなくて、君の話」

 ずびし、と所長はこちらを指さす。

「君の思い描く誰も死なない戦場りそう
 それ、今ここで一歩踏み出せば……ちょっとだけ近づくんじゃない?」

 ぐっと言葉に詰まる。
 言い返そうとして、うまく言葉が出てこなかった。
 この人はおちゃらけているように見えて、その実かなり切れる。
 口論になって言い勝った試しがない。

「それに――」

 所長の声が、少しだけ柔らかくなる。

「君もさ、目を背けてばっかじゃダメなんじゃないの?」

 ぐらりと、心が揺れた。
 香奈の言葉よりも、安藤の言葉よりも。
 今のその一言が一番、胸に突き刺さった。

「……わかったよ。いいだろう。だが、条件付きだ」

「――っ!」

 香奈が顔を上げた。
 所長も「おっ」と笑みを浮かべる。

「条件は二つ。一つ目、これが最後だ。カメラを握るのは今回限り。
 以降の依頼、オファー、営業メール、全部断る。いいな?」

「う、うんっ!」

 香奈が力強く頷く。
 俺は指を二本立てて、もう一つの条件を告げる。

「そして二つ目。予告した配信日まで、今日を含めて残り七日。
 お前たちは俺の指導下で、徹底的に訓練を受けてもらう。
 戦い方、立ち回り、連携、すべて基礎から叩き込む」

「え、訓練……って、零士くんが?」

 香奈がぽかんと目を丸くする。

「ああ、俺が見る」

「えーっ!? 零士くん、戦えるの!?
 言われてみれば、ちょっとガッチリしてる……かも?」

 香奈は眉をひそめながら、俺の体の上から下まで何度も視線を往復させる。

「……昔、ちょっとな」

「またそれー!」

 香奈が笑いながら肩をすくめる。
 所長が嬉しそうに腕を組んで、コーヒーを飲みながら眺めている。
 俺は立ち上がって言う。

「そうと決まれば、さっそく動くぞ。パーティーメンバーは?」

「え? あっ……みんな大学の授業かも」

「ならすぐ連絡しろ。必修以外の授業はサボって、集まれるやつは必ず来させろ」

「え、ええええ……!」

 香奈が慌ててスマホを取り出して、たぷたぷ連絡を始める。
 俺はその横で、所長に向き直った。

「所長。俺、有給かなり溜まってますよね」

「う、うん。労基に引っかかるから、あんまり大きな声で言わないでほしいな……。
 ほら、きみ今影響力あるし。」

「今日から一週間、休み取らせてもらいます」

「いいね~。行っといで行っといで。バズる未来が待ってるぞ~」

 適当な返事とともに、所長は俺の背中をバンと叩く。

「安藤」

 俺は振り返り、少しだけ真剣な声で呼びかけた。

「はいっ!」

 背筋をピンと伸ばして、安藤が即座に反応する。
 いつもは軽口ばかりの後輩が、珍しく背筋を正していた。

「前回の実地試験で記録したAIDAのログ、クラウドに上げておく。
 その中から、処理負荷が高かったケースを抽出してまとめろ。
 予測アルゴリズムが乱れた場面を洗い出して報告してくれ」

「っ……了解です!」

 即答の返事。

「……ど、どうした?」

 安藤は目を見開き、ぐいっと拳で顔を拭った。

「俺……この会社に入って四年……っ。初めて、先輩に……頼られたっすぅ……!」

「なんだそれ。やめろ、重い」

 周囲に誰もいないのを確認しつつ、俺は一歩だけ後ずさった。

「いやっ、でも……俺っ、マジで嬉しっす……! 
 今なら、どんなクソ案件でもこなせそっす……!」

「じゃあそのテンションのまま、さっき言ったことやれ」

「はっ! はいぃぃ!」

 感涙のまま敬礼ポーズをとる安藤を尻目に、俺は香奈の方へ顔を向ける。

「行くぞ。無駄話してる時間はない」

「うんっ!」

 香奈も立ち上がり、スマホを持って慌ててついてくる。

 こうして俺たちは、中級ダンジョンへの挑戦に向けて動き出した。
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