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5章 精彩に飛ぶ
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住良木村は階段の多い村である。山肌を切り開き、開拓したが故である。自然石から切り出された階段を飛び跳ねながら、目的の場所へと向かう。握られている地図には赤丸で記されており、漁業組合とある。ここが漁師たちが普段集まっている場所であるという。
木造二階建ての建物は潮風の影響で外壁はひどく黒ずみ、痛み、割れ、隙間すら空いている。修復をしている形跡も見られるが、追いついていないようだ。一見すると廃墟のようにも見えるが、扉や窓はそれなりに綺麗に扱われていた。
歪んだ扉をこじ開けようと手を伸ばすと、どうぞという野太い声が聞こえてきた。声はかけていない。足音で感づかれたのだろうか。
扉を開き、奥に向かうと囲炉裏の周りに五人の男たちが座っていた。褌姿に茶色く変色した半襦袢を纏っている。袖から除く腕は丸太の様に太く逞しい。黒く焼けた皮膚には無数の傷が刻まれている。
ぎろりと六之介に視線が集中すると、最奥にいた一際大柄な男が立ち上がった。
「ああ、魔導官さんですか。何か御用で?」
三十代後半ほどの見た目とは裏腹に、潮風で喉が焼かれてしまったのか、しわがれた声であった。
「情報収集です。事件当時のことについて伺いたく思いましてね、座ってもいいですかな?」
男、由名瀬悟は首肯する。よっこらせと口にしながら、適当な座布団の上に腰を下ろす。綿の感触すら感じられない煎餅座布団であるが、無いよりはましである。
室内は、二つの囲炉裏と簡易な台所、漁網や浮き、釣り竿が散乱している。男所帯らしい散らかり具合である。
「早速ですが、いくつか質問をするんで答えてください」
漁師たちは顔を見合わせ、分かったと返事する。
六之介は手帳を取り出し、事前に決めていた質問事項を読み上げる。
「まず、襲われている様子を見た人は?」
禿た年長の男性が首を振る。他の四人も同意であるようだ。
「いない、と。声や水飛沫の音を聞いた方は?」
同じ返答である。
現場に居合わせたものたちからならば、有益かつ具体的な情報が得られると踏んでいたが、そう上手くはいかないようだ。
「ふむ……じゃあ、漁網が破られていたとのことで、その断面はどんな……」
「ああ、それだったら……」
悟が丁寧に折りたたまれていた網を持ってくる。麻で編まれた巨大なものである。
「ここだ」
断面は刃物で切断されたような美しさである。とてもではないが、既存の生物によって為せる所業だとは思えない。
「これに類似する断面を見たことはない?」
「ああ、こんなのは初めてだ」
腕を組み、唸った後、続ける。
「なあ、魔導官さん、一つ言いたいことっていうか、伝えたいことがあるんだ」
「なんです?」
「うちの村に伝わる、伝承って言やぁいいのかな……大昔に、沖で怪物が出たっていう、まあよくある話だ」
悟が語りだす。
昔、住良木村の漁場は魚が大量に穫れると評判の場所であり、村人は勿論のこと、遠方から釣り人が訪れるほどのものであったという。村人たちは決して裕福とは言えなかったが、食いはぐれることもなく生きることができたという。
鼓太郎という男がいた。村一番の大男であり、漁師としての腕も一級品、十人掛かりでも持ち上げられないような巨大魚を片腕で持ってしまうような怪力もあった。村人たちは、鼓太郎は漁師たちの、住良木村の長として崇めた。
住良木村の漁場より沖には、『宮島』という孤島がある。そこはこの海域の主がいるという言い伝えのある場所であり、良質な漁場と知りながらも誰一人向かうことのない場所であった。鼓太郎は自らの腕に絶対の自信を有しており、その力で主を退治し、より大きな漁場を得ようと考えたのだ。
しかし、村人たちは反対した。主を怒らせることへの不安感と鼓太郎を失うかもしれないという恐怖感のためだ。しかし、鼓太郎はその制止を頑なに拒み、宮島へと向かった。
三日間、鼓太郎は帰ってこなかった。主に喰われてしまったのか、それともまだ戦っているのか、誰にもわからない。村人たちはそれを確かめるべく、命を捨てる覚悟で宮島へ渡った。
鼓太郎の舟はすぐに見つかった。宮島の海岸に打ち上げられ、中には鼓太郎であったモノも転がっていた。主に食われたのか腰から上は無く、海鳥に啄まれた下半身は殆どが骨となっていた。村人たちは遺体を持ち帰り、大切に埋葬した。
鼓太郎の墓は、住良木村の東端にある崖にあり、未だに崇められている。
「……という、まあ、宮島には行くなと餓鬼を窘める話かもしれねえんだけどよ。ただ、気になってるのがこの『主』ってやつだ。よくある昔話なら、この後にみんなで退治しましたやら封じましたで終わるんだが、俺らの知っている限りでは、そうじゃない。ここで終わりなんだ」
「主を放置したまま、か」
「ああ。なんの根拠もねえ言い伝えだがよ、俺らはそれが本当にあった話で、今回の騒動の原因はその主のせいじゃないかって思ってる」
どれほど昔のことかすら分からないが、不浄が長命であることは知っている。多くの不浄が殺されない限り、死なないとまで言われている。故に、真実である可能性は十分に考えられる。
「その宮島に行くことは?」
「悪いが、そいつは出来ないんだ。そんな言い伝えがあるからな、主を怒らせちゃなんねえと、禁足地となってる。俺らも行ったことはねえ」
「ふむ……」
そういった伝承にはよくあることだ。
「魔導官さん、何としても不浄を退治していただきたい。でないと、死んだ奴らが浮かばれない。あの中には、俺の友達もいたんだ……」
悟が悔しさを滲ませた声を漏らす。しわがれた声が震えている。怒りの為か、悲しみの為か。六之介にはそれが分からなかった。
ぱたんと音を立て、帳を閉じ立ち上がる。
「わかりました。やるだけやってみましょう」
木造二階建ての建物は潮風の影響で外壁はひどく黒ずみ、痛み、割れ、隙間すら空いている。修復をしている形跡も見られるが、追いついていないようだ。一見すると廃墟のようにも見えるが、扉や窓はそれなりに綺麗に扱われていた。
歪んだ扉をこじ開けようと手を伸ばすと、どうぞという野太い声が聞こえてきた。声はかけていない。足音で感づかれたのだろうか。
扉を開き、奥に向かうと囲炉裏の周りに五人の男たちが座っていた。褌姿に茶色く変色した半襦袢を纏っている。袖から除く腕は丸太の様に太く逞しい。黒く焼けた皮膚には無数の傷が刻まれている。
ぎろりと六之介に視線が集中すると、最奥にいた一際大柄な男が立ち上がった。
「ああ、魔導官さんですか。何か御用で?」
三十代後半ほどの見た目とは裏腹に、潮風で喉が焼かれてしまったのか、しわがれた声であった。
「情報収集です。事件当時のことについて伺いたく思いましてね、座ってもいいですかな?」
男、由名瀬悟は首肯する。よっこらせと口にしながら、適当な座布団の上に腰を下ろす。綿の感触すら感じられない煎餅座布団であるが、無いよりはましである。
室内は、二つの囲炉裏と簡易な台所、漁網や浮き、釣り竿が散乱している。男所帯らしい散らかり具合である。
「早速ですが、いくつか質問をするんで答えてください」
漁師たちは顔を見合わせ、分かったと返事する。
六之介は手帳を取り出し、事前に決めていた質問事項を読み上げる。
「まず、襲われている様子を見た人は?」
禿た年長の男性が首を振る。他の四人も同意であるようだ。
「いない、と。声や水飛沫の音を聞いた方は?」
同じ返答である。
現場に居合わせたものたちからならば、有益かつ具体的な情報が得られると踏んでいたが、そう上手くはいかないようだ。
「ふむ……じゃあ、漁網が破られていたとのことで、その断面はどんな……」
「ああ、それだったら……」
悟が丁寧に折りたたまれていた網を持ってくる。麻で編まれた巨大なものである。
「ここだ」
断面は刃物で切断されたような美しさである。とてもではないが、既存の生物によって為せる所業だとは思えない。
「これに類似する断面を見たことはない?」
「ああ、こんなのは初めてだ」
腕を組み、唸った後、続ける。
「なあ、魔導官さん、一つ言いたいことっていうか、伝えたいことがあるんだ」
「なんです?」
「うちの村に伝わる、伝承って言やぁいいのかな……大昔に、沖で怪物が出たっていう、まあよくある話だ」
悟が語りだす。
昔、住良木村の漁場は魚が大量に穫れると評判の場所であり、村人は勿論のこと、遠方から釣り人が訪れるほどのものであったという。村人たちは決して裕福とは言えなかったが、食いはぐれることもなく生きることができたという。
鼓太郎という男がいた。村一番の大男であり、漁師としての腕も一級品、十人掛かりでも持ち上げられないような巨大魚を片腕で持ってしまうような怪力もあった。村人たちは、鼓太郎は漁師たちの、住良木村の長として崇めた。
住良木村の漁場より沖には、『宮島』という孤島がある。そこはこの海域の主がいるという言い伝えのある場所であり、良質な漁場と知りながらも誰一人向かうことのない場所であった。鼓太郎は自らの腕に絶対の自信を有しており、その力で主を退治し、より大きな漁場を得ようと考えたのだ。
しかし、村人たちは反対した。主を怒らせることへの不安感と鼓太郎を失うかもしれないという恐怖感のためだ。しかし、鼓太郎はその制止を頑なに拒み、宮島へと向かった。
三日間、鼓太郎は帰ってこなかった。主に喰われてしまったのか、それともまだ戦っているのか、誰にもわからない。村人たちはそれを確かめるべく、命を捨てる覚悟で宮島へ渡った。
鼓太郎の舟はすぐに見つかった。宮島の海岸に打ち上げられ、中には鼓太郎であったモノも転がっていた。主に食われたのか腰から上は無く、海鳥に啄まれた下半身は殆どが骨となっていた。村人たちは遺体を持ち帰り、大切に埋葬した。
鼓太郎の墓は、住良木村の東端にある崖にあり、未だに崇められている。
「……という、まあ、宮島には行くなと餓鬼を窘める話かもしれねえんだけどよ。ただ、気になってるのがこの『主』ってやつだ。よくある昔話なら、この後にみんなで退治しましたやら封じましたで終わるんだが、俺らの知っている限りでは、そうじゃない。ここで終わりなんだ」
「主を放置したまま、か」
「ああ。なんの根拠もねえ言い伝えだがよ、俺らはそれが本当にあった話で、今回の騒動の原因はその主のせいじゃないかって思ってる」
どれほど昔のことかすら分からないが、不浄が長命であることは知っている。多くの不浄が殺されない限り、死なないとまで言われている。故に、真実である可能性は十分に考えられる。
「その宮島に行くことは?」
「悪いが、そいつは出来ないんだ。そんな言い伝えがあるからな、主を怒らせちゃなんねえと、禁足地となってる。俺らも行ったことはねえ」
「ふむ……」
そういった伝承にはよくあることだ。
「魔導官さん、何としても不浄を退治していただきたい。でないと、死んだ奴らが浮かばれない。あの中には、俺の友達もいたんだ……」
悟が悔しさを滲ませた声を漏らす。しわがれた声が震えている。怒りの為か、悲しみの為か。六之介にはそれが分からなかった。
ぱたんと音を立て、帳を閉じ立ち上がる。
「わかりました。やるだけやってみましょう」
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