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4章 挙り芽吹く
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およそ1時間かけて現場とその周囲を見て回った。その結果、崩落事故の規模の大きさが相当なものであることがありありと伝わった。
まずは、崩落事故について。隧道は高さ5メートル、幅10メートル程のものであり、魔術具と爆薬を用いていた。その際、魔術具が誤作動し、爆薬に引火、大爆発。一部が崩落し、それに伴い、連鎖的な土砂崩れが生じていた。規模にしておよそ50メートルであるという。そして5人が行方不明である。
「ふむ……」
与えられた部屋で三人で情報を整理する。
「魔力量の増大具合からすると人影などは不浄、でしょうか?」
「わたくしもそう考えましたが、この一帯では降臨現象が確認された記録がないのですよね」
「どっか遠くからこっちに来たってのは?」
「考えられなくはないですが……」
「とりあえず、魔力量はこの多々羅隧道上、すなわち多々羅山全域が濃くなっているようでしたね」
広げられた地図には魔力量ごとに色分けされ、記録されている。数値を見ると、周囲の魔力量と比べると三十倍近い魔力量であるようだ。
二人がうなる。
「地下に何かあるとかは?」
「地下、ですか」
「うん。ほら、効子結晶とか」
土砂崩れと共に、地中内に残っていた効子結晶が露出し、周囲の魔力を増加させた、というのは考えられる話である。
しかし、それだけでは人影の目撃情報や人魂の説明がつかない。
「なんにせよ、現場をよく見なければ始まりませんわね。まずは隧道へ向かいましょう」
飯場からは徒歩で5分とかからない距離にある。工事用の電灯がともされ、奥へと向かう。奥まで舗装は完了しているようだ。
歩き出していくばくか。問題の場所にして、土砂崩れの現場である。
「これはまた、ひどい有様だねえ」
穴は完全に埋もれ、砂、岩、土、建材、木材が複雑に混ざりあい、巨大な壁となっていた。近付き、軽く叩いてみるが、びくともしない。簡単に崩れはしないようだ。安全面はある程度確保されているといえるかも知れないが、作業員にとってこれを全て取り除くのは骨が折れるだろう。一部は、天井が完全に崩れ青空がのぞいていた。
隧道の側面にも亀裂が走っている。いつ崩れてもおかしくはない状態に、緊張を緩めることが出来ない。
「みごとに隙間もありませんわね……外はどうなっているでしょうか?」
少し前に、非常用の通路が設けられていた。
綴歌が隧道内に残り、華也と六之介がそこから外に出る。場所は山の中腹であるようで、木々も綺麗に伐採されている。
「うっひゃー、すげえ」
その崩れ方に感嘆する。山の一部がえぐり取られている、と錯覚するほどの崩れ方である。高木も低木も関係なく呑み込み、広範囲にわたって真新しい土と巨石が露出している。
「この崩れ方では、人は助かっていないでしょうね……」
「あの辺から隧道かな?」
「そのようですね、確かにかなり広範囲が崩れているようです」
報告に偽りはない様だ。
非常口から戻り、外部状況を説明する。綴歌はそれを記帳に記していく。
その時であった。視界の隅、崩れた天井の隙間に影がよぎる。
初めに気が付いたのは、六之介である。
「誰だ?」
こちらを覗いている。逆光でその容姿までは分からないが、ひどく細身であるようだ。
生存者か、と華也が非常口から外に躍り出る。周囲を見渡すが人気はない。どこかへ転落したのかと伺うが、やはり誰もいなかった。足跡すらない。
「こちらにもおりませんわ」
別方向を探していた綴歌が首を振りながら合流する。
「こちらもいない」
六之介も同様であった。
報告にあった謎の人影とはおそらくあれのことなのだろうか。
「まるで幽霊だな」
ぼそりと六之介が呟く。
「ん?」
二人と目が合う。
どこか楽しげにキラキラとした表情の華也と、打って変わって、青ざめた表情の綴歌。見事に対照的である。
「お、おおおおお化けなどおりませんわ! これはきっと不浄! 不浄です!」
現状では何もわかっていないのに決めつける。
「いえ、不浄ではないかもしれませんよ。現にここには不浄の痕跡である魔力がありません。幽霊という可能性も……!」
興奮した様子で語っている。
「幽霊などではありません!」
「いえ、断定はできません。未だに心霊現象の報告は後を絶ちません」
「非科学的ですわ!」
「人間がいまだ知りえない現象があるかもしれません。非科学的と決めつけるのは早計です」
舌戦を繰り広げる彼女らを尻目に、六之介は崩落現場を後にする。
飯場に戻り、勇雄を訪ねる。彼は責任者として、調査完了までここに残るつもりであるという。
「すみません、ちょっと伺いたいんですけど」
「ええ、なんなりと」
「この掘削は、魔術具を使ったそうですが」
「ああ、それでしたらこちらへ」
案内されたのは飯場の裏手。そこに建てられていた倉庫内にショベルカーを連想させる重機があった。
「これは土砂除という魔術具でしてね。これを用いて掘り出すんです」
「ほう……これは立派な」
黒光りする土砂除に手を触れる。ひんやりとした感触が心地よい。
大切に使われているのであろう。傷や汚れは目立つが、細部まで磨かれている。
「どんな誤作動が?」
「ええ。強く掘りすぎたり、操作通り動かなかったり……そんなこと一度もなかったんですけどねえ」
「修理などは?」
「出しましたが、異常なしだと。でも使うとやっぱり駄目でしてね。今では皆、警告だったと言っていますよ」
「警告?」
「はい。実はこの山、多々羅山は、一昔前までは『祟山』と呼ばれていたんです」
「それはまた、物騒な」
たたり。何か謂れがなければつけられる名前ではない。
「この山に入るだけならばいいのですが、山菜を取ったり、動物を狩ったりすると、祟られるそうでして。この周辺には村がないでしょう。この山のせいなんですよ」
「なるほど……その祟られたという人の資料や詳細な情報はありますか?」
「ないでしょうな。あくまで口伝や噂話の類ですから……ただ、私が聞いた限りでは、その祟りは全身からカビが生えるとか茸が生えるだとか、そういうものでしたね」
「ふむ……わかりました。ご助力ありがとうございます」
「いえいえ、この程度でよろしいのならいくらでも」
火のない所に煙は立たぬというように、迷信や言い伝えにも何かしら原因がある。おそらくそれも何か因果関係があるのではないだろうか。
「ああ、それと魔導官さん、これを」
懐に無造作に入れられていた封筒を渡される。中身は写真であった。
「これは……」
ぼんやりとした無数の緑色の光を映したものが三枚、人影を映したものが二枚である。いずれも撮られた場所は別々であるようだった。
「うちの作業員たちが撮った写真です。先ほど現像が済んだようでして、よければお使いください」
大きな身体を小さく折り曲げる。
「分かりました。尽力します」
勇雄の元を離れ、写真の撮られた場所へと向かう。どれも薄暗いが飯場前から見た山間部、隧道の入り口、資材置き場であるようだ。
手元の写真と比較しながら、発光している場所を確認する。
「光りそうなものは、ないな……ガスの燃焼が起こったわけでもなさそうだし」
人魂の正体は可燃性のガスの自然燃焼であると聞いたことがある。しかし、ガスが燃焼するためにはこの周囲の湿度は高すぎる。
そして何より、緑色の光は銅の燃焼によって生じる色のはず。自然環境下では起こりえないだろう。
「何か手掛かりになりそうなものは……」
実地調査は基本である。何か小さなものでも証拠になるかもしれない。
何か弾力のある感触が靴ごしに伝わってくる。目を向けると、それは掌大程の白い茸であった。完全に成長しつくしているようで、かなりの硬さを有している。
「……毒キノコだろうな、これ」
むしり取り、観察をすると傘の裏に黒い斑点が無数にある。表がきれいな白である分、裏面の毒々しさが際立っている。
毒キノコを食したことによる、幻覚という考えも一瞬浮かんだが、何をバカなことをと頭を振った。
その後、華也達と合流し、崩落現場付近の探索をすることとなった。
繰り返すが、何事も初めは実地地調査である。異論はなかった。
まずは、崩落事故について。隧道は高さ5メートル、幅10メートル程のものであり、魔術具と爆薬を用いていた。その際、魔術具が誤作動し、爆薬に引火、大爆発。一部が崩落し、それに伴い、連鎖的な土砂崩れが生じていた。規模にしておよそ50メートルであるという。そして5人が行方不明である。
「ふむ……」
与えられた部屋で三人で情報を整理する。
「魔力量の増大具合からすると人影などは不浄、でしょうか?」
「わたくしもそう考えましたが、この一帯では降臨現象が確認された記録がないのですよね」
「どっか遠くからこっちに来たってのは?」
「考えられなくはないですが……」
「とりあえず、魔力量はこの多々羅隧道上、すなわち多々羅山全域が濃くなっているようでしたね」
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二人がうなる。
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「地下、ですか」
「うん。ほら、効子結晶とか」
土砂崩れと共に、地中内に残っていた効子結晶が露出し、周囲の魔力を増加させた、というのは考えられる話である。
しかし、それだけでは人影の目撃情報や人魂の説明がつかない。
「なんにせよ、現場をよく見なければ始まりませんわね。まずは隧道へ向かいましょう」
飯場からは徒歩で5分とかからない距離にある。工事用の電灯がともされ、奥へと向かう。奥まで舗装は完了しているようだ。
歩き出していくばくか。問題の場所にして、土砂崩れの現場である。
「これはまた、ひどい有様だねえ」
穴は完全に埋もれ、砂、岩、土、建材、木材が複雑に混ざりあい、巨大な壁となっていた。近付き、軽く叩いてみるが、びくともしない。簡単に崩れはしないようだ。安全面はある程度確保されているといえるかも知れないが、作業員にとってこれを全て取り除くのは骨が折れるだろう。一部は、天井が完全に崩れ青空がのぞいていた。
隧道の側面にも亀裂が走っている。いつ崩れてもおかしくはない状態に、緊張を緩めることが出来ない。
「みごとに隙間もありませんわね……外はどうなっているでしょうか?」
少し前に、非常用の通路が設けられていた。
綴歌が隧道内に残り、華也と六之介がそこから外に出る。場所は山の中腹であるようで、木々も綺麗に伐採されている。
「うっひゃー、すげえ」
その崩れ方に感嘆する。山の一部がえぐり取られている、と錯覚するほどの崩れ方である。高木も低木も関係なく呑み込み、広範囲にわたって真新しい土と巨石が露出している。
「この崩れ方では、人は助かっていないでしょうね……」
「あの辺から隧道かな?」
「そのようですね、確かにかなり広範囲が崩れているようです」
報告に偽りはない様だ。
非常口から戻り、外部状況を説明する。綴歌はそれを記帳に記していく。
その時であった。視界の隅、崩れた天井の隙間に影がよぎる。
初めに気が付いたのは、六之介である。
「誰だ?」
こちらを覗いている。逆光でその容姿までは分からないが、ひどく細身であるようだ。
生存者か、と華也が非常口から外に躍り出る。周囲を見渡すが人気はない。どこかへ転落したのかと伺うが、やはり誰もいなかった。足跡すらない。
「こちらにもおりませんわ」
別方向を探していた綴歌が首を振りながら合流する。
「こちらもいない」
六之介も同様であった。
報告にあった謎の人影とはおそらくあれのことなのだろうか。
「まるで幽霊だな」
ぼそりと六之介が呟く。
「ん?」
二人と目が合う。
どこか楽しげにキラキラとした表情の華也と、打って変わって、青ざめた表情の綴歌。見事に対照的である。
「お、おおおおお化けなどおりませんわ! これはきっと不浄! 不浄です!」
現状では何もわかっていないのに決めつける。
「いえ、不浄ではないかもしれませんよ。現にここには不浄の痕跡である魔力がありません。幽霊という可能性も……!」
興奮した様子で語っている。
「幽霊などではありません!」
「いえ、断定はできません。未だに心霊現象の報告は後を絶ちません」
「非科学的ですわ!」
「人間がいまだ知りえない現象があるかもしれません。非科学的と決めつけるのは早計です」
舌戦を繰り広げる彼女らを尻目に、六之介は崩落現場を後にする。
飯場に戻り、勇雄を訪ねる。彼は責任者として、調査完了までここに残るつもりであるという。
「すみません、ちょっと伺いたいんですけど」
「ええ、なんなりと」
「この掘削は、魔術具を使ったそうですが」
「ああ、それでしたらこちらへ」
案内されたのは飯場の裏手。そこに建てられていた倉庫内にショベルカーを連想させる重機があった。
「これは土砂除という魔術具でしてね。これを用いて掘り出すんです」
「ほう……これは立派な」
黒光りする土砂除に手を触れる。ひんやりとした感触が心地よい。
大切に使われているのであろう。傷や汚れは目立つが、細部まで磨かれている。
「どんな誤作動が?」
「ええ。強く掘りすぎたり、操作通り動かなかったり……そんなこと一度もなかったんですけどねえ」
「修理などは?」
「出しましたが、異常なしだと。でも使うとやっぱり駄目でしてね。今では皆、警告だったと言っていますよ」
「警告?」
「はい。実はこの山、多々羅山は、一昔前までは『祟山』と呼ばれていたんです」
「それはまた、物騒な」
たたり。何か謂れがなければつけられる名前ではない。
「この山に入るだけならばいいのですが、山菜を取ったり、動物を狩ったりすると、祟られるそうでして。この周辺には村がないでしょう。この山のせいなんですよ」
「なるほど……その祟られたという人の資料や詳細な情報はありますか?」
「ないでしょうな。あくまで口伝や噂話の類ですから……ただ、私が聞いた限りでは、その祟りは全身からカビが生えるとか茸が生えるだとか、そういうものでしたね」
「ふむ……わかりました。ご助力ありがとうございます」
「いえいえ、この程度でよろしいのならいくらでも」
火のない所に煙は立たぬというように、迷信や言い伝えにも何かしら原因がある。おそらくそれも何か因果関係があるのではないだろうか。
「ああ、それと魔導官さん、これを」
懐に無造作に入れられていた封筒を渡される。中身は写真であった。
「これは……」
ぼんやりとした無数の緑色の光を映したものが三枚、人影を映したものが二枚である。いずれも撮られた場所は別々であるようだった。
「うちの作業員たちが撮った写真です。先ほど現像が済んだようでして、よければお使いください」
大きな身体を小さく折り曲げる。
「分かりました。尽力します」
勇雄の元を離れ、写真の撮られた場所へと向かう。どれも薄暗いが飯場前から見た山間部、隧道の入り口、資材置き場であるようだ。
手元の写真と比較しながら、発光している場所を確認する。
「光りそうなものは、ないな……ガスの燃焼が起こったわけでもなさそうだし」
人魂の正体は可燃性のガスの自然燃焼であると聞いたことがある。しかし、ガスが燃焼するためにはこの周囲の湿度は高すぎる。
そして何より、緑色の光は銅の燃焼によって生じる色のはず。自然環境下では起こりえないだろう。
「何か手掛かりになりそうなものは……」
実地調査は基本である。何か小さなものでも証拠になるかもしれない。
何か弾力のある感触が靴ごしに伝わってくる。目を向けると、それは掌大程の白い茸であった。完全に成長しつくしているようで、かなりの硬さを有している。
「……毒キノコだろうな、これ」
むしり取り、観察をすると傘の裏に黒い斑点が無数にある。表がきれいな白である分、裏面の毒々しさが際立っている。
毒キノコを食したことによる、幻覚という考えも一瞬浮かんだが、何をバカなことをと頭を振った。
その後、華也達と合流し、崩落現場付近の探索をすることとなった。
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