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6章 剣祇祭
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「さてでは、我々の任務について話したい……んだけども」
唯鈴が起立しながら、広間をぐるりと見渡す。一人分、空席がある。
「すみません、うちの署長がまだ……」
約束の時間は一時間以上前である。ここまでくると、もう来ないのではないかという不安しかない。きりきりと痛む胃を抑えながら仄が頭を下げる。
「あー、気にしなくていいよ。相変わらず、あいつは時間を守らないなあ」
不満気に口をすぼめる。まるで雲雀の事を知っているかのような物言いである。
「あの、唯鈴様は掛坂署長をご存じなのですか?」
泣き止んではいるが、未だ充血した目をした綴歌が問う。
「まあね。腐れ縁というか、魔導官学校にいた頃、同じ班だったんだよ」
「男女同じ班ですか?」
五樹が首をかしげる。彼が学生だったときは、男女別々であり、六人の同性で一班とし共同生活をしていた。
「そうそう。そうか、私たちの代かその次で最後かな、男女合同は。実里は一つ下だよね、どうだった?」
「別々でしたよ」
ということは唯鈴たちの代から、班の構成が変わったということだろう。
五樹は自身の色気の「い」の字もない生活を思い出しながら、悔し気な声を漏らす。その隣でしずねが残念だったなと彼の肩を強くたたく。
「もうねえ、本当に適当な奴でさぁ、授業中は寝てるし、協調性は無いし、異国語でデリカシイっていうんだっけ? それも欠けているしさ。魔導官学校って最後の三年間は班をつくって寮生活じゃん? 共同空間散らかすし、何かと壊すし、最悪よ最悪」
思い出すだけで苛々すると、形の良い眉を吊り上げている。
その時である。
「お前も人の事言えんだろうが」
唯鈴の時の様に、扉が乱暴に開かれる。入口の先に立つ大男はその体躯故、梁に顔が隠れてしまっていた。
いつにも増して不機嫌そうな雲雀である。その野生の大型肉食獣を思わせる迫力に小さく悲鳴を漏らし、佐奈が宮子の背後に身を隠す。
「遅刻なんだけど?」
「はん、どうせてめえも遅れてきたんだろ。人にとやかく言うなら時刻通り動けっつーの」
どちらも他人のことを言える立場ではない。
「署長、涼風殿に向かってなんという口調を!」
「ああ? いいんだよ、こんなのに気を使わなくて」
大股で敷かれていた座布団まで向かい、腰を下ろし、既に冷めている茶を飲み干す。
「だいたいなんでお前が御剣まで来るんだ」
「仕方ないでしょうが。姫殿下が『剣祇祭』に行きたいって言っててるんだから。いくらお忍びでも護衛しないなんてのはあり得ないの」
同じ班だったというだけあって、距離が近く見える。お互いに遠慮の様なものは一切なく、思い思いの気持ちを口にしている。加え、二人が並ぶと絵になっていた。口ではああだったが、実は仲がいいのではと邪推を始めた頃である。
雰囲気ががらりと変わる。
「だったら他の魔導官署に頼めよ」
「六十六魔導官署が一番実績あるってことで言われたのよ。まあ、どうせあんたは何にもしてないんでしょうけど」
「ふん、この俺が動かなきゃならねえ仕事がないだけだっつーの。それに、何もしてねえのはお前だろうが。それとも、雑誌の表紙飾ってへらへら阿保面晒すのが親衛隊の仕事か?」
嘲笑する。
「魔導親衛隊という組織が、国民からの信頼と親しみを得るためには必要なことよ。そんなことも分からないのかしら、この鳥頭は」
嗤いながら、見下すような口調である。先ほどまでの親近感を抱かせるものはない。
「誰が鳥頭だ、この腐れ売女が、叩き砕かれてえのか」
「んだと、この糞野郎、押し潰してやろうか」
にらみ合う。一瞬であっても、二人の仲が良いのではと思った皆はその考えを改める。これは、親しいもの同士によるじゃれ合いではない。明らかにお互い殺意を向け合っている。一触即発だ。
空調が整っているとはいえ、じっとりと身体にまとわりつくような気怠い暑さは、暗澹たる冷気に塗りつぶされる。涼風唯鈴に先ほどまでの懇意ある佇まいはない。掛坂雲雀にしても同様である。傲慢は振る舞いこそすれど、ここまで憤懣を露わにしたことは無い。
「す、涼風隊長、任務! 任務の事を話しましょう?」
「しょ、署長、これ! この御魚美味しいですよ?」
慌てて実里と華也が何とかなだめる。
永遠とも言えるような沈黙の後、雲雀と唯鈴は顔を背ける。爆発は免れたようであり、全員がほっと息を漏らす。綴歌と仄は賞賛の意を込めて友の肩を軽くたたき、華也は微笑で答えた。
唯鈴が起立しながら、広間をぐるりと見渡す。一人分、空席がある。
「すみません、うちの署長がまだ……」
約束の時間は一時間以上前である。ここまでくると、もう来ないのではないかという不安しかない。きりきりと痛む胃を抑えながら仄が頭を下げる。
「あー、気にしなくていいよ。相変わらず、あいつは時間を守らないなあ」
不満気に口をすぼめる。まるで雲雀の事を知っているかのような物言いである。
「あの、唯鈴様は掛坂署長をご存じなのですか?」
泣き止んではいるが、未だ充血した目をした綴歌が問う。
「まあね。腐れ縁というか、魔導官学校にいた頃、同じ班だったんだよ」
「男女同じ班ですか?」
五樹が首をかしげる。彼が学生だったときは、男女別々であり、六人の同性で一班とし共同生活をしていた。
「そうそう。そうか、私たちの代かその次で最後かな、男女合同は。実里は一つ下だよね、どうだった?」
「別々でしたよ」
ということは唯鈴たちの代から、班の構成が変わったということだろう。
五樹は自身の色気の「い」の字もない生活を思い出しながら、悔し気な声を漏らす。その隣でしずねが残念だったなと彼の肩を強くたたく。
「もうねえ、本当に適当な奴でさぁ、授業中は寝てるし、協調性は無いし、異国語でデリカシイっていうんだっけ? それも欠けているしさ。魔導官学校って最後の三年間は班をつくって寮生活じゃん? 共同空間散らかすし、何かと壊すし、最悪よ最悪」
思い出すだけで苛々すると、形の良い眉を吊り上げている。
その時である。
「お前も人の事言えんだろうが」
唯鈴の時の様に、扉が乱暴に開かれる。入口の先に立つ大男はその体躯故、梁に顔が隠れてしまっていた。
いつにも増して不機嫌そうな雲雀である。その野生の大型肉食獣を思わせる迫力に小さく悲鳴を漏らし、佐奈が宮子の背後に身を隠す。
「遅刻なんだけど?」
「はん、どうせてめえも遅れてきたんだろ。人にとやかく言うなら時刻通り動けっつーの」
どちらも他人のことを言える立場ではない。
「署長、涼風殿に向かってなんという口調を!」
「ああ? いいんだよ、こんなのに気を使わなくて」
大股で敷かれていた座布団まで向かい、腰を下ろし、既に冷めている茶を飲み干す。
「だいたいなんでお前が御剣まで来るんだ」
「仕方ないでしょうが。姫殿下が『剣祇祭』に行きたいって言っててるんだから。いくらお忍びでも護衛しないなんてのはあり得ないの」
同じ班だったというだけあって、距離が近く見える。お互いに遠慮の様なものは一切なく、思い思いの気持ちを口にしている。加え、二人が並ぶと絵になっていた。口ではああだったが、実は仲がいいのではと邪推を始めた頃である。
雰囲気ががらりと変わる。
「だったら他の魔導官署に頼めよ」
「六十六魔導官署が一番実績あるってことで言われたのよ。まあ、どうせあんたは何にもしてないんでしょうけど」
「ふん、この俺が動かなきゃならねえ仕事がないだけだっつーの。それに、何もしてねえのはお前だろうが。それとも、雑誌の表紙飾ってへらへら阿保面晒すのが親衛隊の仕事か?」
嘲笑する。
「魔導親衛隊という組織が、国民からの信頼と親しみを得るためには必要なことよ。そんなことも分からないのかしら、この鳥頭は」
嗤いながら、見下すような口調である。先ほどまでの親近感を抱かせるものはない。
「誰が鳥頭だ、この腐れ売女が、叩き砕かれてえのか」
「んだと、この糞野郎、押し潰してやろうか」
にらみ合う。一瞬であっても、二人の仲が良いのではと思った皆はその考えを改める。これは、親しいもの同士によるじゃれ合いではない。明らかにお互い殺意を向け合っている。一触即発だ。
空調が整っているとはいえ、じっとりと身体にまとわりつくような気怠い暑さは、暗澹たる冷気に塗りつぶされる。涼風唯鈴に先ほどまでの懇意ある佇まいはない。掛坂雲雀にしても同様である。傲慢は振る舞いこそすれど、ここまで憤懣を露わにしたことは無い。
「す、涼風隊長、任務! 任務の事を話しましょう?」
「しょ、署長、これ! この御魚美味しいですよ?」
慌てて実里と華也が何とかなだめる。
永遠とも言えるような沈黙の後、雲雀と唯鈴は顔を背ける。爆発は免れたようであり、全員がほっと息を漏らす。綴歌と仄は賞賛の意を込めて友の肩を軽くたたき、華也は微笑で答えた。
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