超能力者、異世界にて

甘木人

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1章 ぬえと鵺

1-3

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 深い森の中を歩く。ある程度整えられ、木と木の間には太い縄が張られているとはいえ、急斜面の山道。気を抜けば転落してしまう可能性もある。
 歩くのは、二人。六之介りゅうのすけ華也かやである。

 道案内役の六之介が前を歩き、そのあとを華也が着いていく。ちらりと振り返る。

「いかがなさいました?」

「ん、いや、女の子なのに体力あるなあと思って」

 西山は木々が深くお生い茂っている。腐葉土が積り、その上に倒木や新木が根を張る。陽樹にとっては日光に当たりやすく、水資源が豊富であるため、植物の成長速度が著しい。ほんの少しでも気を抜くと肥大化した根につまずいたり、伸びた蔦に絡まったりする。
 空を仰ぐと、樹冠によって完全に覆われ薄暗い。そのため、低木は少なく、陰樹が多く芽吹き、陽樹の根や倒木を覆い隠す。
 そうなると、この山に慣れた村人でさえ、躓き、負傷は免れない。だというのに華也《かや》は息一つ乱さず、躓くことはおろかよろけることすらなくしっかりとついてくる。

「ええ、魔導官ですからね。身体は鍛えています」

 力こぶしを作るように、腕を上げて見せる。

「へえ」

 純粋にたいしたものだと感心する。育ちのいいお嬢様だと高を括っていたが、認識を改めなければならないようだ。

「それに、少し魔導も使っていますし」

 魔導ねえと六之介はつぶやく。
 
「一つ尋ねてもいいでしょうか?」

「構わないけど」

「逆神隠しというのは、本当ですか?」

 ああと、顎に指を当てしばし考え込み、口を開く。

「周りはそう言ってるね。まあ、自分からしたらそうじゃないんだけど」

「と言いますと?」

 六之介が振り返り、にやりといたずらっ子のように笑う。小奇麗な顔を顔をしているのだが、笑うとほんのりと悪人の香りがする。

「異世界とか転生とか、信じる?」

 歩みは止まらない。生えたばかりの柔らかな新芽を押しのけ、斜面を登る。

「異世界、というものは分かりませんが、転生というものは信じていますよ」

「お、本当?」

「輪廻転生、宗教などの概念ですよね。死んだ魂が、舞い戻ることとか」

 華也《かや》の祖父は宗教について造詣のある人物であった。いつだったか、幼き頃、死というものについて怯え、泣いていた時に話してくれたことを覚えている。

「そうそう。転生ではないけどね、自分は。異世界から来たんだよ。転移っていうのかな」

 なんてことのない、他愛のない出来事であるような物言いである。
 高木の間を縫うように歩く。一見するとでたらめに歩いているようであるが、落ち葉が降り積もった落葉層には確かな道ができている。

「それは……」

 どういった意味であるのか。

「さて、この辺だったかな」

 意図してのことか否か、華也の言葉を遮るようであった。
 開けた場所に出る。あちこちに苔に覆われた老木が眠り、切り株も無数に存在している。中央には石で囲まれた薪の跡、そして簡単なつくりの山小屋があった。
 明らかに密度が違う。意図的に切り開いた土地であることがわかる。

「ここは……」

「休憩場所みたいなもんかな。ここが猟場とかの近くで、すぐそばに川もあるからね」

 指さした方向から水の音が聞こえてくる。ここは上流の目と鼻の先である。

「なるほど、確かに……」

 華也が周囲の木の葉や土を手に取り観察する。

「何かわかるの?」

「ええ、残留している魔力を見ています。この場所に向かいながら、徐々に環境魔力量が多くなっていると感じていましたが、この周囲は特に顕著です」

 魔力は、この世に存在するありとあらゆるものに宿っている。人間はもちろんのこと、目に見えない生物にも、物言わぬ物質にもだ。そして魔力は伝播する。触れた場所に、しっかりと痕跡が残るのだ。

「……ああ、たしかに何かいるっぽいねえ。魔導官さん、こっち」

 六之介が朽ちた巨木の脇に立っている。
 その視線の先にあるものは。

「うっ……」

 めまいすら起こすような腐臭。何十匹もの蠅が飛び交っている。その中心には、腹から真っ二つにねじ切られた熊の亡骸。死後、四日といった所だろうか。臓器はほとんど残っておらず、血液も飛び散っていない。
 7尺2.12センチはあるであろう。山の主といっても過言ではない存在は無残な姿となり朽ちている。

「……こんな殺し方をできる生物は知らないな」

 残ったわずかな肉片の中でウジ虫が蠢く。断末魔が聞こえてきそうな顔で、事切れている。

「不浄ですね。血液と臓器を摂取し、魔力を更に増やそうとする。奴らの生態です」

 合掌し、瞳を閉じる。

「……」

「? いかがなさいました?」

「ん……いや、なんでも」

「そうですか。それにしても、いったいどのようにすればこのような傷を……」

 遺体の傷跡を観察する。決して気持ちのいいものではないが、不浄の攻撃を知るうえで欠かせない。

「綺麗な切断面、じゃないねえ」

「ええ、噛まれたものではなさそうです」

 小枝を手に取り、肉を寄せる。随分と固くなってはいたが、それ以上に腐敗が進んでおり、簡単に骨が顔をのぞかせた。

「肋骨、なのかな? 随分とめちゃめちゃだ」

 ねじ切られているという表現がぴったりだろうか。骨は外からの圧力で、中心に向かってひしゃげ、筋肉や臓器は圧縮されたようになっている。

「そうですね。これは、絞殺されたのでしょう」

「絞殺?」

「ええ、以前に蛇の不浄による死骸を見たことがあります。相手は犬でしたが、このような痕跡が残っていました」

「へえ。となると、同じような攻撃ができるような部位は……ああ、尻尾か」

「ええ、先ほど伺った目撃談によると、蛇のような長い尾を有していたとのことです。それを用いたと考えるのが妥当でしょう」

 華也が取り出した紙には、不気味な不浄の姿が描かれている。

「鵺みたいだねえ」

「狸の胴体に、虎を思わせる手足、蛇の尾、ですか。これで顔が猿ならば完璧ですね……ッ!」

 勢いよく、華也が振り返る。遅れて六之介《りゅうのすけ》も同じ方向を見るが、何もいない。スダジイの巨木が並んでいるだけである。

「……います」

 確信めいた口調である。物音を立てぬよう、木陰に身を隠す。
 息を殺し、瞬き一つしない。
 木陰に身を潜め、数分経ったであろうか。何か大きな影が揺れる。ミシリという音と、枝の折れる音がする。

 不浄、ぬえがその姿を現した。その姿は報告通り、狸の胴体に、虎を思わせる手足、蛇の尾。そして何よりも目を引いたのは、証言のなかったその顔である。平家物語に登場し、伝えられている鵺は猿の顔をしている。
 だがこの鵺は違う。その顔は、猿というにはあまりにも扁平でのっぺりとしている。加え、皮膚がなく、筋肉や繊維がむき出しになっている。眼は黒目こそあれど、白目の部分は濁った黄土色をしている。不格好で四方に伸びた牙が赤黒く染まっていた。

 鵺は鼻らしき二つの穴をひくつかせながら、静かに歩く。山に入り込んだ獲物を探しているのだろう。
 幸いにも六之介と華也のいる場所は風下であり、加え、すぐ後ろに熊の腐乱死体がある。臭いによって気付かれることはない。

 なんらかの気配は感じているようだが、深く詮索をする様子はない。

 鵺は、そのまま山奥へと消える。姿は見えなくなっても、しばらく動かない。
 六之介は、華也の指示を待つ。

「……もう大丈夫でしょう」

 ほっと一息つく。一気に汗が吹き出し、朽ち木に腰を下ろす。

「ふう、あれが不浄か。近くで見ると怖いなあ」

 六之介の口調は軽い。本当に恐怖感などあったのかと問いたくなるほどだ。

「まさか視察の段階で遭遇するとは……かなり活動的な不浄のようですね」

 此度の最終的な目的は、不浄の駆除である。
 不浄は魔力を求めて行動する。より大きな力を得るためか、あるいは自身の脅威となる存在を消すためか、明確な理由は分かっていない。しかし、それが人類にとって有害な存在であり、唯一の天敵と言えることは事実である。

 今回の任務を受け、不浄の情報を得てから、鵺は決して強大な不浄ではないと予想はしていた。
 行動に野生動物らしさが残っていたためだ。不浄は、魔力が膨大であればあるほど、既存の生物と行動が異なってくる。

 野生の動物は、死を免れる行動が基礎となる。敵と遭遇しないために活動範囲を定め、時間を決め、食料を選び、隠れて眠る。時に群れを成して行動をする。

 しかし不浄は違う。魔力によって変性した脳や肉体はひたすらに破壊衝動を煮えたぎらせ、自身を強く大きくすることしか考えなくなる。その上、死に対する恐怖が消え去っている。

 鵺は活動的にこそなっているが、縄張りを意識している。目撃された場所や残留魔力から見ても間違いないだろう。おそらく不浄としては下の上か下の中。手の打ちようはある。

 ならば、こちらのとるべき行動は。

「この上ない成果です」

「そう? じゃあ、いったん戻る?」

 華也はこくりと小さく頷いた。
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