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2 王都へ
災厄に荒らされた私の村は、やがて平穏を取り戻した。
私を含めた村民達は暫く街の避難所に移動して日を明かしていたが、災厄の反応が消えた事の確認が取れたのだという。
国の軍が素早い対応をしてくれたお陰で、私の家族以外は死者が出ていないらしい。
だが、失ったものは大きかった。
私の生まれた村はその殆どの面積を自然が占める場所で、村で仕事をしている者は自分の土地で農業を行うか、山で植物や木材を収穫して街に提供する人が殆どだった。
だが、群れで現れた竜によって土地が荒らされ、山も焼かれてしまった。家を壊された私達の家族のように住宅を破壊された人もいるようだ。
あれから国の調査隊が村を訪れて少しずつ復興活動をしているが、村が元通りになるまでは途方も無い時間がかかる事だろう。
避難所で村の住人とも話をしたけど、村に残る人は少ないようだ。遠方に住んでいる家族を頼りにして新たな住処で農業を始める人や、今までの仕事は辞めて新たな仕事を求めて街に行く人など、進路は様々のようだ。
私はといえば、今のところ進路は決まっていない状態だ。
今までは農業の後を継ぐつもりで農作物を育てる方法を学んでいたが、家の持っていた畑も焼けて使い物にならなくなってしまったのだ。他に農地を持っている知り合いもいなかった。
家族が残してくれた貯金は街の銀行に行けばおろす事が出来る。今は街の避難所で集団生活をしている事もあって、一応当面の生活は保障されているけれど、ずっとこのまま過ごす訳にはいかないだろう。
災厄に遭った日に助けてくれた人には、希望を持って生きて欲しい――と言われた訳だけど。
今のところは前進もせず後進もせずぼんやり生きている、というのが正直なところだ。
前世も短い命に終わって、今世でも早々に家族を失ってしまった。私という人間はそういう星のもとに生まれて、生まれ変わっても逃れられないのかもしれない。次に何かを志してもうまくいかないかも――なんて後ろ向きな気持ちが雲のように心を覆っている。
――それでも、今の自分が不幸のどん底にいるとは思っていないのだけれど。
そう思えるのは、きっと、綺麗なものを見たからだ。
災厄から助けてくれた彼の閃光のような姿が、目に焼き付いているからだ。
災厄を祓える力を持つのは王家に連なる者だけ――。
親の言っていた事と軍人達の話と合わせて、あの時会った彼は王家の人間なのだろう。
ベルリッツの王家は、普段は民間人と触れあうイベントを開く事はない。式典の日に遠くから眺める事が出来るくらいだ。あんなに近くで話せるチャンスは、それこそ再び災厄に逢うくらいの事が無ければもう回って来ないだろう
またあんな目に逢うなんて絶対嫌だ。
だけど……、彼にはもう一度会いたかった。
死の淵から助けてくれて、私を励ましてくれた彼に、きちんとお礼を言いたかった。
あの時はいっぱいいっぱいで、うまく応対する事が出来なかったのがずっと胸に引っかかっている。
それさえ伝えられたら、私は……。
「――ミーシャさん。ああ、よかった。いた」
「……?」
食事処でお茶を飲みながら今後の事について考えていると、私を呼ぶ声がする。避難所で働いている人だ。彼女は私を見つけるとほっとしたように笑い、そして入り口の方を指し示す。
「ミーシャさんを呼んでいる人がいるの。来てもらえればわかるって」
果たして、避難所の入り口にいた男は私の見た事が無い相手だった。
災厄があった時に村に来たのは武装した軍人たちだったけど、この人はどちらかというと文官タイプの人間に見える。私の父親よりは少し年上くらいの顔立ちだ。
そして、彼はどこか周りを警戒するような鋭い目をしているようだ。知らない相手である事もあって二人になる事に私は少し緊張した。
そんな気持ちを感じ取ったのか、男は私の前に紋章の入ったハンカチを出した。この紋章は軍人たちの持ち物にも刻まれていたものだと私は気づく。
男はハンカチを見せながらこう囁いた。
「……ミーシャ・アルストロイア様」
「は、はい」
「私はハイネ・ローレンツといいます。住処はベルリッツの王都で、国に仕える人間です。殿下から仰せつかって貴公を迎えに来ました。今、ご都合はよろしいですか?」
「……殿下、から……?」
ハイネと名乗った男は頷き、そして手短に要件を伝えた。
窓を布で覆った馬車に乗り込み、私はハイネさんと共に王宮へと向かっている。
ハイネさんは私にいくつかの質問をした。
――村の状況は概ね聞いているが、今の貴公の状況はどうか。
――村や街から離れられない事情は無いか。
――無いのなら、王宮に来る気は無いか。
――貴公に任せたい仕事がある。報酬は弾むし、王宮の中で寝泊まりしてもいいと話はついている。
正直なところ、紋章を見せられなければ詐欺か何かと疑っていたところだ。
だって、私には王宮で働けるようなスキルなんて何も無い。
国の中枢に近いところで働く人は、頭脳か肉体か、あるいは職業的な技能が卓越している者だろう。農家として作物や土の勉強はしていたけれど、特別に取り立てられるような何かがあるとは思えなかった。
心の中で訝しみつつも、私はハイネさんの申し出を受ける事にした。
王宮で本当に働けるのかどうかは半信半疑だ。自分には無理だと思ったら良い条件を提示されても引き下がろうと思う。
私の望みはただ一つ。
災厄から助けてくれた男に会いたい。
男に会って、あの時のお礼を言いたい。
この申し出はどうやらその男からなされたものらしい。何を意図してのものなのかはわからないけれど、彼にもう一度会えるのは幸運な事だと思った。
私を含めた村民達は暫く街の避難所に移動して日を明かしていたが、災厄の反応が消えた事の確認が取れたのだという。
国の軍が素早い対応をしてくれたお陰で、私の家族以外は死者が出ていないらしい。
だが、失ったものは大きかった。
私の生まれた村はその殆どの面積を自然が占める場所で、村で仕事をしている者は自分の土地で農業を行うか、山で植物や木材を収穫して街に提供する人が殆どだった。
だが、群れで現れた竜によって土地が荒らされ、山も焼かれてしまった。家を壊された私達の家族のように住宅を破壊された人もいるようだ。
あれから国の調査隊が村を訪れて少しずつ復興活動をしているが、村が元通りになるまでは途方も無い時間がかかる事だろう。
避難所で村の住人とも話をしたけど、村に残る人は少ないようだ。遠方に住んでいる家族を頼りにして新たな住処で農業を始める人や、今までの仕事は辞めて新たな仕事を求めて街に行く人など、進路は様々のようだ。
私はといえば、今のところ進路は決まっていない状態だ。
今までは農業の後を継ぐつもりで農作物を育てる方法を学んでいたが、家の持っていた畑も焼けて使い物にならなくなってしまったのだ。他に農地を持っている知り合いもいなかった。
家族が残してくれた貯金は街の銀行に行けばおろす事が出来る。今は街の避難所で集団生活をしている事もあって、一応当面の生活は保障されているけれど、ずっとこのまま過ごす訳にはいかないだろう。
災厄に遭った日に助けてくれた人には、希望を持って生きて欲しい――と言われた訳だけど。
今のところは前進もせず後進もせずぼんやり生きている、というのが正直なところだ。
前世も短い命に終わって、今世でも早々に家族を失ってしまった。私という人間はそういう星のもとに生まれて、生まれ変わっても逃れられないのかもしれない。次に何かを志してもうまくいかないかも――なんて後ろ向きな気持ちが雲のように心を覆っている。
――それでも、今の自分が不幸のどん底にいるとは思っていないのだけれど。
そう思えるのは、きっと、綺麗なものを見たからだ。
災厄から助けてくれた彼の閃光のような姿が、目に焼き付いているからだ。
災厄を祓える力を持つのは王家に連なる者だけ――。
親の言っていた事と軍人達の話と合わせて、あの時会った彼は王家の人間なのだろう。
ベルリッツの王家は、普段は民間人と触れあうイベントを開く事はない。式典の日に遠くから眺める事が出来るくらいだ。あんなに近くで話せるチャンスは、それこそ再び災厄に逢うくらいの事が無ければもう回って来ないだろう
またあんな目に逢うなんて絶対嫌だ。
だけど……、彼にはもう一度会いたかった。
死の淵から助けてくれて、私を励ましてくれた彼に、きちんとお礼を言いたかった。
あの時はいっぱいいっぱいで、うまく応対する事が出来なかったのがずっと胸に引っかかっている。
それさえ伝えられたら、私は……。
「――ミーシャさん。ああ、よかった。いた」
「……?」
食事処でお茶を飲みながら今後の事について考えていると、私を呼ぶ声がする。避難所で働いている人だ。彼女は私を見つけるとほっとしたように笑い、そして入り口の方を指し示す。
「ミーシャさんを呼んでいる人がいるの。来てもらえればわかるって」
果たして、避難所の入り口にいた男は私の見た事が無い相手だった。
災厄があった時に村に来たのは武装した軍人たちだったけど、この人はどちらかというと文官タイプの人間に見える。私の父親よりは少し年上くらいの顔立ちだ。
そして、彼はどこか周りを警戒するような鋭い目をしているようだ。知らない相手である事もあって二人になる事に私は少し緊張した。
そんな気持ちを感じ取ったのか、男は私の前に紋章の入ったハンカチを出した。この紋章は軍人たちの持ち物にも刻まれていたものだと私は気づく。
男はハンカチを見せながらこう囁いた。
「……ミーシャ・アルストロイア様」
「は、はい」
「私はハイネ・ローレンツといいます。住処はベルリッツの王都で、国に仕える人間です。殿下から仰せつかって貴公を迎えに来ました。今、ご都合はよろしいですか?」
「……殿下、から……?」
ハイネと名乗った男は頷き、そして手短に要件を伝えた。
窓を布で覆った馬車に乗り込み、私はハイネさんと共に王宮へと向かっている。
ハイネさんは私にいくつかの質問をした。
――村の状況は概ね聞いているが、今の貴公の状況はどうか。
――村や街から離れられない事情は無いか。
――無いのなら、王宮に来る気は無いか。
――貴公に任せたい仕事がある。報酬は弾むし、王宮の中で寝泊まりしてもいいと話はついている。
正直なところ、紋章を見せられなければ詐欺か何かと疑っていたところだ。
だって、私には王宮で働けるようなスキルなんて何も無い。
国の中枢に近いところで働く人は、頭脳か肉体か、あるいは職業的な技能が卓越している者だろう。農家として作物や土の勉強はしていたけれど、特別に取り立てられるような何かがあるとは思えなかった。
心の中で訝しみつつも、私はハイネさんの申し出を受ける事にした。
王宮で本当に働けるのかどうかは半信半疑だ。自分には無理だと思ったら良い条件を提示されても引き下がろうと思う。
私の望みはただ一つ。
災厄から助けてくれた男に会いたい。
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