ハウリング・ユー

KANAME(小僧)

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3 忘却と真実

フクゲン

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目を開けると、知らない天井があった。



なんとなく規則性があるように思える木目の天井。そこから古くさいような天井照明が垂れている。壁には白い壁紙、緑色のカーテンから光が透けている。他には、机にテレビ、ノートパソコン、ゲーム機、本棚、そしてベッド。


これが今見えているワンルームの全容だった。殺風景とは言わないまでも、簡素な部屋だと思った。
部屋の主はガサツな人間なのか、部屋の中は少々散らかっている。
床には散らばった紙。机には手がつけられていない弁当。
…あれ?…昨日誰かの家に泊まったんだっけ……?
そう思って体を起こす。そして、自分が床で寝ていたことを、今さらになって気づく。
それが分かった途端、体の節々が痛んでくる気がした。
………うーん……俺…昨日何を……?…


「……………え…?……」


ーー
ーーーー
ーーーーーー『俺』?

その思考が、とてつもなく不安定な物に感じた。


…俺?俺って、なんだ?


まるで自分の足元が、根本がぐらつくような感覚に胸の奥で得たいの知れないモノが蠢いている。
途端に、『自分の体が自分のモノでないのではないか。』そんな考えが、頭の中を巡って拭えない。


俺って…?…俺ってなんだ?誰だ!?
今、『俺』であることを疑っている『オレ』は誰だ…!?…


………怖い。
気づけば、手が震えていた。

理解出来ない。頭が痛い。呼吸が浅い。
誰だ。誰だ。誰だ。誰だ。誰だ。俺は誰だ!?
…誰だ…誰だ……


…分からない。
いくら考えても、答えが出せない。自分は誰なのかも、昨日何をしていたのかも、今まで何をしてきたのかも、これから何をすればいいのかも。


混乱している。それが自分でも分かる。
また頭痛が酷くなるが、それでも思考を止めることが出来ない。

「ーーっ!?」

そんな俺を現実に引き戻したのは、安っぽい電子音だった。
テーテーテロテロ…と安っぽいなりに爽快感のあるメロディーが部屋に響く。
スマートフォンの画面には、着信の文字。
そしてその下に…


「……小野寺…茜……(オノデラ アカネ)」



……知らない名前だった。




『ユ~~イ~~!遅刻の言い訳を聞こうじゃないの!そうそう一度使った理由は許さないわよ……!!』


恐る恐る、緑色のボタンを押した俺の耳に、そんな言葉が入ってきた。
敢えて言い表すなら、「私怒ってますよー」というような、頭に怒りマークのイメージが浮かんできそうな、そんな声。


その声に、混乱でどうにかなっていた俺は、咄嗟に素直な言葉を。
今後極力使わないでおこうと心に決めた言葉を口にしてしまう。


「………えっと……君………誰?」
『………………』


しまった。
と思った時には、時すでに遅し。


『……アン…タ!!……寝ぼけるのも大概にしなさいよ…!…』


『オ・ノ・デ・ラ・ア・カ・ネ・よ!!』


それから、こっぴどく怒られた。それはもう鬼のように。
一通りの説教が済んだ後「今すぐ来なさい!30分以内!!」そう言って、こちらの話も聞かずに「それじゃ!」と言って電話を切ろうとする。


……それはダメだ。聞かなきゃいけないことが山ほどある。




「あの!ちょっと!」


俺はその小野寺 茜を引き止めるように呼び掛ける。


『なによ?』

どうやら話は聞いてくれるようだ。

「…すいません…何も分からなくて……なんの話なのか…?…」
『だーかーらー!言い訳はこっちに着いてから聞いてあげる…』
「何も覚えてないんです!…あの!君は俺を知ってるんですよね!?」
『………え?』


そうだ、電話をかけてきたこの人なら、知っているはずだ!
何でもいいから答えが欲しかった。俺が、誰なのか。




「俺は、誰ですか?」
『…………………ぇ…………ッッ!!』


電話越しに息を飲む声が聞こえた気がした。

しばらくの間の後、小野寺茜の震える声が聞こえてきた。


『……本気で…言ってるの…?』
「本気です…俺は……俺は一体……」
『…ッ!……今アンタ家よね!?』
「…え…多分…」
『30分!……いや!20分で行くわ!!そこで待ってて!!』


バタバタと電話の向こうから、フィルターのかかったような音で聞こえてくる。


『いい!?よく聞いて!!アンタの名前は、新木 結人よ!!』


ツーッツーッと電話が途切れたことを伝える音が、耳元で鳴る。






「…アラキ……ユイト……新木…結人……新木 結人!そうだ!新木 結人!」


口に出したその名前は、頭の中に浸透していく。



それを境に、真っ白な紙に色が滲んでいくように少しずつ、靄がかった記憶が戻ってくる。



小野寺 茜…そうだ、俺と同じチームハウリングのメンバー。
俺たちは…そう。片倉 鈴…歌川 滉…………え…えい…あん…英安……
そう!英安 月彦!




……思い出せる…!…覚えてる…!

その実感が生まれたとき、一気に体の力が抜けた気がした。
長く熱いため息が出て、しばらく息を止めていたことに気がつかされる。


昨日のことも、まだボンヤリとしか思い出すことは出来ないが、それでもいつかは思い出すことが出来る。そう思った。


…俺達は6人の演劇チーム。
俺と、月彦と、茜と、滉と、鈴。


「………あれ?」


間違えた。
俺達は5人のチームだった。まだ曖昧だな。


この部屋にも確かに見覚えがある。俺の部屋だ。
この体も確かに俺の体だ。


「…ってことは…こんだけ散らかしたのも俺か……昨日、どうしたんだっけ…?」


俺は、床に散らばっている紙を広い集める。


その中の1枚。手書きの文字が記されたその1枚を見たとき、気づいてしまった。



真っ白に色が広がっていたはずの紙に、一ヶ所、ポカンと抜け落ちたみたいに真っ白な穴が空いていること。

いや、一ヶ所だけじゃない。数ヶ所、いや何ヵ所も。



「……何だ…?」



俺はもう一度その6人の名前が書かれた紙を見つめる。
問題ない。何もおかしなところはない。
頭の中で、そんな声が聞こえたきがした。

でも…何だ…?…この感覚。

知っているはずだ。
俺は、何度か…何度か…この違和感を経験している。



根拠はない。根拠はないが…分かるんだ。




「……もしかして……俺は…」




都合よく。何かを捨ててしまったんじゃないか…?
そんな思いが拭えない。


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