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3 もう心残りはありません
「着きました。――もう顔を上げても問題ないですよ」
「わあ……」
ハイネさんに促されて顔を上げて、私は思わず感嘆の声を出した。
馬車が降りた場所は王宮のすぐ傍の道だった。
家族に連れられて遠くから王宮を眺めた事はあるが、間近で見ると迫力が違うものだ。辺り一帯の石造りの壁と曇り空に高くそびえ立つ塔を見ていると、いかにも堅牢で、何ものもこの建物を打ち倒す事は出来ないだろうという印象を受ける。木の家に住んでいた私の両親は竜の襲撃に巻き込まれて亡くなってしまったけれど、ここに住んでいたら無事だったかもしれない――なんて考えが頭を過る。
そして、そんな機能的な面だけでなく、王宮の建物には美しく均された柱や彫刻が至るところに施されている。王威を示すためなのだろう。
……私はここに来ても良かったのか?
改めてそんな考えが浮かんで、胸に不安な気持ちが湧き上がってきて、私はハイネさんをちらりと見た。彼はこちらを値踏みするような視線を隠す事も無く、私をじろりと見て口を開く。
「貴公を連れてくるのは殿下の望みによるものです。……とはいえ、あまり妙な真似をするのは控えるように。そのような人間を王宮の中に入れる事は出来ないので」
「は、はい!ごめんなさい、慣れていないもので……。ですが、私は殿下にまた会いたいと思っていました。ですから、是非とも中に入りたいです。お願いします!」
「そうですか。それならばいいですが……」
ハイネさんはぶつぶつと言いながら、王宮の扉を開いて私を中に引き入れる。
人の生活区域になる王宮の中は、更に美麗な装飾が施されていた。
長い廊下には絨毯が敷かれ、美しい壺や動物を象った彫刻などの様々な置物が隅に置かれている。お茶用の椅子や机などの調度品も綺麗だ。
自分に余裕があるならじっと見つめて目の保養にしたいところだけど、今はハイネさんの心証が気になる事もあって、私は前だけを見つめて歩き続けるようにした。
「――ここはベルリッツ王家が国の儀式を行う際に利用する間です。儀式の日に限らず、殿下は日々ここで国への祈りを捧げています。殿下はここで貴公を出迎えたいと希望しました。心して拝謁するように」
「は、はい……」
歩き続けて、私達は一際大きな扉の前に着いた。何故そんな重要な場所に自分が入れるのかますますわからないが、ここまで来たら覚悟を決めるしか無い。
私は深呼吸をして、ハイネさんが扉を開けると同時に中へと踏み出した。
扉の中の部屋には廊下で見たものよりも深みのある赤い絨毯が敷かれ、それが部屋の中にある階段に続き、階段を昇った先には台がある。台の傍には飾りの付いた燭台があって、本や台本を開いて読むのに丁度いい場所に置いてある。儀式の際にはあそこで演説をするのだろう。
台の後ろには国旗を模した大きな刺繍が掛けられて展示されている。ベルリッツ国の国旗は国章の盾を中央にあしらったデザインだ。国を襲う災厄から国民全てを守る――そんな意味合いが込められているのだという。
赤いベルベット地に金の輝く糸が織り込まれていて、天井の灯りに照らされて厳かな光を放っていた。
歴史の重みと踊りだしたくなるような華やかさを同時に感じて、私はどう振る舞えばいいものかわからず、手をぎゅっと握りしめる。
何より、目の前の人間と再び顔を合わせた事で、私の頭は真っ白になってしまっていた。
「――来たか。ああ、待ちわびていた……」
部屋の中には災厄に遭った日に助けてくれた男がいた。あの時は武装をしていたけれど、今は王宮の中にいるからか礼服を着ている。彼はにこりと笑みを浮かべて、私のもとに近づいて口を開いた。
「あの時は名を名乗る余裕も無く村を出る事になってしまった。今一度自己紹介をさせてくれ。俺はアーサー・シャルトルーズ――ベルリッツの第三王子だ。先日は大変な状況で鉢合わせる事になったが、こうして再会出来て嬉しく思うよ」
「……は、はい。殿下……、私も、会えてとても嬉しいです。あの日に助けられた事について、ずっと……ずっとお礼をしたいと思っていました。貴方のお陰で、今の私があります。ありがとうございました!」
――言えた。
緊張でうまく言えなかったところもあるけど、何とかあの日のお礼は伝えられた。身体が充足感で満たされて、すっと心が軽くなる。
災厄に遭ってからずっとどこか時間が止まったような感覚でいたけど、今日からは前向きに歩いていけそうだ。
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