【完結】世界最強の盗賊は伝説のエルフ姫に全てを狂わされる〜感情を捨てた男が愛を知り裏切るまで〜

厳座励主(ごんざれす)

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第二章 人さらいの森

第6話 小さな命

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「……ん、う」

「リ、リノ……っ!」

 少女の顔がぱっと明るくなる。
 リノと呼ばれた少年は、目を細めながらゆっくりと顔を上げた。
 血の気は引いていたが、致命的な外傷は見られない。

「ねえ、起きた? 大丈夫? いたいところ、ある?」

 少女の必死な問いかけに、少年はしばらく言葉を探すように瞬きを繰り返し、掠れた声で返す。

「……あし、ちょっと、いたい」

「足!? どこ、どこが痛いの!?」

「冷たいやつが、かすって……」

「ごめん、ごめんね。わたし、助けてあげられなくて……」

 少女の涙が少年の頬にぽたりと落ちる。
 それを見た少年は弱弱しい笑みを浮かべた。

「姉ちゃん、だいじょうぶだよ。うれしかったよ」

 その言葉に、少女は声を詰まらせ、唇を噛んでうつむいた。

「ありがとう……ほんとに、ありがとう」

 少女の細い方が震える。
 それを見つめながら、女もまたそっと表情を落ち着かせた。
 俺はそんな女の肩に手を添える。

「行くぞ」

 もう用は済んだ。
 敵はすべて処理した。
 あとはこのまま立ち去ればいい。

「……この子たちを、置いて行けません」

 言うと思ってはいたが。
 はあ、と心の中で大きなため息をつく。

「ねえ、あなたたち。どこから来たの?」

「……えりどの、むら。おうち、すぐそこ、です」

 少女は女の顔色をうかがいながら、小さく口を開く。
 女は少女のその言葉に、静かに安堵の息を吐いた。

「よかった……なら、私が送ってあげましょう」

「おい」

 俺は女の前に出る。

「人目の多い場所は避けるべきだ」

「でも、村に返してあげないと。またさっきのような方たちに襲われるかもしれません」

「お前が村に行けば余計な騒ぎになる」

「私は、大丈夫です」

「お前が良くても村に迷惑がかかるだろう。噂を聞きつけた荒くれが村を襲う可能性もある」

「……村の前まで。この子たちが村に入るのを、遠くから見届けるのではダメでしょうか」

 俺は舌打ちしそうになるのをこらえる。
 頑固なやつだ。
 俺が押し黙ったのを肯定と捉えたのか、女は弟の方に近づく。

「その傷では立つのも辛いでしょう」

「あ……」

 少年の体を持ち上げようとした瞬間、女の顔が苦し気に歪む。
 あまりにもか細い腕、頼りない体つき。
 無理もない。
 あの小柄な体では、5歳前後の子どもでもかなり重く感じるだろう。

「…………貸せ」

 俺は一歩進み出て、しゃがみ込むと少年に声をかけた。

「背中に乗れ」

「う、うん」

 少年は戸惑いながらもうなずき、俺の背中に手をまわした。
 その体は驚くほど軽い。
 骨と皮だけのような、そんな感触だった。

「……ありがとうございます」

「礼はいい。その代わり、次からあまり我がままを言わないでくれ」

 少し棘のある俺の言葉に、女は悲し気にうつむいた。

「行くぞ、長居は無用だ」

「あ……はい!」

 女と少女が手をつないで先を歩き、少年をおぶった俺が後に続く。
 森の中、木漏れ日がさす小道を四人の影が並んでいる。
 風は穏やかで、さっきまでの血の匂いが嘘のようだった。

 しばらく歩いたところで、少女がふと足を止める。

「……あのっ、ちょっとだけ、待ってください!」

 そう言って、彼女は道端に咲いた野草の中へと駆け寄っていった。
 そこには小さな薄紫の花が群れて咲いていた。
 少女はしゃがみ込み、一輪一輪丁寧に摘んでいく。
 花の茎を折る指先は震えていたが、その動きには真剣さがあった。

「どうしたの?」

 女が問いかけると少女は振り返り、はにかんだ笑顔を見せた。

「これ、お母さんに渡すの」

「お母さんに?」

「うん、お母さん、もうすぐ誕生日なの。
 お花が好きだから、2人で綺麗なお花をあげようって。
 危ないから森には入っちゃダメって言われてたんだけど……」

 少女はそう言って、手のひらに抱えた小さな花束を胸に抱きしめた。
 それを見て、女は優しく微笑む。

「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね。なんと言うんですか?」

「……メリィ」

「教えてくれてありがとうございます、メリィちゃん」

 女は少女の頭に、柔らかく手を置いた。

「素敵です。その気持ち、きっと伝わりますよ」

「……ほんと?」

「ええ、きっと」

 少女と女は見つめ合ってにっこりと笑い、再び手をつないで歩き出す。
 俺は無言のまま、それを見届けた。
 俺の背に居る少年は、いつの間にか微かに寝息を立てていた。
 鼓動が安定し、苦しげだった息も和らいでいる。

 やがて、木々の隙間から徐々に開けた視界の先、畑や柵、細い煙が立ち上るのが見える。
 人々の暮らしがそこにある証拠だ。

「もうすぐ村です!」

 少女が嬉しそうに声を上げ、歩く速度を高める。
 だが、俺はその歩みを止めた。

「止まれ」

 女も倣って停止する。

「……そうですね」

 女はしゃがんで少女に目線を合わせ、ゆっくりと口を開く。

「メリィちゃん、私たちはここまでです。お母さんに、早く元気な顔を見せてあげましょう」

「え……でも」

「ここから少しだけ近寄って、大きな声を出せば誰かが気づいて迎えに来るだろう。
 そして、俺たちのことは内緒だ。お前たちは森に入り盗賊に襲われたが、隙をついて何とか逃げ出し、村まで命からがら帰ってきた。
 ……ということにしてくれ」

 俺は背から少年をおろしながら言った。
 少年は傷がある方の足をかばうように、反対側の足に体重をかけながらひょこひょこ歩いて姉に近寄る。
 少女は少年の手を取って、こちらへ真剣なまなざしを向ける。

「わかった! ありがとう!」

「あり、がとう」

 少女の大きな謝礼に弟もたどたどしく続く。

「別にかまわない…………気をつけて行け」

 俺はそれだけ言って、背を向けた。

 やがて茂みの向こうで「帰ってきたぞー!」という歓声があがる。
 大勢の大人たちの声、駆け寄る足音、そして安堵の鳴き声が森に響いた。
 俺と女はしばらく無言でそれを聞いていたが、やがて深く息を吐く。

「よし、行くぞ」

「はい……本当に、ありがとうございました」

「……礼はいいと言っただろう」

「それでも、私が言いたいんです。ありがとうございます」

 うやうやしく頭を下げる女に、俺は小さく舌打ちをして振り返る。

「森の西側に、枯れ沢があったはずだ。そこの傍で野営をする。
 地形がくぼんでいて、焚火をしても目立たない」

「ふふ……さすがですね」

 女は俺の横までたたたと駆けてきて、こちらをのぞき込むように微笑んだ。
 あの子供たちと接していた時のように、温かな母性を浮かべて。

 俺は少しだけ視線をそらし、歩き出した。
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