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5 アーサーがろくろを回している…?
返答に迷っている今も、アーサーは私に頭を下げ続けている。居た堪れなくなって私は彼に懇願した。
「あ、あの……。顔を上げていただけませんか」
「……!そ、そうか。受け入れてくれるんだな!じゃあ、条件は……」
「待ってください殿下。私にはまだまだ確認したい事があるのですけれど」
「そうか……」
前のめりで私に食いついていたアーサーは、返答を聞いて少ししょげた風になって姿勢を正した。様子がおかしいながらに、とりあえず私の話は聞いてくれるみたいで、そこはありがたかった。
「……えっと。まず、猫というのは……あの、動物の猫で合っていますか?何かの隠語などではなく?」
「ああ、そうだ。動物の猫だ。四本足で歩き、毛づくろいをし、爪を研ぎ、一日の大半は眠る――伝説の動物だ」
「で、伝説の動物では無いでしょう……。無いですよね?」
思わずアーサーに突っ込んでしまった。
前世で過ごした日本とベルリッツは風土の異なる世界だけど、ベルリッツにも猫という動物は生息しており、人間の生活にも溶け込んでいる。住んでいた村の中にも鼠の害を防ぐ為に猫を飼っている家もあったし、都会には猫を集めて愛でられるサロンもあるらしい。日本にいた頃と同様にベルリッツの猫は可愛らしく、日本と同程度にはそこら中で見かける動物の筈だ。強いていうならば、日本ほど室内で飼う事が推奨されていないからか、ベルリッツでの生活の方が日本よりも多く猫を見かけるくらいだ。
アーサーは私の言葉に咳払いをして答える。
「ああすまない、訂正しよう。俺とて幼少期には市井の猫と触れ合い、絆を育んだ思い出がある。だが、俺の人生を総括すると、猫よりも竜の方を多く目にしたものでな……」
「そ……そうなんですか?」
王宮の内部や周りには多数の貴族が住んでいる筈だが、その中に猫を飼おうと決意する者はいなかったのだろうか。何がどうなったらそんな人生を歩む事になるんだろう。
……そこまで考えて、私はアーサーの身分を改めて思い出した。
日本に生きていた頃も王族や貴族とは全く縁の無い人生を歩んでいたが、高貴な家というのは様々な責務を定められるものなのだろう。公務を優先して、今は街には全く出る機会が無くてもおかしくはない。
私は神妙な顔をしてアーサーに頭を下げた。
「……いえ、すみません。殿下は公務でお忙しいからそんな生活になるのも無理は無いんでしょうね。想像力が足りず、申し訳ありません!」
「――いや、そうではない。俺の生活が問題なのではない。俺は――猫に嫌われているんだ」
「猫に……嫌われている?」
「正確にいえば、猫に嫌われる運命にあるんだ」
「……それは……どういう……」
「殿下!」
話し込んでいる私達のもとに男が入ってきた。ハイネさんだ。どうやら扉の前で聞き耳を立てていたらしい。
アーサーは眉を顰めてハイネさんを咎めるような声を出す。
「……俺達の会話を聞いていたのか。下がっていろと言った筈だが?」
「ですが、見逃せませんでした。私は殿下の付き人ですが、王家を守る者でもあります。王家の秘密を伝えるのは……」
「……ミーシャを呼ぶと伝えた時に言った事だが、これはゆくゆくは国民の為になる事でもあるんだ。それに、やっと俺の望みを叶えられる機会が来たのだ。この件以外の事は全て飲むようにするから、どうか今回ばかりは目を瞑って欲しい」
「……。は。畏まりました」
重々しい会話を繰り広げる二人に、私は思わず質問する。
「あ、あの。お、王家の秘密って何なんですか……?あっ、秘密を教えて欲しいと言いたい訳ではなく!私が聞いてもいいやつなんでしょうか?駄目だったら、このまま帰……」
「いや帰らないでくれミーシャ、君に納得してもらう為にもきちんと事情を伝えたいんだ」
「……まあ、仮にミーシャ様の口が滑ったとして、平民の言葉をそのまま信じ込む人は中々いないというのが実情でしょう。そう考えれば、殿下に話していただいても問題ないでしょうな」
「……よし。では、今度こそハイネには退室願おう。術も掛けておくからもう近づく事は出来ないぞ」
「はは。承知しました……」
ハイネさんが再度部屋から出て、アーサーは扉に何やら魔法を掛けている。聞き耳防止の術を掛けているのだろう。
なんだろう……。
国民の為にもなる事って、一体何なんだろう。
そして、なんだかアーサーの依頼をどんどん断りづらくなっているような気がする……。
アーサーは咳払いをして、改めてこちらに向き直った。
「……すまないな。では、話を再開させてもらおう。先程も言ったが、俺は幼少期は猫とよく触れ合っていたんだ。猫はかわいかった。自分の思い通りにならない事もあるが、それも含めてかわいかった。この世のあらゆる動物の中で、猫が一番好きだった」
「そうですか」
「かつての幼い俺は、特にとある猫と懇意にしていたんだ。王宮の使用人が一人、猫を飼っていた。鼠を取る為なのだという。その猫の毛の色は茶色と赤が混ざりあったもので、毛は長毛ではないが指通りなめらかで、冬になると冬毛でもこもこしていた……。名前は、ミーコ」
「女の子だったんですか」
「それが違う。オスだったんだ。だが人に会う度にごろごろ喉を鳴らして挨拶するようないい子でな……。ミーと鳴くいい子だったから、ミーコ。そう呼ばれていた……」
…………。
これ、何の話なんだろう……。
アーサーは話しながらろくろを回すように両手をくねくねと動かしていた。
……いや、話の内容からして、あれはきっとろくろではない。猫だ。あの両手は在りし日のミーコの大きさをなぞっているのだろう。
……まあ、多少の疑問はあるにせよ、説明してくれているのは確かだ。話の腰を折るのはやめよう。
何より――今のアーサーは、何だか楽しそうだ。
災厄の中で会った時は、美しいながらも今よりも怜悧な顔をしていた。話の内容が多少おかしくとも、柔らかな表情を浮かべて話している彼の様子を見ていると、話をいつまでも聞いていたいような気持ちになる。
私は頭の中でそう考え、アーサーの言葉に頷き続けた。
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