超能力者、異世界にて

甘木人

文字の大きさ
3 / 58
1章 ぬえと鵺

1-3

しおりを挟む
 深い森の中を歩く。ある程度整えられ、木と木の間には太い縄が張られているとはいえ、急斜面の山道。気を抜けば転落してしまう可能性もある。
 歩くのは、二人。六之介りゅうのすけ華也かやである。

 道案内役の六之介が前を歩き、そのあとを華也が着いていく。ちらりと振り返る。

「いかがなさいました?」

「ん、いや、女の子なのに体力あるなあと思って」

 西山は木々が深くお生い茂っている。腐葉土が積り、その上に倒木や新木が根を張る。陽樹にとっては日光に当たりやすく、水資源が豊富であるため、植物の成長速度が著しい。ほんの少しでも気を抜くと肥大化した根につまずいたり、伸びた蔦に絡まったりする。
 空を仰ぐと、樹冠によって完全に覆われ薄暗い。そのため、低木は少なく、陰樹が多く芽吹き、陽樹の根や倒木を覆い隠す。
 そうなると、この山に慣れた村人でさえ、躓き、負傷は免れない。だというのに華也《かや》は息一つ乱さず、躓くことはおろかよろけることすらなくしっかりとついてくる。

「ええ、魔導官ですからね。身体は鍛えています」

 力こぶしを作るように、腕を上げて見せる。

「へえ」

 純粋にたいしたものだと感心する。育ちのいいお嬢様だと高を括っていたが、認識を改めなければならないようだ。

「それに、少し魔導も使っていますし」

 魔導ねえと六之介はつぶやく。
 
「一つ尋ねてもいいでしょうか?」

「構わないけど」

「逆神隠しというのは、本当ですか?」

 ああと、顎に指を当てしばし考え込み、口を開く。

「周りはそう言ってるね。まあ、自分からしたらそうじゃないんだけど」

「と言いますと?」

 六之介が振り返り、にやりといたずらっ子のように笑う。小奇麗な顔を顔をしているのだが、笑うとほんのりと悪人の香りがする。

「異世界とか転生とか、信じる?」

 歩みは止まらない。生えたばかりの柔らかな新芽を押しのけ、斜面を登る。

「異世界、というものは分かりませんが、転生というものは信じていますよ」

「お、本当?」

「輪廻転生、宗教などの概念ですよね。死んだ魂が、舞い戻ることとか」

 華也《かや》の祖父は宗教について造詣のある人物であった。いつだったか、幼き頃、死というものについて怯え、泣いていた時に話してくれたことを覚えている。

「そうそう。転生ではないけどね、自分は。異世界から来たんだよ。転移っていうのかな」

 なんてことのない、他愛のない出来事であるような物言いである。
 高木の間を縫うように歩く。一見するとでたらめに歩いているようであるが、落ち葉が降り積もった落葉層には確かな道ができている。

「それは……」

 どういった意味であるのか。

「さて、この辺だったかな」

 意図してのことか否か、華也の言葉を遮るようであった。
 開けた場所に出る。あちこちに苔に覆われた老木が眠り、切り株も無数に存在している。中央には石で囲まれた薪の跡、そして簡単なつくりの山小屋があった。
 明らかに密度が違う。意図的に切り開いた土地であることがわかる。

「ここは……」

「休憩場所みたいなもんかな。ここが猟場とかの近くで、すぐそばに川もあるからね」

 指さした方向から水の音が聞こえてくる。ここは上流の目と鼻の先である。

「なるほど、確かに……」

 華也が周囲の木の葉や土を手に取り観察する。

「何かわかるの?」

「ええ、残留している魔力を見ています。この場所に向かいながら、徐々に環境魔力量が多くなっていると感じていましたが、この周囲は特に顕著です」

 魔力は、この世に存在するありとあらゆるものに宿っている。人間はもちろんのこと、目に見えない生物にも、物言わぬ物質にもだ。そして魔力は伝播する。触れた場所に、しっかりと痕跡が残るのだ。

「……ああ、たしかに何かいるっぽいねえ。魔導官さん、こっち」

 六之介が朽ちた巨木の脇に立っている。
 その視線の先にあるものは。

「うっ……」

 めまいすら起こすような腐臭。何十匹もの蠅が飛び交っている。その中心には、腹から真っ二つにねじ切られた熊の亡骸。死後、四日といった所だろうか。臓器はほとんど残っておらず、血液も飛び散っていない。
 7尺2.12センチはあるであろう。山の主といっても過言ではない存在は無残な姿となり朽ちている。

「……こんな殺し方をできる生物は知らないな」

 残ったわずかな肉片の中でウジ虫が蠢く。断末魔が聞こえてきそうな顔で、事切れている。

「不浄ですね。血液と臓器を摂取し、魔力を更に増やそうとする。奴らの生態です」

 合掌し、瞳を閉じる。

「……」

「? いかがなさいました?」

「ん……いや、なんでも」

「そうですか。それにしても、いったいどのようにすればこのような傷を……」

 遺体の傷跡を観察する。決して気持ちのいいものではないが、不浄の攻撃を知るうえで欠かせない。

「綺麗な切断面、じゃないねえ」

「ええ、噛まれたものではなさそうです」

 小枝を手に取り、肉を寄せる。随分と固くなってはいたが、それ以上に腐敗が進んでおり、簡単に骨が顔をのぞかせた。

「肋骨、なのかな? 随分とめちゃめちゃだ」

 ねじ切られているという表現がぴったりだろうか。骨は外からの圧力で、中心に向かってひしゃげ、筋肉や臓器は圧縮されたようになっている。

「そうですね。これは、絞殺されたのでしょう」

「絞殺?」

「ええ、以前に蛇の不浄による死骸を見たことがあります。相手は犬でしたが、このような痕跡が残っていました」

「へえ。となると、同じような攻撃ができるような部位は……ああ、尻尾か」

「ええ、先ほど伺った目撃談によると、蛇のような長い尾を有していたとのことです。それを用いたと考えるのが妥当でしょう」

 華也が取り出した紙には、不気味な不浄の姿が描かれている。

「鵺みたいだねえ」

「狸の胴体に、虎を思わせる手足、蛇の尾、ですか。これで顔が猿ならば完璧ですね……ッ!」

 勢いよく、華也が振り返る。遅れて六之介《りゅうのすけ》も同じ方向を見るが、何もいない。スダジイの巨木が並んでいるだけである。

「……います」

 確信めいた口調である。物音を立てぬよう、木陰に身を隠す。
 息を殺し、瞬き一つしない。
 木陰に身を潜め、数分経ったであろうか。何か大きな影が揺れる。ミシリという音と、枝の折れる音がする。

 不浄、ぬえがその姿を現した。その姿は報告通り、狸の胴体に、虎を思わせる手足、蛇の尾。そして何よりも目を引いたのは、証言のなかったその顔である。平家物語に登場し、伝えられている鵺は猿の顔をしている。
 だがこの鵺は違う。その顔は、猿というにはあまりにも扁平でのっぺりとしている。加え、皮膚がなく、筋肉や繊維がむき出しになっている。眼は黒目こそあれど、白目の部分は濁った黄土色をしている。不格好で四方に伸びた牙が赤黒く染まっていた。

 鵺は鼻らしき二つの穴をひくつかせながら、静かに歩く。山に入り込んだ獲物を探しているのだろう。
 幸いにも六之介と華也のいる場所は風下であり、加え、すぐ後ろに熊の腐乱死体がある。臭いによって気付かれることはない。

 なんらかの気配は感じているようだが、深く詮索をする様子はない。

 鵺は、そのまま山奥へと消える。姿は見えなくなっても、しばらく動かない。
 六之介は、華也の指示を待つ。

「……もう大丈夫でしょう」

 ほっと一息つく。一気に汗が吹き出し、朽ち木に腰を下ろす。

「ふう、あれが不浄か。近くで見ると怖いなあ」

 六之介の口調は軽い。本当に恐怖感などあったのかと問いたくなるほどだ。

「まさか視察の段階で遭遇するとは……かなり活動的な不浄のようですね」

 此度の最終的な目的は、不浄の駆除である。
 不浄は魔力を求めて行動する。より大きな力を得るためか、あるいは自身の脅威となる存在を消すためか、明確な理由は分かっていない。しかし、それが人類にとって有害な存在であり、唯一の天敵と言えることは事実である。

 今回の任務を受け、不浄の情報を得てから、鵺は決して強大な不浄ではないと予想はしていた。
 行動に野生動物らしさが残っていたためだ。不浄は、魔力が膨大であればあるほど、既存の生物と行動が異なってくる。

 野生の動物は、死を免れる行動が基礎となる。敵と遭遇しないために活動範囲を定め、時間を決め、食料を選び、隠れて眠る。時に群れを成して行動をする。

 しかし不浄は違う。魔力によって変性した脳や肉体はひたすらに破壊衝動を煮えたぎらせ、自身を強く大きくすることしか考えなくなる。その上、死に対する恐怖が消え去っている。

 鵺は活動的にこそなっているが、縄張りを意識している。目撃された場所や残留魔力から見ても間違いないだろう。おそらく不浄としては下の上か下の中。手の打ちようはある。

 ならば、こちらのとるべき行動は。

「この上ない成果です」

「そう? じゃあ、いったん戻る?」

 華也はこくりと小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...