勤続5年。1日15時間勤務。業務内容:戦闘ログ解析の俺。気づけばダンジョン配信界のスターになってました

厳座励主(ごんざれす)

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第22話 女王のヒミツ

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「うぇーいっ!」

 ぶつかり合うグラスの音と、香奈の声が高く響いた。
 ドレス姿のまま頬を赤らめた彼女は、右手にフォークに刺さった何かの肉、左手にはグラスワイン。

「ねぇリサちゃん、私見て~! きゃっるーん! 撮って撮って!」

「撮ってあげる撮ってあげる。……あっでもちょっと待って映えのためにはもう少し角度変えて」

「うおおっ、このローストビーフ厚いな!? ショウタ、そっちは?」

「うーん、牛は赤身がベスト……だけどソースはミディアムレアの方が合う気がする……悩む……」

「腹に入ればなんでもいっしょだろ!」

 ステージの挨拶が終わってしばらく、香奈たちはパーティを満喫していた。
 一方で俺は、壁際で静かにその様子を見ていた。

 この感じ、懐かしいな。
 騒がしくて、熱気があって、誰もが何かを忘れて笑っていて。
 昔、あの部隊で。
 華と一緒に、こんな時間を過ごしたことがあった。

 だがそれも、もう全て遠い過去のこと。

 ずきりと、胸の奥が軋む。
 俺は、そっと会場の外へ足を向けた。

「――零士くん、待ってっ!」

 後ろから声がして、香奈が慌ててついてきた。

「どしたの、体調悪い? お酒弱いタイプ?」

「違うわ!」

「じゃあ、失恋?」

「っ……ただ、夜風に当たりたくなっただけだ」

 やりとりをしながら、バルコニー前のガラス扉に近づいたときだった。
 わずかに開いた扉の隙間から、低い会話が聞こえてくる。 

「誰か外に――」

「しっ」

 香奈の口元に手をやり、制止する。

「……わかっているな、ルクシア」

 男の声。
 冷たくも、どこか芝居がかった声音。
 先ほどパーティで挨拶した中に居た……イグニス=ギア社の社長、ガルヴァノだ。

「人気は浮き沈みが激しい。君が潰れたら、天城家はまた――」

「ええ、重々承知しております」

 台詞を遮るルクシアの声は静かだった。
 だがその言い方の端々に、鋭く尖った敵意がにじんでいる。

「こちらは何も問題ありません。このまま、何年でも何十年でも世界中の視線を釘付けにしてみせます。
 ……それより、問題はそちらですわ。ものづくりの国、日本。そして振興中華メーカー。
 ライバルに差を詰められているのではなくって?」

「……ふっ。肝が据わってきたな、令嬢様」 

 やがて、バルコニーの扉が開く。
 ガルヴァノが出てきた。
 俺たちは、とっさに柱の影に身を隠す。
 彼は俺たちに気づくことなく、そのまま廊下の奥へと歩き去っていった。 

「……なんか、聞いちゃいけない話……だった、かも?」

「訳アリっぽいな」

 俺たちは小声で言葉を交わし、踵を返して会場に戻ろうとした。
 が、その時。 

「――気づいていますよ。そこにいらっしゃるでしょう?」 

 静かに、だがはっきりと。
 ルクシアの声が俺たちに届いた。
 俺たちは顔を見合わせ、無言でこくりと頷く。
 そして仕方なく、バルコニーに出る。

「……みっともないところを聞かれてしまいましたわね」

 ルクシアは夜景を見下ろしながら、グラスを傾けていた。
 ドレスの裾が風になびき、月明かりに髪が煌めいている。 

「ただのタレントとスポンサー、って関係じゃなさそうだな」

 俺の問いに、ルクシアはゆっくりと口を開いた。 

「ええ……かつて、我が天城家は“名家”でした。ですが、事業の失敗により莫大な借金を抱えました。
 酷いものでしたよ。私の父も兄も、跡形なくすべてを失いかけ、食事も毎日貧層になり。
 ――あ、でもの美味しさに気づけたのは怪我の功名ですわね」

「話が逸れかけてるぞ」

 俺が指摘すると、彼女は「あら」と言ってこほんと咳払い。

「そんな時、手を差し伸べてきたのが、あの男でした」 

 風が、ルクシアの声を少しだけさらっていく。 

「借金を肩代わりし、天城家はなんとか存続することができました。
 その代わり、私は広告塔としてストリーマーの道を歩むことになりました。
 イグニス=ギアの顔として、商品を売り、話題を集め、注目を浴び続けることを求められる」

「……あの、ルクシアさんに限ってそんなこと無いと思うんだけど……。
 それ、もし人気が落ちてきちゃったらどうなるの?」

「切り捨てられて、天城家はまた破産。そういう契約ですわ」 

 隣に立つ香奈が、小さく息を呑む。
 俺も胸の奥で何かがチリ、と軋んだ。 

「ずっと、その重圧の中で結果を残し続けてきたのか」

 ルクシアは、初めてこちらを見た。
 その表情はいつもの余裕たっぷりの笑顔より、ずっと自然で、ずっと優しかった。 

「だからと言って、あなたが気にすることではありませんわ」

 彼女ははっきりと言った。 

「確かに天城家は、今では名家とも言えないかもしれません。ですが、それでも私は誇り高きです。
 情けで人を集めたくありません。力で、魅せて、引き寄せたい。それが私の矜持ですの」 

 その言葉に、俺も香奈も返す言葉がなかった。
 風が夜をなぞる。
 そしてルクシアは、そっと微笑んだ。

「それでは、明後日の出撃、楽しみにしておりますわ」 

 踵を返して、夜の廊下へと去っていく。
 残された俺と香奈は、しばらく何も言えずにその背中を見送った。 

「……なんか、イメージと違ったかも」

 ぽつりと香奈が呟いた。

「もっと、完璧な女王様だと思ってたけど……あの人も、ちゃんと戦ってるんだね」

「……そうだな」

 ただ、風に揺れるドレスとスーツの音だけが、妙に静かに響いていた。
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