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「エリー!!」
母やケイトには内緒で、こっそり街へ買い物に出掛けた時に、そう呼ばれて手を掴まれた。
「嫌!離して!」
「っ!すまない!」
私の手を掴んでいたのは、母と同じ位の年齢の男性だった。
「申し訳無い!その…私の知っている女性に似ていたから、彼女かと思って………」
そう言って、その男性は私が気の毒に思ってしまうほど頭を何度も下げて謝って来た。
「もう良いですから」
と、笑いながら言うと、その男性はハッとしたように私の顔を見た後、少しだけ泣きそうな顔をした。
「…ところで、今は1人で買い物をしているの?」
「はい。りんごを買いに…」
「りんご……それじゃあ、お詫びにこれをどうぞ」
と、その男性が持っていた袋から取り出したのは二つのりんごだった。
「さっきりんごを買ったら、おまけに二つ貰ってね。1人暮らしの私には多過ぎるから、良かったら貰ってくれないかな?」
「ありがとう…ございます……」
「いや、こちらこそありがとう」
その男性は優しくて微笑んでくれて、その場で少し話をした後
「あ、私の名前はアラン。すぐそこの孤児院で手伝いをしているから、何かあったら訪ねて来て下さい」
そう言って、アランさんは孤児院のある方へと歩いて行った。
「そのアランさんが、母のかつての婚約者だったと言う事を知ったのは、母が亡くなった後、アランさんが母の葬儀に来てくれた時でした」
葬儀に来てくれていたのは見たけど、声は掛けられなかった。私には、アランさんから母を奪って自分のモノにして見殺しにした父の血が流れていたから。そんな私に、声を掛けられても、アランさんに不快な思いをさせるだけだろうから。
「それで、この国に辿り着いた時、家名を捨てて、名前も……母のエリナと共に在りたくて…“エリー”と名乗る事にしたんです」
「そのエリナさんが、よく作ってくれていたのが、アップルパイだった?」
「はい」
『本当にいい迷惑よね!のこのこやって来て、アップルパイを作るとか言ってさぁ!人間なんかにあげるりんごなんてないわよ!』
私は母が作るアップルパイが大好きで、母もそれを知っているから、よく作ってくれていたのに…。
料理人達が母にりんごをくれる事はなかったのだ。なら、どうやってアップルパイを作っていたのか?
『奥様、こんな事ぐらいしかできなくて…すみません』
『謝らないで下さい!貴方がこうしてくれるから、アップルパイを作る事ができるんです。ポレットが、喜んでくれるんですよ』
週に一度やって来る行商の人が、こっそり母にりんごを手渡してくれていたのだ。そんな事とは全く知らず、私は『また作ってね』とお願いしていたのだ。そんな私に苦労なんて全く見せずに、母は『いつでも作ってあげるわ』と微笑んでいた。
「エリーの母上は、とても素晴らしい人だったんだな」
「はい。とても優しくて…大好きでした」
「そんな優しい母上が、エリーが幸せになる事に怒ったりするだろうか?」
「え?」
「いや、寧ろ、エリーが幸せにならなければ、悲しむのではないか?」
「…………」
「エリーが幸せになった方が、母上は安心するのではないか?」
「………」
ー確かに…そうだー
『ポレットが笑うと、私も嬉しいわ』
『ポレットのくれるマーガレットが、私の一番のお気に入りよ』
『ポレット、愛しているわ』
ーどうして、私は母からの純粋な愛情を忘れていたんだろう?ー
「はい…母は……私の笑顔が……好きだと…嬉しいと…」
「うん…」
「私を愛してるって……」
「うん……」
涙が流れたのは……いつぶりだろうか?それも、人前で。
「すみません……」
「謝らなくて良いよ。俺以外の目はないから、我慢せずに思う存分泣くと良いよ。何なら、抱きしめてあげようか?」
「……それは……遠慮しておきます……ふふっ……」
「それは…残念………でも、いつでも受け入れる準備は調っているから」
「………ふふっ………ありがとう…ございます…」
そのラサエル様の優しさが温かいやら切ないやら。それでもついつい甘えてしまったのか、私は暫くの間、涙を止める事ができなかった。
「本当に、すみません!」
「大丈夫。気にしなくて良いから。何なら役得だからね」
どれだけ泣いたのか。泣くだけ泣いたらスッキリしたせいか、涙も止まって、止まったら止まったで恥ずかしさが込み上げてきた。
「役得って……」
「だって、不謹慎な考えかもしれないけど、好きな子が俺に気を許してくれたみたいで…エリーの色んな顔を見れて嬉しいと言うか……」
「私の………」
「ん?」
「こんな重い話を聞いても、何も…思わないんですか?」
大好きな母を助けられず、他人の不幸を望み他国に逃げて来たと知ってもまだ、“好きな子”と言われるとは思っていなかった。
「そんな大変な話をしてくれたのか─と。俺に心を開いてくれたのか?と、逆に嬉しいと思っているぐらいだな」
「………」
本当に、ラサエル様は私の欲しい言葉ばかりを言ってくれるのだから……困ってしまう。
母やケイトには内緒で、こっそり街へ買い物に出掛けた時に、そう呼ばれて手を掴まれた。
「嫌!離して!」
「っ!すまない!」
私の手を掴んでいたのは、母と同じ位の年齢の男性だった。
「申し訳無い!その…私の知っている女性に似ていたから、彼女かと思って………」
そう言って、その男性は私が気の毒に思ってしまうほど頭を何度も下げて謝って来た。
「もう良いですから」
と、笑いながら言うと、その男性はハッとしたように私の顔を見た後、少しだけ泣きそうな顔をした。
「…ところで、今は1人で買い物をしているの?」
「はい。りんごを買いに…」
「りんご……それじゃあ、お詫びにこれをどうぞ」
と、その男性が持っていた袋から取り出したのは二つのりんごだった。
「さっきりんごを買ったら、おまけに二つ貰ってね。1人暮らしの私には多過ぎるから、良かったら貰ってくれないかな?」
「ありがとう…ございます……」
「いや、こちらこそありがとう」
その男性は優しくて微笑んでくれて、その場で少し話をした後
「あ、私の名前はアラン。すぐそこの孤児院で手伝いをしているから、何かあったら訪ねて来て下さい」
そう言って、アランさんは孤児院のある方へと歩いて行った。
「そのアランさんが、母のかつての婚約者だったと言う事を知ったのは、母が亡くなった後、アランさんが母の葬儀に来てくれた時でした」
葬儀に来てくれていたのは見たけど、声は掛けられなかった。私には、アランさんから母を奪って自分のモノにして見殺しにした父の血が流れていたから。そんな私に、声を掛けられても、アランさんに不快な思いをさせるだけだろうから。
「それで、この国に辿り着いた時、家名を捨てて、名前も……母のエリナと共に在りたくて…“エリー”と名乗る事にしたんです」
「そのエリナさんが、よく作ってくれていたのが、アップルパイだった?」
「はい」
『本当にいい迷惑よね!のこのこやって来て、アップルパイを作るとか言ってさぁ!人間なんかにあげるりんごなんてないわよ!』
私は母が作るアップルパイが大好きで、母もそれを知っているから、よく作ってくれていたのに…。
料理人達が母にりんごをくれる事はなかったのだ。なら、どうやってアップルパイを作っていたのか?
『奥様、こんな事ぐらいしかできなくて…すみません』
『謝らないで下さい!貴方がこうしてくれるから、アップルパイを作る事ができるんです。ポレットが、喜んでくれるんですよ』
週に一度やって来る行商の人が、こっそり母にりんごを手渡してくれていたのだ。そんな事とは全く知らず、私は『また作ってね』とお願いしていたのだ。そんな私に苦労なんて全く見せずに、母は『いつでも作ってあげるわ』と微笑んでいた。
「エリーの母上は、とても素晴らしい人だったんだな」
「はい。とても優しくて…大好きでした」
「そんな優しい母上が、エリーが幸せになる事に怒ったりするだろうか?」
「え?」
「いや、寧ろ、エリーが幸せにならなければ、悲しむのではないか?」
「…………」
「エリーが幸せになった方が、母上は安心するのではないか?」
「………」
ー確かに…そうだー
『ポレットが笑うと、私も嬉しいわ』
『ポレットのくれるマーガレットが、私の一番のお気に入りよ』
『ポレット、愛しているわ』
ーどうして、私は母からの純粋な愛情を忘れていたんだろう?ー
「はい…母は……私の笑顔が……好きだと…嬉しいと…」
「うん…」
「私を愛してるって……」
「うん……」
涙が流れたのは……いつぶりだろうか?それも、人前で。
「すみません……」
「謝らなくて良いよ。俺以外の目はないから、我慢せずに思う存分泣くと良いよ。何なら、抱きしめてあげようか?」
「……それは……遠慮しておきます……ふふっ……」
「それは…残念………でも、いつでも受け入れる準備は調っているから」
「………ふふっ………ありがとう…ございます…」
そのラサエル様の優しさが温かいやら切ないやら。それでもついつい甘えてしまったのか、私は暫くの間、涙を止める事ができなかった。
「本当に、すみません!」
「大丈夫。気にしなくて良いから。何なら役得だからね」
どれだけ泣いたのか。泣くだけ泣いたらスッキリしたせいか、涙も止まって、止まったら止まったで恥ずかしさが込み上げてきた。
「役得って……」
「だって、不謹慎な考えかもしれないけど、好きな子が俺に気を許してくれたみたいで…エリーの色んな顔を見れて嬉しいと言うか……」
「私の………」
「ん?」
「こんな重い話を聞いても、何も…思わないんですか?」
大好きな母を助けられず、他人の不幸を望み他国に逃げて来たと知ってもまだ、“好きな子”と言われるとは思っていなかった。
「そんな大変な話をしてくれたのか─と。俺に心を開いてくれたのか?と、逆に嬉しいと思っているぐらいだな」
「………」
本当に、ラサエル様は私の欲しい言葉ばかりを言ってくれるのだから……困ってしまう。
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