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◇9◇ 神事の季節
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春が近づいてきた。今年こそ、絶対に祭りを終わらせてみせる。
何度も会った男の子から聞いた話だと、枝角のある人は鹿の神様だそうだ。春分の祭りで封じられて山へ移され、秋分の祭りで解き放たれる。鹿の神はこのあたりの鹿の主でもあり、鹿たちはあまりそのあたりを離れたくない。しかし、そばへ来ることもないのだという。そんな性格を使って、鹿たちを夏の間、山の中から出てこないように縛る。そして冬は狩りの対象として、里まで下りられるように放つ。利己的な昔の人が始め、歴史ある神事になったこと。
どうしたら祭りを終わらせられるかは教えてくれなかったけれど、たぶん祭りに難する資料がなくなればいいんだと思う。去年神社が燃えてもできたということは、たぶんほかのところに資料が保管されていることを示しているはず。だからといって、可能性がある建物を全部燃やすわけにもいかない。しばらく考えた末、ぼくは友達といくらかの家に侵入することにした。ぼく一人なら、絶対にこんなことはできなかった。漢字が読めなければ、燃やすべきかどうかわからないんだから。友達は商家の息子なので、漢字も教えてもらえるようだった。
真夜中にこっそり、ばれないように資料を探すのはどこか楽しかった。それでも、関係のある資料はどこにもなかった。の隠し戸の中を見てみても、わずかなお金や今はまだ関係のない書類ばかりだった。それらは誰かが見たとわからないように、きっちりともとのように戻しておいた。
祭りの太鼓が聞こえた。また今日も、神事が始まってしまう。ぼくと友達は何もできないまま、神社の垣のほうまで行った。神社は1年の間に、もとのように建て直されている。
しかし垣は古いままで、あちこちにのぞくほどの隙間はあった。たいていはなぜか高い位置にあったので、小さいころはのぞくことすらできなかったのだ。友達はのぞいても姿を見られなかったが、のぞかなくても神様がいるのを感じるようだった。
神社の中では、いつもより上等な着物を着た男たちが演奏していた。その中央の広間に、神様が立っていた。ここからでは、あまり悲しみを感じない。そもそも、もうあきらめていて悲しんではいないのかもしれない。
白い衣の神主が、何かを唱えている。そしてその手には、幣しか持っていなかった。みんな、この神事を覚えている。それなら、何を燃やしても止めることはできない。使う道具も、それほど特別なものではない。前日に壊しても、となりの村から借りられてしまう。
例年と同じように、鹿の神様は珠の中に封じられた。もう慣れ始めているのか、神様の叫びは去年ほど苦しく感じられなかった。やんわりと輝く珠は、どこか冷たく感じられた。そしてそれを輿に乗せ、山へ運ぶことになっている。早くここから立ち去らないと。御輿を担いだ人たちは、ここを通るはずだ。
少し離れた草原に、2人で座り込んだ。今年も、何もできなかった。神事を見てみても、やめさせる方法は思いつかない。神様に神事を終わらせるといったのに、何も変わらなかった。少しだけでも、よくできればいいと思っていたのに。
何度も会った男の子から聞いた話だと、枝角のある人は鹿の神様だそうだ。春分の祭りで封じられて山へ移され、秋分の祭りで解き放たれる。鹿の神はこのあたりの鹿の主でもあり、鹿たちはあまりそのあたりを離れたくない。しかし、そばへ来ることもないのだという。そんな性格を使って、鹿たちを夏の間、山の中から出てこないように縛る。そして冬は狩りの対象として、里まで下りられるように放つ。利己的な昔の人が始め、歴史ある神事になったこと。
どうしたら祭りを終わらせられるかは教えてくれなかったけれど、たぶん祭りに難する資料がなくなればいいんだと思う。去年神社が燃えてもできたということは、たぶんほかのところに資料が保管されていることを示しているはず。だからといって、可能性がある建物を全部燃やすわけにもいかない。しばらく考えた末、ぼくは友達といくらかの家に侵入することにした。ぼく一人なら、絶対にこんなことはできなかった。漢字が読めなければ、燃やすべきかどうかわからないんだから。友達は商家の息子なので、漢字も教えてもらえるようだった。
真夜中にこっそり、ばれないように資料を探すのはどこか楽しかった。それでも、関係のある資料はどこにもなかった。の隠し戸の中を見てみても、わずかなお金や今はまだ関係のない書類ばかりだった。それらは誰かが見たとわからないように、きっちりともとのように戻しておいた。
祭りの太鼓が聞こえた。また今日も、神事が始まってしまう。ぼくと友達は何もできないまま、神社の垣のほうまで行った。神社は1年の間に、もとのように建て直されている。
しかし垣は古いままで、あちこちにのぞくほどの隙間はあった。たいていはなぜか高い位置にあったので、小さいころはのぞくことすらできなかったのだ。友達はのぞいても姿を見られなかったが、のぞかなくても神様がいるのを感じるようだった。
神社の中では、いつもより上等な着物を着た男たちが演奏していた。その中央の広間に、神様が立っていた。ここからでは、あまり悲しみを感じない。そもそも、もうあきらめていて悲しんではいないのかもしれない。
白い衣の神主が、何かを唱えている。そしてその手には、幣しか持っていなかった。みんな、この神事を覚えている。それなら、何を燃やしても止めることはできない。使う道具も、それほど特別なものではない。前日に壊しても、となりの村から借りられてしまう。
例年と同じように、鹿の神様は珠の中に封じられた。もう慣れ始めているのか、神様の叫びは去年ほど苦しく感じられなかった。やんわりと輝く珠は、どこか冷たく感じられた。そしてそれを輿に乗せ、山へ運ぶことになっている。早くここから立ち去らないと。御輿を担いだ人たちは、ここを通るはずだ。
少し離れた草原に、2人で座り込んだ。今年も、何もできなかった。神事を見てみても、やめさせる方法は思いつかない。神様に神事を終わらせるといったのに、何も変わらなかった。少しだけでも、よくできればいいと思っていたのに。
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