超能力者、異世界にて

甘木人

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6章 剣祇祭

6-7

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「ごっめーん、おっくれちゃったー!」

 そう一切悪びれた様子もない言葉を述べるのは、親衛隊の白服を身に……纏っておらず、代わりに梅模様の中羽織を翻す女性である。
 きっちりと隙の無い着こなしの隊員と比べ、独創的、あるいは個性的に着崩した衣装。燕尾服上の下に中衣もクロスタイも身に着けていない。濃紫色の襯衣をめくり上げ、胸骨の真下あたりで結び、これでもかと言わんばかりに胸元を強調し、引き締まった腹部を露わにした官能的な上半身に、短く加工されたスカートの下からは肉付きのよくすらりとしなやかな脚が伸びている。
 濃橙色の耳周りから伸びた髪は波打ち、襟足はふわりと広がっている。丁寧に切りそろえられた前髪に、その左側に紫色と青緑色の貴金属で造形された簾簪が揺れている。
 一見すると緑色に見える眼は、角度次第で赤や青の光沢を放っているようであった。形の良い唇は、自身の力を誇る様に勝気に吊り上がっている。
 ひどく派手ないでたちである。平凡な人間では決して着こなせないような豪華絢爛な装飾品。であるにも関わらず、それが恐ろしいほどの似合っていた。これ以上ない、さながら精密機械のように装飾という部品の一つ一つが緻密に組み合わさっている。身に纏う空気が明らかに違っている。

「……隊長、遅いです」

「めんごめんご。初めての街じゃん? どこに何があるか分かんなくてさー」

 しかし、実里に対する口調はどこまでも軽い。高貴な雰囲気など一瞬で吹き飛ばさんばかりに、けらけらと笑っている。

「だからこんな分かりやすい場所を指定したんです! というか、選んだの貴女ですよ!」

「ありー、そうだっけ?」

 ぺろりと舌を出し、自身の頭を軽く小突く。人を子馬鹿にしたような動きだが、不思議と嫌味がない。

「……はあ、もう、座ってください。食事先に始めてますよ?」

「いいよいいよ、遅くなっちゃったもんねえ。おっと前を失礼」

 佐奈、宮子、しずね、実里の前を通り、上座に座り、ぬるくなっていた茶を一気に飲み干す。  

「ふいー、いやあ、暑いねえ、溶けそう溶けそう。あ、私、涼風唯鈴、よろしくー」

「え、あ、ああ、はい、よろしく、お願いします?」

 突如として現れた存在感の塊に、完全に呑まれている。

「仄ちゃんだっけ?」

「は、はい、眉村仄であります」

「いいよ、敬礼とか。堅苦しいじゃん? あ、他の魔導官の人もだからねん」

 ウインクを飛ばし、卓上に置かれていた前菜に手を伸ばす。
 涼風唯鈴。日ノ本において知らぬものはいないとされる皇家直属魔導親衛隊隊長。その立場でありながら、表舞台へ現れることが多く、魔導について取り扱ったものは勿論のこと、衣装や化粧品、演劇など取り扱う雑誌などでも表紙を飾ることも多い人物であり、この国の魔導官の象徴と捉える人も多い存在だ。
 なるほどと、仄は納得する。雰囲気、存在感とでもいうのだろうか。密度、あるいは濃度がまるで違う。装束が個性的であるということも要因やもしれぬが、それを差し置いても人を惹きつける魅力があふれ出ている。

「あ、あの!」

 綴歌が立ち上がり、声をはる。緊張していることが目に見えて分かる。裏返った声に顔を赤らめるが、臆することなく続ける。

「あ、あの、私! 涼風唯鈴様に憧れていて! その!」

 ほうれん草の胡麻和えを口に頬張りながら、唯鈴が綴歌に視線を向ける。咀嚼し、喉を艶めかしく動かしながら呑み込む。

「ちょっと待って」
 
 制止する。
 何か礼を逸することをしてしまったのかと綴歌の顔が青ざめる。唯鈴は顎に指をあてがい、眉間にしわを寄せ、小さく唸っている。

「あー……思い出した。君、何年か前にうちに見学に来た娘でしょ?」

「え」

「えっと、九月頃だったよね。確か、妙に寒い日でー、あ、そうそう、そん時は髪の毛もっと短くなかった?」

「あ」

「街中で声かけてきて、握手してくれって言ってきたよね? んで、親衛隊に入りたいので云々とか言って……って、ええ!?」

 記憶を掘り下げながら、自身の記憶力を誇るよう饒舌でいると、綴歌の目がみるみるうちに真っ赤になり、大粒の滴が頬を伝いだす。

「うぇ!? ちょっと、なんで泣くのさ! 間違った?」

「あー、泣ーかしたー泣ーかしたー」

「しずね、うっさい!」

 煽るしずねに怒声を飛ばしながら、手巾で綴歌の涙をぬぐう。嗚咽はさらに大きくなり、唯鈴は困惑する。しかし、すすり泣きの中に明確な意思の羅列が聞こえてくる。

「ひっぐ、ず、ずびばぜん、えぐ、間違っでないんでず、ぞの……う、嬉じぐでぇ……」

 憧れの人が覚えていてくれた、それが綴歌にとってはこれ以上ないことだった。
 涼風唯鈴は日ノ本一といっても過言ではない有名人である。彼女にとって、街中で声をかけられることなど日常茶飯事である。それこと日に二桁では済まない人数とやりとりすることもある。年間で言えば、数千人にも及ぶだろう。綴歌などその中の一人にすぎない。ほんの一言二言、会話を交わしただけの間柄である。忘れられていて当然だと、綴歌も思っていた。期待などしていなかった。
 だから、涙が止まらなかった。ただただ嬉しくて、仕方がなかった。

「あー、もう、よしよし、お姉さんの豊満な胸でお泣き」

 抱きしめ、頭を撫でてやるとさらに泣き声が大きくなる。

「あ、あの涼風殿……その、部下が粗相をして申し訳ない……」

「あはは、粗相だなんてとんでもない。寧ろ嬉しいぐらいだよ、口先だけ褒めたたえて内心では誹謗中傷するような連中ばっかりと会うことが多いからね。ここまで純粋な憧憬の念を見せられるのは久しぶりだよ」

 言葉に偽りはない。齢二十五にして、親衛隊の隊長と言う重役にいるのだ。それをよく思わない輩は多く、互いの腹の探り合いが常となっている。それを苦に思ったことはないが、楽ではなかった。いつしか初めから人を疑ってかかるようになっている自身へほんの少しの嫌悪感すらもある。
 好意を伝えてくる人間はごまんといたが、ほぼ全員が何かしらの意図があってのもだった。だからこそ、綴歌の行動や心情は、その嫌悪感すらも取り除いてしまうようなものであり、純粋に自身への憧れをぶつけてくれる人間がいたことが、ただただ嬉しかった。

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