56 / 58
6章 剣祇祭
6-6
しおりを挟む
照月は、御剣という街が形成され始めた時期から存在する老舗の料亭である。高品質な魚介類をふんだんに用いた料理と多法塔の六階とう高階層から景色を売りとしており、御剣の住民であっても滅多に通えない、所謂高級料亭である。
そこに六之介を除く五人が揃っている、はずであった。
「……あの人はあ……!」
わなわなと身体を震わせながら、仄は怒気をあらわにしており、行きかう人々は彼女の尋常ならざる様子に視線を向けずにはいられずにいる。
「ま、まあまあ、そう気にしないでくださいな」
そう言ってなだめるのは、くすんだ赤髪の人物である。名は壱岐嶋実里。皇家直属魔導親衛隊の副隊長を務める女性であり、年齢は仄と大きく変わらないであろう。
彼女が身に纏うのは、魔導官服とは対照的な純白の燕尾服を思わせる装束であり、中に袖のない黒の中衣、首元に紫色のクロスタイ、膝丈ほどのスカートを身に纏っている。袖や襟元に金色の装飾が施されており、一目で上等なものであると分かる。
「うちの隊長も来ていないしな!」
そう豪快に笑うのは、夜空を吸い込んだように濃い黒髪の美しい女性である。黙っていれば令嬢を思わせる容姿とは裏腹な豪快な声色に、面食らってしまうだろう。彼女は坂藤宮子という。
「もう入っちまってもいいんじゃないのか?」
壁に寄りかかり、気だるげな声を漏らすのは赤味がかった橙色の髪が眩しい大柄な女性であり、比較的高身長な仄よりも頭一つ分大きい。腹部をさすりながら、空腹の意思を示している。彼女は狩野しずね。
「し、しかしですね……」
隊長二人を差し置いて、そんな行動をしても良いのだろうか。雲雀はともかく、涼風唯鈴がどう捉えるかが仄には気がかりでならなかった。
「だいじょーぶだって。姐さんはそういうの甘いから」
豪放磊落に笑う宮子としずね。その様を見ながら、華也と五樹はぽかんと口を間抜けに開けている。
「どうかしたかしら?」
実里の問いかけに思わず背筋が伸びる。
「い、いえ、その、思っていた方々と雰囲気が違うと申しますか……」
皇家直属魔導親衛隊といえば、魔導官の中でも選りすぐりの精鋭である。一介の魔導官である華也達にとっては雲の上の存在とも言える。はずなのだが。
「思ったより適当な感じでびっくりしたか?」
「幻滅とかすんなよー? だいたい姐さんのせいだかんな!」
けらけらと笑う彼女らを軽視するつもりは微塵もないが、どうしても遠い存在であるようには思えず、つられる。
それと同時に華也の腹部からぐうという音がした。
「……あう」
「なんだー、腹減ってるのか」
「あ、えっと……はい、お昼が楽しみで」
魔導官でも滅多に来ることができない料亭だ。朝食を減らしたくなる気持ちは理解できる。
「実里、もう入ろう。私たちも空腹だ」
宮子が提案する。実里が腕時計を確認すると、約束の時間を十五分過ぎている。
はあと小さくため息をつき、指示を出す。
「そうですね。眉月礼兵は構いませんか?」
「はい、こちらとしてはいつでも」
隊長に振り回されている者同士、波長が合ったのだろうか。顔を見合わせ、意味深に頷き合った。
照月の客席は決して多くはない。内装も大変質素なもので飾り気は、活けられた花があるだけである。こじんまりとした第一印象を受け
る。
奥の宴会用の広間は設けてあるが、広間とは名ばかりで十人と座ることは出来ないだろう。多くが調理場と向かい合う様式を取っており、台所で腕を振るうのはこの道、四十と余年になる禿げた大将である。眉間に深くしわが刻まれ、厚く腫れぼったい瞼のせいで眼球は全くと言っていいほど見えない。
女将に連れられ、広間に腰を下ろす。互いの上座は空席であり、仄と実里はちらりとそこを眺め、深いため息をつく。
魔導官と親衛隊、五人同士が向かい合う形をとっている。皆は、女将が運んできた茶を喉に流し込む。すがすがしい夏の気候は、やはり水分を奪う。良質な茶葉で淹れられた茶は口当たりがよく、何の抵抗もなく身体に染み入る。誰とも知らぬが、ほうと声を漏らす。
一時の静謐。それを打ち崩すのは、暗橙色の髪の女性である。彼女はしんと静まり返ったり、緊張の走るような空間を大の苦手としており、それを避ける様にしている。仮に、そういった場に遭遇したならば、率先して打ち壊すようにしていた。
「よおし、じゃあまず、自己紹介といこうか! あたしは狩野しずね。南方にある松野原出身、年齢は二十二歳。皇家直属魔導親衛隊に入って二年。親衛隊に配属されるまでは、研究開発部に所属してて、魔力駆動の車両の開発してた。よろしく!」
「では次は私だな。坂藤宮子。松野原よりも南方にある玖珂出身である。年齢はしずねと同じ、二十二歳。親衛隊に選出されるまでは諸君らと同じく実動部隊に配属されていたので、そうだな、親衛隊ではあるが、らしくないだろうな」
宮子の言う通り、彼女の纏う雰囲気はどことなく実動部隊のものと似ている。
「なので、緊張せずがんがん話しかけてくれていいぞ! よろしく。じゃあ、次は実里だ」
「はいはい。私は壱岐嶋実里。御剣の隣、越後出身よ。年齢は二十三。学校卒業してからはずっと親衛隊にいるわね」
「さすが実里副隊長!」
並大抵では、卒業直後に親衛隊に配属などされることはない。しかし、それを成し遂げている。経歴を聞くだけで、優秀さが分かる。
しずねが褒めるような茶々を入れるが、それを苦笑しながら受け流す。
「ううん、いざ自己紹介となると難しいわね。とりあえず、短い間ですけれど、仲良くしていただけたなら嬉しいです」
「では次は我々」
「いえ、もう一人いますよ」
実里は入り口付近の右隅を向く。そこには幽霊の様な、とりわけ小柄な少女が一人膝を抱えていた。
ひいと綴歌が悲鳴を上げる。
「佐奈さん、次は貴女よ」
いったいいつからそこにいたのであろうか。実里以外、誰一人気が付かない異常な影の薄さ、存在感のなさ。それこそ透けているのでは
ないかと思えるほどだ。
顔をあげ、小指の先ほどの大きさに口を開く。
「……、…、……」
静まり返っている店内だというのに、一切聞こえない。ただ唇を動かしているだけであるようにも見えるが、喉は確かに動いている。話し終えたのだろうか、唇が一文字に戻る。
「彼女は、黒崎佐奈。東北方面にある浦瀬出身。年齢は二十よ。補足しておくと、小柄な体躯と童顔のせいで、幼く見られがちですけれど決して能力は低くないわ」
実里である。聞き取れていたのだろうか。
「そ、そうですか。では、改めて、我々も自己紹介といこう」
仄、華也、綴歌、五樹の順に出身と年齢と、得意な魔導などを語る。
互いのことを伝え、知り合う。距離を縮めるにはこれ以上ない方法である。置かれていた茶が程よい温度になるころには、魔導官と親衛隊の間にあった壁は気が付く頃にはなくなっており、にぎやかな場となっていた。
「お前、良い身分だな! こんな美女軍団に囲まれて!」
「そうっすねえ、ありがとうございます!」
しずねにからかわれながら、五樹が頭を下げる。気性が似ているのか、二人じゃれ合う姿は姉弟のようにも見える。
「多々良蛍茸の件、素晴らしかったぞ。あれのお陰で魔導兵装や魔術具の開発が加速する。君の様な若くて有能な魔導官がいるなら、日ノ本も安泰だな!」
「い、いえいえ、あれは運がよかっただけですわ」
宮子と綴歌は、以前に解決した多々良山での事件について話している。宮子の言動は一切の曇りのないまっすぐなものであり、繰り返される賞賛の言葉に綴歌は顔を真っ赤にさせながら、謙遜する。そんな物腰の低さを宮子が褒め、綴歌が謙遜する。鼬ごっこである。
「どこもかしこも隊長格って自分勝手なのかしら」
「我が強いというのは良くも悪くもなるしな……」
出された料理をつつきながら、実里と仄は大きく深いため息をついている。お互い苦労しているのだろう。愚痴とまではいかないが、不満だったり要求だったりが矢継ぎ早に飛び出してくる。
「……」
「……」
ひっそりと静まり返り、お見合い状態となっているのは華也と遅れてやってきた――正確には初めからいたのだが、存在に気が付かなかった――人物である。
黒崎佐奈。灰色の髪と翡翠色の瞳が特徴である。実里経由の情報では、年齢は二十二と決して子供ではないのだが幼く見られがちだ。加え、引っ込み思案で人目を避けるため物陰に隠れる傾向がある。その様が小動物のようであり、幼い印象を加速させる。
華也よりも色彩の淡い髪の奥で翡翠色の瞳が世話しなく揺れている。他の親衛隊とは異なる雰囲気に華也は声をかけるきっかけを掴めずにいた。
「あ、あの!」
華也はなんとか会話のきっかけ作ろうと、声をあげる。佐奈の肩がびくんと大きく揺れる。
「お、お元気でしょうか!?」
「……あ、はい」
吹けば消えてしまいそうなか細い声である。目の前にいるというのにほとんど聞き取れない程だ。もっとも周囲が騒がしすぎるということもあるのだが。
問いの内容の悪さもあり、会話は続かず、お見合いが再開する。
他の魔導官と親衛隊がどんどん距離を縮めているというのに、ひとり取り残されているようでかすかな焦燥感を覚える。何とかしなければと、躍起になるが良い案は浮かばない。
「……あの……」
「は、はい?」
佐奈から話す。か細い声を聴き洩らさぬように、身を乗り出す。
「……その、わたし、人見知りなんで……その、あんまり会話とか、苦手で……」
「そ、そうですか、すみません、なんだか馴れ馴れしく……」
「あ、い、いえ! 嫌とかじゃないんです……その、せっかく話しかけてくれているのに、うまく返せないというか……話を広げたりできなくて申し訳なくて……どうすれば、その……人と会話できるようになるんでしょう、か」
身体を縮ませ、指をいじっている。
「……そうですねえ、一歩踏み出す勇気と……」
「ゆうき……」
佐奈の眉が下がる。
「あとは、なんといっても経験だと思いますよ、色々と会話をして慣れていくんです」
「……経験と、慣れ」
「はい。それで、その、私で良ければお付き合いします」
余計なお世話であっただろうか、ちらりと佐奈を見るとじっと華也を見つめ、口角をわずかに上げ、唇が開く。
「……よろしく、おねがいします」
ほとんど聞こえない声だった。しかし、その顔を見れば何を言っているのかは分かった。
「はい、こちらこそ」
初めて、目と目が合う。
その時である。ずどんと乱暴に襖が開かれる。唐突な出来事に全員が押し黙り、視線が一点に集中した。
そこに六之介を除く五人が揃っている、はずであった。
「……あの人はあ……!」
わなわなと身体を震わせながら、仄は怒気をあらわにしており、行きかう人々は彼女の尋常ならざる様子に視線を向けずにはいられずにいる。
「ま、まあまあ、そう気にしないでくださいな」
そう言ってなだめるのは、くすんだ赤髪の人物である。名は壱岐嶋実里。皇家直属魔導親衛隊の副隊長を務める女性であり、年齢は仄と大きく変わらないであろう。
彼女が身に纏うのは、魔導官服とは対照的な純白の燕尾服を思わせる装束であり、中に袖のない黒の中衣、首元に紫色のクロスタイ、膝丈ほどのスカートを身に纏っている。袖や襟元に金色の装飾が施されており、一目で上等なものであると分かる。
「うちの隊長も来ていないしな!」
そう豪快に笑うのは、夜空を吸い込んだように濃い黒髪の美しい女性である。黙っていれば令嬢を思わせる容姿とは裏腹な豪快な声色に、面食らってしまうだろう。彼女は坂藤宮子という。
「もう入っちまってもいいんじゃないのか?」
壁に寄りかかり、気だるげな声を漏らすのは赤味がかった橙色の髪が眩しい大柄な女性であり、比較的高身長な仄よりも頭一つ分大きい。腹部をさすりながら、空腹の意思を示している。彼女は狩野しずね。
「し、しかしですね……」
隊長二人を差し置いて、そんな行動をしても良いのだろうか。雲雀はともかく、涼風唯鈴がどう捉えるかが仄には気がかりでならなかった。
「だいじょーぶだって。姐さんはそういうの甘いから」
豪放磊落に笑う宮子としずね。その様を見ながら、華也と五樹はぽかんと口を間抜けに開けている。
「どうかしたかしら?」
実里の問いかけに思わず背筋が伸びる。
「い、いえ、その、思っていた方々と雰囲気が違うと申しますか……」
皇家直属魔導親衛隊といえば、魔導官の中でも選りすぐりの精鋭である。一介の魔導官である華也達にとっては雲の上の存在とも言える。はずなのだが。
「思ったより適当な感じでびっくりしたか?」
「幻滅とかすんなよー? だいたい姐さんのせいだかんな!」
けらけらと笑う彼女らを軽視するつもりは微塵もないが、どうしても遠い存在であるようには思えず、つられる。
それと同時に華也の腹部からぐうという音がした。
「……あう」
「なんだー、腹減ってるのか」
「あ、えっと……はい、お昼が楽しみで」
魔導官でも滅多に来ることができない料亭だ。朝食を減らしたくなる気持ちは理解できる。
「実里、もう入ろう。私たちも空腹だ」
宮子が提案する。実里が腕時計を確認すると、約束の時間を十五分過ぎている。
はあと小さくため息をつき、指示を出す。
「そうですね。眉月礼兵は構いませんか?」
「はい、こちらとしてはいつでも」
隊長に振り回されている者同士、波長が合ったのだろうか。顔を見合わせ、意味深に頷き合った。
照月の客席は決して多くはない。内装も大変質素なもので飾り気は、活けられた花があるだけである。こじんまりとした第一印象を受け
る。
奥の宴会用の広間は設けてあるが、広間とは名ばかりで十人と座ることは出来ないだろう。多くが調理場と向かい合う様式を取っており、台所で腕を振るうのはこの道、四十と余年になる禿げた大将である。眉間に深くしわが刻まれ、厚く腫れぼったい瞼のせいで眼球は全くと言っていいほど見えない。
女将に連れられ、広間に腰を下ろす。互いの上座は空席であり、仄と実里はちらりとそこを眺め、深いため息をつく。
魔導官と親衛隊、五人同士が向かい合う形をとっている。皆は、女将が運んできた茶を喉に流し込む。すがすがしい夏の気候は、やはり水分を奪う。良質な茶葉で淹れられた茶は口当たりがよく、何の抵抗もなく身体に染み入る。誰とも知らぬが、ほうと声を漏らす。
一時の静謐。それを打ち崩すのは、暗橙色の髪の女性である。彼女はしんと静まり返ったり、緊張の走るような空間を大の苦手としており、それを避ける様にしている。仮に、そういった場に遭遇したならば、率先して打ち壊すようにしていた。
「よおし、じゃあまず、自己紹介といこうか! あたしは狩野しずね。南方にある松野原出身、年齢は二十二歳。皇家直属魔導親衛隊に入って二年。親衛隊に配属されるまでは、研究開発部に所属してて、魔力駆動の車両の開発してた。よろしく!」
「では次は私だな。坂藤宮子。松野原よりも南方にある玖珂出身である。年齢はしずねと同じ、二十二歳。親衛隊に選出されるまでは諸君らと同じく実動部隊に配属されていたので、そうだな、親衛隊ではあるが、らしくないだろうな」
宮子の言う通り、彼女の纏う雰囲気はどことなく実動部隊のものと似ている。
「なので、緊張せずがんがん話しかけてくれていいぞ! よろしく。じゃあ、次は実里だ」
「はいはい。私は壱岐嶋実里。御剣の隣、越後出身よ。年齢は二十三。学校卒業してからはずっと親衛隊にいるわね」
「さすが実里副隊長!」
並大抵では、卒業直後に親衛隊に配属などされることはない。しかし、それを成し遂げている。経歴を聞くだけで、優秀さが分かる。
しずねが褒めるような茶々を入れるが、それを苦笑しながら受け流す。
「ううん、いざ自己紹介となると難しいわね。とりあえず、短い間ですけれど、仲良くしていただけたなら嬉しいです」
「では次は我々」
「いえ、もう一人いますよ」
実里は入り口付近の右隅を向く。そこには幽霊の様な、とりわけ小柄な少女が一人膝を抱えていた。
ひいと綴歌が悲鳴を上げる。
「佐奈さん、次は貴女よ」
いったいいつからそこにいたのであろうか。実里以外、誰一人気が付かない異常な影の薄さ、存在感のなさ。それこそ透けているのでは
ないかと思えるほどだ。
顔をあげ、小指の先ほどの大きさに口を開く。
「……、…、……」
静まり返っている店内だというのに、一切聞こえない。ただ唇を動かしているだけであるようにも見えるが、喉は確かに動いている。話し終えたのだろうか、唇が一文字に戻る。
「彼女は、黒崎佐奈。東北方面にある浦瀬出身。年齢は二十よ。補足しておくと、小柄な体躯と童顔のせいで、幼く見られがちですけれど決して能力は低くないわ」
実里である。聞き取れていたのだろうか。
「そ、そうですか。では、改めて、我々も自己紹介といこう」
仄、華也、綴歌、五樹の順に出身と年齢と、得意な魔導などを語る。
互いのことを伝え、知り合う。距離を縮めるにはこれ以上ない方法である。置かれていた茶が程よい温度になるころには、魔導官と親衛隊の間にあった壁は気が付く頃にはなくなっており、にぎやかな場となっていた。
「お前、良い身分だな! こんな美女軍団に囲まれて!」
「そうっすねえ、ありがとうございます!」
しずねにからかわれながら、五樹が頭を下げる。気性が似ているのか、二人じゃれ合う姿は姉弟のようにも見える。
「多々良蛍茸の件、素晴らしかったぞ。あれのお陰で魔導兵装や魔術具の開発が加速する。君の様な若くて有能な魔導官がいるなら、日ノ本も安泰だな!」
「い、いえいえ、あれは運がよかっただけですわ」
宮子と綴歌は、以前に解決した多々良山での事件について話している。宮子の言動は一切の曇りのないまっすぐなものであり、繰り返される賞賛の言葉に綴歌は顔を真っ赤にさせながら、謙遜する。そんな物腰の低さを宮子が褒め、綴歌が謙遜する。鼬ごっこである。
「どこもかしこも隊長格って自分勝手なのかしら」
「我が強いというのは良くも悪くもなるしな……」
出された料理をつつきながら、実里と仄は大きく深いため息をついている。お互い苦労しているのだろう。愚痴とまではいかないが、不満だったり要求だったりが矢継ぎ早に飛び出してくる。
「……」
「……」
ひっそりと静まり返り、お見合い状態となっているのは華也と遅れてやってきた――正確には初めからいたのだが、存在に気が付かなかった――人物である。
黒崎佐奈。灰色の髪と翡翠色の瞳が特徴である。実里経由の情報では、年齢は二十二と決して子供ではないのだが幼く見られがちだ。加え、引っ込み思案で人目を避けるため物陰に隠れる傾向がある。その様が小動物のようであり、幼い印象を加速させる。
華也よりも色彩の淡い髪の奥で翡翠色の瞳が世話しなく揺れている。他の親衛隊とは異なる雰囲気に華也は声をかけるきっかけを掴めずにいた。
「あ、あの!」
華也はなんとか会話のきっかけ作ろうと、声をあげる。佐奈の肩がびくんと大きく揺れる。
「お、お元気でしょうか!?」
「……あ、はい」
吹けば消えてしまいそうなか細い声である。目の前にいるというのにほとんど聞き取れない程だ。もっとも周囲が騒がしすぎるということもあるのだが。
問いの内容の悪さもあり、会話は続かず、お見合いが再開する。
他の魔導官と親衛隊がどんどん距離を縮めているというのに、ひとり取り残されているようでかすかな焦燥感を覚える。何とかしなければと、躍起になるが良い案は浮かばない。
「……あの……」
「は、はい?」
佐奈から話す。か細い声を聴き洩らさぬように、身を乗り出す。
「……その、わたし、人見知りなんで……その、あんまり会話とか、苦手で……」
「そ、そうですか、すみません、なんだか馴れ馴れしく……」
「あ、い、いえ! 嫌とかじゃないんです……その、せっかく話しかけてくれているのに、うまく返せないというか……話を広げたりできなくて申し訳なくて……どうすれば、その……人と会話できるようになるんでしょう、か」
身体を縮ませ、指をいじっている。
「……そうですねえ、一歩踏み出す勇気と……」
「ゆうき……」
佐奈の眉が下がる。
「あとは、なんといっても経験だと思いますよ、色々と会話をして慣れていくんです」
「……経験と、慣れ」
「はい。それで、その、私で良ければお付き合いします」
余計なお世話であっただろうか、ちらりと佐奈を見るとじっと華也を見つめ、口角をわずかに上げ、唇が開く。
「……よろしく、おねがいします」
ほとんど聞こえない声だった。しかし、その顔を見れば何を言っているのかは分かった。
「はい、こちらこそ」
初めて、目と目が合う。
その時である。ずどんと乱暴に襖が開かれる。唐突な出来事に全員が押し黙り、視線が一点に集中した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる