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一章
異世界でのリスタート
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「おばさ~~ん!! お兄さんが起きたよぉ!」
うっすらと目を開けると、椅子に座った小さな女の子が叫んでいた。
身長は小柄な方で、黒い髪を二つ縛りにしている。
彼女の瞳は、蒼く透き通っていた。
「お兄さん、どうして道端なんかで寝ていたの?」
質問の意味を理解する間も与えられぬまま、木製のドアがゆっくりと開いた。
「お、やっと起きたかい? あんた、丸3日も寝ていたんだよ」
四十路を超えたあたりの女性は、うっすらと笑みを浮かべ、優しく話しかけてきた。
その笑顔には、どこか懐かしく尊いものを感じる。
「体が大丈夫そうだったら下へ降りてきな、ちょうど朝ごはんができたとこだよ」
女性は女の子を連れて下へと向かっていった。
体を起こすと一瞬めまいがした。長い間寝ていたからだろう。
少し衰えた筋肉を使い、両足で立つ。
ふと体を見ると、質素ではあるが手編みで作られたと思われる服を着用していた。
周りには、さっきまで寝ていた木製のベッド、女の子が座っていた木製の椅子、そして木製の机が置いてある。
その上には水入りの桶が置いてあり、タオルらしきものが浮いていた。
上を見上げると、ライト……ではなく火を元にした灯がついている。
「本当に俺は異世界に転送されたのか」
ここが機械音の言っていたユファンダルという世界の帝国ルイーヌなのだろう。
というか、なぜ俺は記憶が残っているんだ。
答えは一瞬で察した。
「ほんと、あいつがおっちょこちょいでよかった」
安堵のため息を吐き、俺はドアへと向かって歩き出した。
足が床につく度に、ミシミシと音が立つ。だいぶ古い民家のようだ。
「いらっしゃい、体は大丈夫そうだね」
女性は台所からさっきと同じ笑顔で話しかけてきた。
「はい……いろいろご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」
こういう時の接し方は得意な部類だ。相手の表情を伺いつつ、地雷を踏まないようにすればいい。
女性はキョトンとした顔つきをしたが、すぐに元へと戻った。
「さぁシーナ、お兄さんにパンとスープを差し上げな」
シーナというのは先ほどの女の子のことだろう。
柱の裏に隠れているように見える幼女は、言われるや否や、待ってましたっと答えるかのように歩き出す。
「は~い。お兄さんっ、おばさんの手料理はとっても美味しいんだよ!」
シーナは、まるで自分のことのように両手を腰に当て、胸を張った。
「そうなんだね、あ、シーナちゃん。俺の面倒見てくれてありがとう」
ここ三日間は彼女に世話になりっぱなしだったのだろう。感謝ぐらいはさせてほしい。
「お、お礼なんていらないよ。ご、ごゆっくりしていってね!」
幼女は急に恥ずかしくなったのか、頰を赤らめて別の部屋へと行ってしまった。
「ごめんね、あの子ああ見えてシャイなのよ」
女性の喋り方から、苦笑いをしつつもシーナのことを大切に思っているのがよく伝わってくる。
「いえいえ、大丈夫です」
軽く頭を下げつつ、俺はお椀を手に取った。
「いただきます」
猫舌の俺には少々熱かったが、オニオンスープのような味でとても美味しい。
そしてなぜか、この味からもどこか懐かしさを感じてしまう。
「どう? 美味い?」
「はい……とても美味しいです」
その言葉を聞いた女性は満足そうな顔をして俺の方へと向かってくる。
台所から机までの約5mの距離を縮める女性は、どうも右足を庇うような歩き方をしている。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前は`カロナ=ツベルン`君は?」
おそらく一連の流れにひと段落がついたんだろう。
カロナという女性は向かい側の席に座りつつ、煙草? のようなものを吸い始めた。
こうなったら俺も名乗るべきだろう。というか3日も泊めてもらっておいて名前すら言わない方がおかしいと思った。
「俺は……`神谷夏樹`っていいます」
従来と変わらぬ言い方だったのだが、カロナは首を傾げている。
「カミヤ、ナツキ……? 聞き慣れない発音ね。それに名前というのは=で結ぶのが決まりじゃなかったかしら」
その話を聞いた俺は思い当たる節があった。俺がこの世界に転送される際、あの天然野郎は俺に別名があるかのように言っていた。
確か……。
「……`ファシス=アリュシーヌ`」
「そうそう! そんな感じっ。なんだ~、ちゃんとした名前があるじゃない」
カロナはなにが面白いのかわからないが、右手で机をバンバンと叩いている。
オニオンスープがリズムに合わせて踊っていた。
しかしなぜ、こうも簡単に機械音の言っていた別称とやらを思い出せたのだろう。
俺が耳にしたのは確かにあの一回だけ……。
「カミヤ……なんだっけ。まぁとにかく、その呼び名がなんなのかは知らないけど、これからはファシスって初めから名乗りなさいよ?」
茶色くツヤのある長い髪の毛を持つ女性はその髪をとかしながら促してきた。
時折見える横顔から、若き頃は美人だったのがうかがえる。も、もちろん今も美しいのだが……。
「わかりました。そう……してみます」
ぎこちない返事をすると同時に、カロナは腕を組み不思議な表情をした。
「それにしても、その`ファシス`って名前。なんだか懐かしさを感じるな」
その台詞を聞いてピンときた。
さっき初めてカロナと会ったとき、俺もノスタルジーを感じたのだ。
それがどこからくる感情なのかは全くわからないが、事実互いに同じことを思ったらしい。
「あ、気にしないで。私の独り言みたいなもんだから」
しばしの沈黙が訪れる。
なんとか繋ごうと模索しているとき、俺はあることを思い出した。
「……あの、さっき歩いてくるとき、片足を庇うようにしてた気がするんですけど、なにかあったんですか?」
話し終わるとすぐカロナの表情が暗くなった。
触れてはいけないところを触れてしまった気がして、俺はすかさず誤魔化そうとする。
「あ、いや、すみません。つ、机のカバーが外れてるなぁ~、なんて」
どんだけ下手くそな誤魔化し方なんだ。
自分のコミュニケーション能力の低さにヘドが出る。
しかし、なぜだかわからないが、カロナはゆっくりと口を開いた。
「……昔ね、私は国軍に所属する兵士だったのよ。しかもルイーヌ最強の兵士`剣聖`が率いる部隊の副隊長。剣聖の右腕なんて言われちゃってさぁ。もちろん本人には全く歯が立たないけどね」
淡々と話を進めていくが、話していることは相当なことだ。
日本にも自衛隊はあるし、高校生でも軍団トップの右腕がどれほど凄いかなんてすぐにわかる。どうりで仕草や喋り方が男っぽいわけだ。
話のスケールに若干拍子抜けしつつも、相づちは忘れずに打つ。
「んで、いつかの戦争の時に右足を痛めて戦線離脱。そして今に至るってわけ。詳しいことは忘れちゃったけどね」
「そ、そうでしたか。それにしてもカロナさんがそんなに凄い方だったなんて驚きです」
「過去の話よ。今じゃこの通り、単なるおばさんだわ」
てっきり転んだとかそうゆうのを勝手に想像していたので、ギャップ差が大きい。
そして、俺の頭に一つ引っかかることが浮かんできた。
「それで、その剣聖というのはどういう方なんですか?」
`剣聖`俺はこの言葉をどこかで絶対に耳にしたことがある。
それがいつでどこだったのかは全くわからないが確固たる自信があった。
「ごめんね、全くわかんないの。なにせ、大罪を犯した死刑囚だから」
……わからない? 犯罪者? どういう意味だ。
右腕とまで言われていたのに、本人のことは何も知らないなんてことがあるんだろうか。
「……どうして、知らないんですか?」
カロナはこの言葉を聞いてギョッとした。
「ファシス、あんた死刑囚に関する記憶は全関係者から全て消されるって知らないの?」
驚いたように大きい声を出しているカロナは、机から身を乗り出すほど驚嘆していた。
「な、なんですかそれ。記憶から消される?」
「ええ、そうよ。何も知らないなら教えてあげる。ユファンダルでは全世界共通で、死刑囚にまつわる記憶は全て人間から消されるの。だから確かに剣聖は存在していたけれど、その人物の名前すら私たちにはわからないのよ」
「そんな、魔法みたいなこと、できるわけ……」
そんなことを口にしつつも、事実、天然野郎に俺は記憶を消されそうになったのだが。というか異世界に転送された時点でもはや……。
「魔法? なんだいそれは」
カロナは興味を持ったみたいなので、簡単に説明をする。
「なんか、本来起こり得ない現象を引き起こすことです。例えば、何もないところに炎を生み出す、とか……」
俺にしてはわかりやすかったと思う。ファンタジー系の話は好きだったから知識もそれなりに兼ね備えている。
「ああ、ソーサリーのことね。……ん、あんた、ソーサリーも知らないの?」
呆れたような口ぶりで話す彼女は、右手を上げて手のひらを上にした。
ニヤッと笑うや否や、カロナは口を開く。
「アウフレイム・フィスタ!」
彼女は俺には理解できない言葉を急に発した。
突如、彼女の手のひらは光に包まれる。周りには読めない文字の羅列が二
つ、クロスするように浮いており、そしてそれらは同時に弾けた。
ここまで数秒、手のひらに現れたのは、小さくも熱く、轟々と輝いている褐色の炎だった。
「う、うそ……だろ」
彼女はクスッと笑った。俺の反応が期待していたものだったのだろう。
「まさか、ソーサリーごときで驚く人間がいるなんてね」
彼女は満足そうにして、右手のひらで拳を作ると、さっきまでメラメラと動いていた炎は跡形もなく消えてしまった。
「ソーサリー……。初めて見た。本当に魔法が実在するなんて……」
あまりの驚きで口が塞がらなくなってしまった。
これじゃ本当に異世界ファンタジーじゃないか。
「……あんた、もしかして記憶がないの?」
カロナの反応は当然といえば当然だろう。
今まで俺が驚いたことは、この世界では常識なのだから。
俺は、今に至るまでの経緯を事細かく説明した。
「……なるほど、ファシスは元いた世界から転送されてここへきたと……」
信じてもらえるはずがない。そう思った矢先……。
「あんたの目はマジだよ。そんな男にこんな下らない嘘がつけるわけがない。よくわかんないのは今もだけどね」
正直ありえないと思った。俺がもしカロナの立場なら笑って済ましていただろう。
「信じて……くれるんですか?」
「当たり前よ。とりあえず、この世界に慣れるまではうちに住みな」
「いいんですか? ご迷惑しかかけていないのに」
「いいってことよ。私もあんたといるとなんかホッとするからさ」
なんて良い人なんだろう。俺は本気でそう思った。
確かに、俺は基本、人といるのが好きじゃないのだが、カロナは別だ。
そう、カロナはあの2人と同じ雰囲気なんだ。
「ありがとう……ございます」
カロナは指で丸を作ると、ニコッと笑った。
「んじゃ、話も長くなったし、ユファンダルに慣れるためにもとりあえず外を歩いてきたらどうだ?」
外……。確かに俺はまだこの家から一歩も出ていない。
なにも知らない俺からすれば、ただ歩くだけでも得られることはたくさんあるだろう。
「そうですね。ちょっと出てこようと思います」
俺がそう言うと、なぜか彼女は不満そうな顔をした。
なにか悪いことでもしたんだろうか。
「その話し方、やめな。別に年は上だけど、私はそーゆー話し方をされると距離があるみたいで嫌なんだ」
なんだ、そういうことか、と心でつぶやく。
「それに、あんた無理してその話し方してるだろ。私にはバレバレだよ」
カロナはニヤッと笑ってこっち見た。まるで、なんでもお見通しよ、と言うかのように。
「わ、わかったよ。すげーな、カロナさんが言ってること、ほとんどあってるよ」
俺もこの喋り方でいいなら気が楽だ。
「よし、それでいい! それじゃシーナと夕飯作って待ってるから、テキトーに見てきな」
「うん、わかった」
俺はカロナにちょっとお金を貰い、玄関へと向かう。
この世界の通貨は`シル`と呼ばれるらしい。仕様は基本的に日本と変わらないようだ。
ドアノブに手をかけると、後ろから声がした。
「見たくないものも見えるかもしれない。でもそーゆーのもこの世界の一部さ」
振り返ると、少し悲しそうなカロナの姿があった。
言葉の意味はよくわからなかったが、とりあえず笑っておこう。
「それじゃ、いってくるよ」
こうして俺は、未知なる世界へと足を踏み入れた。
うっすらと目を開けると、椅子に座った小さな女の子が叫んでいた。
身長は小柄な方で、黒い髪を二つ縛りにしている。
彼女の瞳は、蒼く透き通っていた。
「お兄さん、どうして道端なんかで寝ていたの?」
質問の意味を理解する間も与えられぬまま、木製のドアがゆっくりと開いた。
「お、やっと起きたかい? あんた、丸3日も寝ていたんだよ」
四十路を超えたあたりの女性は、うっすらと笑みを浮かべ、優しく話しかけてきた。
その笑顔には、どこか懐かしく尊いものを感じる。
「体が大丈夫そうだったら下へ降りてきな、ちょうど朝ごはんができたとこだよ」
女性は女の子を連れて下へと向かっていった。
体を起こすと一瞬めまいがした。長い間寝ていたからだろう。
少し衰えた筋肉を使い、両足で立つ。
ふと体を見ると、質素ではあるが手編みで作られたと思われる服を着用していた。
周りには、さっきまで寝ていた木製のベッド、女の子が座っていた木製の椅子、そして木製の机が置いてある。
その上には水入りの桶が置いてあり、タオルらしきものが浮いていた。
上を見上げると、ライト……ではなく火を元にした灯がついている。
「本当に俺は異世界に転送されたのか」
ここが機械音の言っていたユファンダルという世界の帝国ルイーヌなのだろう。
というか、なぜ俺は記憶が残っているんだ。
答えは一瞬で察した。
「ほんと、あいつがおっちょこちょいでよかった」
安堵のため息を吐き、俺はドアへと向かって歩き出した。
足が床につく度に、ミシミシと音が立つ。だいぶ古い民家のようだ。
「いらっしゃい、体は大丈夫そうだね」
女性は台所からさっきと同じ笑顔で話しかけてきた。
「はい……いろいろご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」
こういう時の接し方は得意な部類だ。相手の表情を伺いつつ、地雷を踏まないようにすればいい。
女性はキョトンとした顔つきをしたが、すぐに元へと戻った。
「さぁシーナ、お兄さんにパンとスープを差し上げな」
シーナというのは先ほどの女の子のことだろう。
柱の裏に隠れているように見える幼女は、言われるや否や、待ってましたっと答えるかのように歩き出す。
「は~い。お兄さんっ、おばさんの手料理はとっても美味しいんだよ!」
シーナは、まるで自分のことのように両手を腰に当て、胸を張った。
「そうなんだね、あ、シーナちゃん。俺の面倒見てくれてありがとう」
ここ三日間は彼女に世話になりっぱなしだったのだろう。感謝ぐらいはさせてほしい。
「お、お礼なんていらないよ。ご、ごゆっくりしていってね!」
幼女は急に恥ずかしくなったのか、頰を赤らめて別の部屋へと行ってしまった。
「ごめんね、あの子ああ見えてシャイなのよ」
女性の喋り方から、苦笑いをしつつもシーナのことを大切に思っているのがよく伝わってくる。
「いえいえ、大丈夫です」
軽く頭を下げつつ、俺はお椀を手に取った。
「いただきます」
猫舌の俺には少々熱かったが、オニオンスープのような味でとても美味しい。
そしてなぜか、この味からもどこか懐かしさを感じてしまう。
「どう? 美味い?」
「はい……とても美味しいです」
その言葉を聞いた女性は満足そうな顔をして俺の方へと向かってくる。
台所から机までの約5mの距離を縮める女性は、どうも右足を庇うような歩き方をしている。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前は`カロナ=ツベルン`君は?」
おそらく一連の流れにひと段落がついたんだろう。
カロナという女性は向かい側の席に座りつつ、煙草? のようなものを吸い始めた。
こうなったら俺も名乗るべきだろう。というか3日も泊めてもらっておいて名前すら言わない方がおかしいと思った。
「俺は……`神谷夏樹`っていいます」
従来と変わらぬ言い方だったのだが、カロナは首を傾げている。
「カミヤ、ナツキ……? 聞き慣れない発音ね。それに名前というのは=で結ぶのが決まりじゃなかったかしら」
その話を聞いた俺は思い当たる節があった。俺がこの世界に転送される際、あの天然野郎は俺に別名があるかのように言っていた。
確か……。
「……`ファシス=アリュシーヌ`」
「そうそう! そんな感じっ。なんだ~、ちゃんとした名前があるじゃない」
カロナはなにが面白いのかわからないが、右手で机をバンバンと叩いている。
オニオンスープがリズムに合わせて踊っていた。
しかしなぜ、こうも簡単に機械音の言っていた別称とやらを思い出せたのだろう。
俺が耳にしたのは確かにあの一回だけ……。
「カミヤ……なんだっけ。まぁとにかく、その呼び名がなんなのかは知らないけど、これからはファシスって初めから名乗りなさいよ?」
茶色くツヤのある長い髪の毛を持つ女性はその髪をとかしながら促してきた。
時折見える横顔から、若き頃は美人だったのがうかがえる。も、もちろん今も美しいのだが……。
「わかりました。そう……してみます」
ぎこちない返事をすると同時に、カロナは腕を組み不思議な表情をした。
「それにしても、その`ファシス`って名前。なんだか懐かしさを感じるな」
その台詞を聞いてピンときた。
さっき初めてカロナと会ったとき、俺もノスタルジーを感じたのだ。
それがどこからくる感情なのかは全くわからないが、事実互いに同じことを思ったらしい。
「あ、気にしないで。私の独り言みたいなもんだから」
しばしの沈黙が訪れる。
なんとか繋ごうと模索しているとき、俺はあることを思い出した。
「……あの、さっき歩いてくるとき、片足を庇うようにしてた気がするんですけど、なにかあったんですか?」
話し終わるとすぐカロナの表情が暗くなった。
触れてはいけないところを触れてしまった気がして、俺はすかさず誤魔化そうとする。
「あ、いや、すみません。つ、机のカバーが外れてるなぁ~、なんて」
どんだけ下手くそな誤魔化し方なんだ。
自分のコミュニケーション能力の低さにヘドが出る。
しかし、なぜだかわからないが、カロナはゆっくりと口を開いた。
「……昔ね、私は国軍に所属する兵士だったのよ。しかもルイーヌ最強の兵士`剣聖`が率いる部隊の副隊長。剣聖の右腕なんて言われちゃってさぁ。もちろん本人には全く歯が立たないけどね」
淡々と話を進めていくが、話していることは相当なことだ。
日本にも自衛隊はあるし、高校生でも軍団トップの右腕がどれほど凄いかなんてすぐにわかる。どうりで仕草や喋り方が男っぽいわけだ。
話のスケールに若干拍子抜けしつつも、相づちは忘れずに打つ。
「んで、いつかの戦争の時に右足を痛めて戦線離脱。そして今に至るってわけ。詳しいことは忘れちゃったけどね」
「そ、そうでしたか。それにしてもカロナさんがそんなに凄い方だったなんて驚きです」
「過去の話よ。今じゃこの通り、単なるおばさんだわ」
てっきり転んだとかそうゆうのを勝手に想像していたので、ギャップ差が大きい。
そして、俺の頭に一つ引っかかることが浮かんできた。
「それで、その剣聖というのはどういう方なんですか?」
`剣聖`俺はこの言葉をどこかで絶対に耳にしたことがある。
それがいつでどこだったのかは全くわからないが確固たる自信があった。
「ごめんね、全くわかんないの。なにせ、大罪を犯した死刑囚だから」
……わからない? 犯罪者? どういう意味だ。
右腕とまで言われていたのに、本人のことは何も知らないなんてことがあるんだろうか。
「……どうして、知らないんですか?」
カロナはこの言葉を聞いてギョッとした。
「ファシス、あんた死刑囚に関する記憶は全関係者から全て消されるって知らないの?」
驚いたように大きい声を出しているカロナは、机から身を乗り出すほど驚嘆していた。
「な、なんですかそれ。記憶から消される?」
「ええ、そうよ。何も知らないなら教えてあげる。ユファンダルでは全世界共通で、死刑囚にまつわる記憶は全て人間から消されるの。だから確かに剣聖は存在していたけれど、その人物の名前すら私たちにはわからないのよ」
「そんな、魔法みたいなこと、できるわけ……」
そんなことを口にしつつも、事実、天然野郎に俺は記憶を消されそうになったのだが。というか異世界に転送された時点でもはや……。
「魔法? なんだいそれは」
カロナは興味を持ったみたいなので、簡単に説明をする。
「なんか、本来起こり得ない現象を引き起こすことです。例えば、何もないところに炎を生み出す、とか……」
俺にしてはわかりやすかったと思う。ファンタジー系の話は好きだったから知識もそれなりに兼ね備えている。
「ああ、ソーサリーのことね。……ん、あんた、ソーサリーも知らないの?」
呆れたような口ぶりで話す彼女は、右手を上げて手のひらを上にした。
ニヤッと笑うや否や、カロナは口を開く。
「アウフレイム・フィスタ!」
彼女は俺には理解できない言葉を急に発した。
突如、彼女の手のひらは光に包まれる。周りには読めない文字の羅列が二
つ、クロスするように浮いており、そしてそれらは同時に弾けた。
ここまで数秒、手のひらに現れたのは、小さくも熱く、轟々と輝いている褐色の炎だった。
「う、うそ……だろ」
彼女はクスッと笑った。俺の反応が期待していたものだったのだろう。
「まさか、ソーサリーごときで驚く人間がいるなんてね」
彼女は満足そうにして、右手のひらで拳を作ると、さっきまでメラメラと動いていた炎は跡形もなく消えてしまった。
「ソーサリー……。初めて見た。本当に魔法が実在するなんて……」
あまりの驚きで口が塞がらなくなってしまった。
これじゃ本当に異世界ファンタジーじゃないか。
「……あんた、もしかして記憶がないの?」
カロナの反応は当然といえば当然だろう。
今まで俺が驚いたことは、この世界では常識なのだから。
俺は、今に至るまでの経緯を事細かく説明した。
「……なるほど、ファシスは元いた世界から転送されてここへきたと……」
信じてもらえるはずがない。そう思った矢先……。
「あんたの目はマジだよ。そんな男にこんな下らない嘘がつけるわけがない。よくわかんないのは今もだけどね」
正直ありえないと思った。俺がもしカロナの立場なら笑って済ましていただろう。
「信じて……くれるんですか?」
「当たり前よ。とりあえず、この世界に慣れるまではうちに住みな」
「いいんですか? ご迷惑しかかけていないのに」
「いいってことよ。私もあんたといるとなんかホッとするからさ」
なんて良い人なんだろう。俺は本気でそう思った。
確かに、俺は基本、人といるのが好きじゃないのだが、カロナは別だ。
そう、カロナはあの2人と同じ雰囲気なんだ。
「ありがとう……ございます」
カロナは指で丸を作ると、ニコッと笑った。
「んじゃ、話も長くなったし、ユファンダルに慣れるためにもとりあえず外を歩いてきたらどうだ?」
外……。確かに俺はまだこの家から一歩も出ていない。
なにも知らない俺からすれば、ただ歩くだけでも得られることはたくさんあるだろう。
「そうですね。ちょっと出てこようと思います」
俺がそう言うと、なぜか彼女は不満そうな顔をした。
なにか悪いことでもしたんだろうか。
「その話し方、やめな。別に年は上だけど、私はそーゆー話し方をされると距離があるみたいで嫌なんだ」
なんだ、そういうことか、と心でつぶやく。
「それに、あんた無理してその話し方してるだろ。私にはバレバレだよ」
カロナはニヤッと笑ってこっち見た。まるで、なんでもお見通しよ、と言うかのように。
「わ、わかったよ。すげーな、カロナさんが言ってること、ほとんどあってるよ」
俺もこの喋り方でいいなら気が楽だ。
「よし、それでいい! それじゃシーナと夕飯作って待ってるから、テキトーに見てきな」
「うん、わかった」
俺はカロナにちょっとお金を貰い、玄関へと向かう。
この世界の通貨は`シル`と呼ばれるらしい。仕様は基本的に日本と変わらないようだ。
ドアノブに手をかけると、後ろから声がした。
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「それじゃ、いってくるよ」
こうして俺は、未知なる世界へと足を踏み入れた。
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彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
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ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
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