【完結】世界最強の盗賊は伝説のエルフ姫に全てを狂わされる〜感情を捨てた男が愛を知り裏切るまで〜

厳座励主(ごんざれす)

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第五章 砂漠の国

第34話 想い人の正体(リュシア視点)

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※※※※※ リュシア視点 ※※※※※

「国の恩人を放っておくような王が、民に信用されると思う?」
 私は今、王として当然の務めを果たしているだけよ」

 毅然と放たれたその一言に、リュシアは胸を打たれた。
 そして何も言い返せなくなった。

「……承知しました。すぐに、連絡いたします」

 ノルンは深々と一礼し、音もなく部屋を後にする。
 リュシアは彼女の後ろ姿を見送りながら、ふと思い出す。

 ──あの女性。確か、地下の檻の中にいた一人だった。

 ナディアは反乱後、約束通り、囚われていた者たちに“自由”を与えた。
 故郷へ帰る者には兵を護衛につけ、行き場のない者には王宮で新たな仕事を与えた。
 連れ去られた各国の民たち。
 だが彼女たちは、元々高い素養と誇りを持っていた。
 今やその力を発揮し、王宮でも一目置かれる存在となっている。

 リュシアが静かに胸を撫で下ろしていると、ナディアが再びクロアの方へ視線を落とした。
 穏やかに、しかしどこか感慨深げに。

「それにしても。彼、本当に強かったわね」

 そっと零されたその言葉は、クロアの存在の重みを改めて実感させるものだった。
 思い出したように、ナディアの頬に微かな感嘆の色が浮かぶ。

「はい。いつも……格好いいんです。本当に、いつも」

 リュシアは微笑みながら答えた。
 小さく、でも確かな誇りをその声に滲ませて。
 だが次の瞬間、ふっと笑みを消し、視線を落とす。
 小さな手が膝の上でぎゅっと握りしめられる。

「でも……あの魔術、あの黒い雷……」

 言いかけたリュシアの声を、ナディアの静かな声がそっと遮った。

「噂程度だけど――聞いたことがあるわ。『漆黒の雷』のこと」

 ぴくり、とリュシアの肩が震える。
 部屋の空気が、微かに緊張を孕んだ。

「大陸中に名を轟かせる盗賊団、|紅荊の盗賊団《ルビクリムゾン・ブライア》。
 その中に、黒い雷を操る男がいると聞く。
 出自も素性も一切不明。闇の世界に突如として現れ、数々の任務を完遂してきた凄腕の盗賊。
 表の最強がジャラールなら、彼はね」

 ナディアは努めて冷静に言葉を選んでいた。
 だがその一語一語が、リュシアの胸に突き刺さる。

 ……思い出す。
 ラグド村で耳にした噂話。
 正体を知らぬまま、人々が震え上がっていた存在。
 ボスの命令であれば、殺戮も、略奪も、拷問すらも厭わない――そんな、恐ろしい“怪物”。

 リュシアは思わずクロアの寝顔に目を向けた。
 そこにあるのは、ただ静かに眠る青年の姿。
 自分を守るために、命を賭して戦ってくれた、優しいひと。

(……そんなはず、ない)

 必死に、心の中で否定する。

 ナディアはリュシアの揺れる心を見透かすように、けれど優しく問いかけた。

「リュシア。あなたたちがどう出会ったのか――教えてもらえる?」

 リュシアはこくりと頷き、話し始めた。
 
 あまり覚えていないけれど、洞窟の奥で封印されていたらしいこと。
 彼が触れると魔術の結界が解け、落下した自分を優しく抱き留めてくれたこと。
 胸の宝石に触れると地図が浮かび上がり、そこに行きたいと強く思ったこと。
 連れて行ってやると、ぶっきらぼうに、けれど少し照れくさそうに言ってくれたこと。
 
 ぽつりぽつりと、ゆっくり、数珠つなぎのように溢れ出る彼との思い出。
 ナディアはそれを一通り聞いた後、静かに告げた。

「あなたを騙して、アジトまで誘導するつもりだったのでしょうね」

 リュシアの胸が、ぎゅっと締めつけられる。  
 ショック、困惑、恐怖。  

 …………それでも。
 それでも、信じたい。

 今、彼が命を懸けてまで自分を守った事実が、何よりの証だ。  
 リュシアは俯き、震える手でクロアの手を握りしめた。

(……違う。違う。クロアさんは。少なくとも、今のクロアさんは、そんな人じゃない)

 そう必死に心の中で叫んだ。
 しばらくの沈黙の後、リュシアはそっと顔を上げた。

「ナディアさん。ひとつ、聞いてもいいですか?」

「もちろんよ」

 ナディアは穏やかに頷く。  
 リュシアは不安げにクロアを見つめながら、問いかけた。

「クロアさんはどうして、盗賊団なんかにいたんでしょうか。  
 あんなに優しくて強い人なのに……好き好んで悪さをするような人にはどうしても思えなくて」

 その声には、信じたいという願いと、答えを恐れるような怯えが入り混じっていた。  
 ナディアは少しだけ目を細め、言葉を選ぶようにして答えた。

「私にも詳しいことまではわからないわ。ただ――」

 彼女はそっとクロアの掛け布団に手を伸ばし、静かにめくった。

「っ……」

 王宮から提供された病人用の寝間着に彼を着替えさせるとき、一度見てはいたが、再度“それ”を目にしてリュシアが小さく息を呑む。
 クロアの上半身。  
 布の隙間から覗く肌には、黒々とした茨のような紋様が刻まれていた。  
 細く、しかし禍々しく絡み合ったイバラ。  
 顔にもうっすらと滲み、頬のあたりまで漆黒が這っている。

「これが、でしょうね」
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