カタワレノキミト、

のあのあ

文字の大きさ
4 / 5
第1章

第3話 ワダカマリ

しおりを挟む
透明の扉が、人が通ると自動で開いたり閉まったりしている。
この市立病院は、県内一の大きさを誇っているらしい。
あらゆる設備が整っており、あらゆる人々が今日も出入りを繰り返している。

俺は、医者の隣にいた30代前半くらいの女性看護師に連れられると、凪沙の眠っている病室を後にし、ロータリーの隅っこに座っていた。
道中、彼女から凪沙の容態について詳しく聞かされたが、頭に入っているかは正直わからない。
病院を照らす太陽は、既に一度登りきり、傾き始めていた。
時計の短針は、一と二の間に止まっている。
事故が起きてから、意識しないうちに六時間という時が経過していた。
今ごろ、学校では大騒ぎになっているだろう。

俺は、自分への憎しみと他人への無責任な怒りの区別がつかなくなってしまった。
何に縋ればいいのかも、わからなくなってしまった。
枯れきった瞳が、絶望しか写してくれなかった。

ここに来てから、何時間経ったのかわからない。
俺は、外が暗くなってからも、ロータリーの隅で蹲っていた。
もうロータリーに患者は数人しかいない。
一人一人の歩みが、壁にぶつかり反響していた。
その中の一つが、大きな音をたて、急速にこちらへと向かってきている。
期待の音、不安の音。
荒い息遣いと覚えのある影につられ、俺は久しぶりに顔を上げた。

「琳、要は……」

「……須藤」

「お前、なんて顔してんだ」

須藤日向は、俺の顔を見て驚きを隠せていなかった。
まるで、幽霊でも見たかのような、そんな顔つきだった。

「……そんなにやばいか」

「やばいなんてもんじゃないぞ」

須藤は思いついたようにスマホを取り出すと、内カメを起動して俺に向ける。
画面に映っているのは、腫れた目にコケた頰の、正気を失った俺の顔面だった。

「……俺はもっとかっけぇ」

「無駄口叩けんなら平気だな」

俺は、俺を鼻で笑った。

「……学校は」

「とっくに終わってるよ。今何時だと思ってんだ」

短針はちょうど7を指している。
また、あれから6時間も経過していた。

「んで、要は」

須藤の声色は、初めよりもだいぶ明るくなっている。
あれほど血相を変えていた顔も、元の優しさを取り戻していた。

「……命に別状はないってさ」

俺は嘘をついた。
明確に言えば、嘘ではないのかもしれない。
それでも俺は、自分の口から言い出せなかった。

「なんだよ……焦ったぁぁあ。連絡来た時はそれなりに覚悟もしたぞ」

「……ああ」

「部屋は?」

「三〇一」

「琳は行かねーの?」

「……俺は、まだ行かないかな」

俺は、まだ行けなかった。

「わかった。んじゃもうちょい待ってて。一緒に帰ろ~ぜ」

「……おう」

俺は、横目で彼の行動を見続けた。
須藤は受付でチェックを済ますと、安堵の表情を浮かべたまま、エレベーターへと向かっていく。
一言目は何にしようか、などと考えているのだろうか。
彼が、四角い箱に近づくにつれて、俺の心は不安の色で染まっていった。

それからしばらくして、再びエレベーターの扉が開くと、重くはっきりとした足取りが、ロータリーの床に躊躇なく触れた。

俺は、その音が怖かった。

彼は真実を知った。
俺が嘘をついたことも知った。
誰かが味方でいてくれないと、俺はこれ以上、持ちそうになかった。

俺のすぐ側で、音はピタリと止んだ。

「……琳」

力強かった。

「ごめん……」

彼は下を向いていた。

「……なんで」

「察せなくてごめん」

彼の声は、震えていた。
落ち着いていながらも、感情が言葉に乗り移っていた。

「よくよく考えればわかることなのに」

……ああ。

「お前の強がりも、流石に顔には出せていなかったのに」

……そうだ。

「能天気に接しちゃって」

こいつは、こーゆーやつだ。

「ごめん」

他人のことばかり尊重する、クソお人好し野郎だった。
こいつには、全く嘘が通用しない。
取り繕わないで、本音をぶつけても、受け止めてくれるやつだった。

「……もう、起きないんだってよ」

明確な確信と意思を持って、俺はぎこちなく口を開いた。

「聞いただろ? 一種の植物状態だってさ」

「……ああ」

「今朝、一緒に登校してたんだ、俺」

自分が死ぬわけではないのに、走馬灯のように朝の情景が浮かび上がってくる。

「遅刻ギリギリだったから、要が走り出して……俺、止められたはずなのにさ、呑気に笑ってただけでさ」

「……」

「車も見えて真っ先に気づいて走ったのに、寸前で怖くなって立ち止まって……」

「……」

「……ほんっと、馬鹿だよなぁ。浮かれなきゃ、今だっていつもの生活を送ってたはずなのに……」

「……」

「しかも、俺は悪くないって一度心の中で逃げたんだぜ、側にいたのに。まじ屑だよな……」

「……」

「……なぁ……須藤」

言わなきゃいけない気がした。
ここで言わなければ、要らないものまで、永遠と背負い続ける気がした。

「……ごめん……」

「……」

「俺さぁ……悪くないよなぁ……!」

俺の中で、何かが弾けた。

「ああ……」

須藤は何か言おうとしたのか、口を小さく開くも、即座に閉じてしまった。

「本気で悲しいし心配なのにさ、頭からそれがずっと離れないんだよ」

もう、正しく呂律が回っているか、自分でもわからなかった。

「……わけわかんねぇ……」

もどかしい。
実際はわかっているはずだった。
その場にいて、最も要の近くにいて、彼女を止めることもできて、いっそのこと身代わりになることも可能だった俺のせいではないのだと。
二日酔いでアルコールが抜けないまま、パチンコを打ちにいこうと運転していたクソ野郎のせいなのだと。
それなのに、蟠りが一向に離れようとしなかった。
この十二時間、たった十二時間でも、その存在は俺にとって大き過ぎた。
考えるべきことは、そっちじゃないのに。
本当に、もどかしかった。

「……ごめん、先に帰っててくれないか……」

「……わかった」

彼の言葉は、吐息のようだった。

彼は、エントランス付近で立ち止まると、こちらを振り向いた。

「お前、ちゃんと帰れよ」

いつもは軽い調子の須藤だが、今の言葉にはずっしりとした重みを感じた。

「わかってる」

俺も、確かな返事をした。


俺は須藤が帰ってから、三十分ほどして病院を後にした。
流石に時間も時間だった故に、年配の女性看護師に声をかけられてしまった。
俺は、顔を覗かれると、哀れんだように『もう少し居ていいわよ』と彼女に言われたが、何故だか断った。

久しぶりに外に出てみると、空一面が黒く染まりきっていた。
所々で、小さな粒が輝きを放っている。
 
「パパー、お星様が綺麗~!」
 
「本当だな~」
 
向かいのコンビニエンスストアの駐車場で、手を繋いだ親子が、上を向いて話している。

何が綺麗なのか、俺には全くわからなかった。

病院からたった数キロの家が、恐ろしいほど遠く感じる。

帰路に着く途中、俺は、悲しみに暮れていた。

やっと、素直に自分の罪を認められるようになったのかもしれない。
やっと、素直に運転手の罪を認められるようになったのかもしれない。

収まらない感情が、それを証明してくれていた。

いや、そうなのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...