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4 帰らせて貰えないんですか?
しおりを挟むアーサーは私の言葉を聞いて、少し笑みを緩めた後で一礼して言った。
「ミーシャ・アルストロイア殿……、いや。ミーシャ、と呼ばせて貰ってもいいだろうか」
「え。は……はい」
「そのように殊更礼を言ってもらう必要など無い。俺の役目は国を守る事、災厄を祓って誰もが平穏に過ごせるようにする事なのだから。だが……ミーシャが息災でいてくれたのは嬉しい。そして……、……俺は、個人的な願いがあって、君を王宮に呼び寄せたのだ」
「個人的な……願い?」
「ああ。……ここから先は場所を変えよう。ハイネ、案内してくれ」
「はっ」
アーサーの言葉に応じて、入り口近くで控えていたハイネが私を先導する準備をしだした。
私は彼らの先導に従いながら、頭の中でぐるぐると考える。
……何だろう。
災厄の被害者の様子を見たいだけだろう、顔合わせをしたらすぐに帰れるだろうと思っていたが、どうも違ったようだ。
場所を変えてまで私に頼みたいという事は何なのだろうか。
公には言えない事があるのかな。
例えば、国民には秘匿されているような悪どい事が王宮では行われているとか……。
悪どい事に利用するために私を連れてきたとか。
頭の中でそんな想像をして、私は青ざめた。
ここに連れてこられるまでに、今の生活について軽く聞かれた。私には今家族もおらず孤独な身だが、だからこそ国にとっては都合がいいという事もあるのかもしれない……。
アーサーの言葉が今までの私の支えになっていた。でも、彼に失望するような事がこれから起きるかもしれないのか……。
そんな考えが頭の中でぐるぐると回る。
――、でも。
彼が私達の村を救ってくれたのも、私に希望を与えてくれたのも確かな事だ。
悪どい事に協力するのは気が引けるけど、とりあえず話だけでも聞いてみよう。
もし自分でも出来そうな仕事なら受けてみようと思う。住んでいた村と王宮とでは環境が違い過ぎて慣れるまでは大変そうだけど、彼の力になれるのなら構わないと思った。
「ここだ。入ってくれ。ハイネは後は自由にしてくれていい」
「はっ」
ハイネさんはアーサーの言葉に従って下がった。アーサーは先程の間よりは小ぶりな扉を開ける。
私は緊張しながら口を開く。
「失礼致します……」
「――そう固くならなくていい。ミーシャ、君は俺が招いた客なのだから、もっと堂々としていてくれ。そして、出来ることならばもっと砕けた話し方をしてくれていい」
「そ、そうは言われましても……殿下は私の恩人で、対災厄の救世主で、国の英雄で……」
「そんな事、今は考えなくていい。ここは俺にとってはリラックス出来る場所だからな。ミーシャもくつろいでくれると嬉しい」
アーサーが開けた部屋の中には、机と椅子、本棚、ソファ、ベッドが置いてあった。平民の住む家よりも広々としているが、こういう部屋には心当たりがある。今は壊されてしまったが、私にも与えられていたもの……。
「ここは……殿下の私室ですか?」
「ああ、そうだ。今は概ね一人用の間取りになっているが、俺の願いを受けてもらえるならばミーシャの分の家具も運び込むように考えている」
アーサーは私に椅子に座るように促しながら言う。私は彼の言葉に困惑した。
「それは……、王宮に……というか、殿下の部屋に住まわせたい、という事ですか?何故、そのような……」
「あ!……こほん。無論ミーシャの私室も用意するように手配するよ。すまない。俺の望みが先走ってしまった……」
「……?」
アーサーは気を落ち着けるように咳払いをした。そして、私の方をじっと見つめて、私の髪にそっと指を這わせる。
いきなりの接触に、私は狼狽えながら口を開く。
「で、殿下?どうされたのですか?」
「ああ。……やはり、俺の思った通りだ。俺には、君が必要だ」
「な、何を……」
「――ミーシャ。君には、俺の猫になって欲しい」
「……、えっ?」
アーサーの口から放たれた言葉に、一瞬距離が近い事も忘れて私は首を捻った。
ねこ……
猫?
この人は何を言っているのだろうと私はアーサーの顔を見た。王家のそういうジョークなのかもしれないと考えながら。
だが、アーサーは生真面目な顔で繰り返した。
「ミーシャ。俺の猫になって欲しい。俺の部屋で一緒に暮らしてほしい。そして俺を癒やして欲しい!この国の為にも、俺の猫役として傍にいて欲しい。それが俺からの願いだ」
そう言って、深々と頭を下げた。
災厄に遭った時と同じく、私は言葉を失くしてしまう。
事前に懸念していたような非道な事を頼まれた訳ではないけれど、妙な事を頼まれてしまった……。
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