猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁

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13 令嬢リズリー


「あら、あらあらあら。……貴女がミーシャ・アルストロイア様?」
「……?はい、そうですけど……」
「まだ部屋に帰っていなかったのですね。良かった、良かったわ!わたくし、いつか貴女ときちんと話し合いたかったのだもの!」
「……?」


 私を呼び止めたのは女性だった。
 見たところ私と同い年くらいの女性のようだが、彼女と私とでは身に纏っているものが明らかに異なる。
 彼女は黒く艷やかな長い髪を存在感のある大きなリボンで両側で留め、残りの髪は後ろに流している。前世ではツーサイドアップと呼ばれていた髪型だ。彼女のドレスはフリルや刺繍がきめ細かく、胸元についた装飾用の宝石も華を添えている。私には平民の生活が根付いているから、動きやすいように簡素な服で過ごすようにしているけれど、彼女は頭から爪先まで『お姫様』という言葉が似合う華やいだ格好をしており、そしてそれを完璧に着こなしているようだ。


「……以前から、貴女の姿を時々王宮で見かけましたの。アーサー様と懇意にしているように見えたので、それならいつかしっかり挨拶しないといけないと思っていました。ふふ、今日はいい日ですわ。演劇の出来も及第点で、アーサー様ともしっかり話す事が出来た。後は貴女とのお話しが終わればより良い一日になりますわね」


 彼女は微笑みながら話す。
 ――どうしてだろう。
 彼女はこんなにも可憐な顔立ちをしているのに、どこか獣が威嚇するような雰囲気を感じてしまう。

「わたくしはリズリー・フォンテーヌと申します。以後、お見知りおきを」

 女性はそう名乗り、リズリーは優雅に頭を下げた。
 私はその名前を聞いて、身体に電撃が走る心地がする。

 リズリーとは初対面だ。それは間違いがない。
 だが、フォンテーヌという名には聞き覚えがあった。
 以前親が食卓で教えてくれた事があるのだ。
 このベルリッツの中で神の如き力を持つ者はシャルトルーズ王家であり、人として繁栄を極めた者はフォンテーヌ家である――と。
 フォンテーヌ家は何代も前に巨額の財を築いた家系であり、王家に飾られた美術品も過半数はフォンテーヌ家が贈ったものであると噂されている。フォンテーヌ家は代々王家を支援し、王家もフォンテーヌ家を重用し、二つの家は切っても切れない関係にあるらしい。

 私は彼女に頭を下げて口を開いた。
「は、はい。私はミーシャ・アルストロイアと申します。こちらこそ、初めまして」
「はい、初めまして。……ふふ、もしかして緊張しているのかしら?」
「はい。リズリー様……、私は普段社交の場に出る事はなく、今後もこういうイベントでも無ければ顔を合わせる機会は中々無いと思います。ですが、同じ年代の方に会えて嬉しいです。よろしくお願いします」
「あらあら、そうなのね。ところで……わたくし、寡聞にしてアルストロイア家という名前は聞いた事がありませんの。社交の場にも出ないというのは、家がそういう方針なのかしら?」
「あ、いえ……。私は平民の出身なのです」
「――わあ」


 リズリーは結んだ髪の毛をふわりと揺らした。そして笑みをたたえたまま口を開く。
「ねえ、ミーシャ様……」
「は、はい」
「……貴女はアーサー様のカウンセリングをしているという先生なのですよね?こんなにお若いのにお医者様のスキルを持っているなんて、しかも平民出身でそんな技術を持つなんて、余程励まれたのでしょうね。なんと素晴らしいお方なのでしょう。見たところ、わたくしと然程歳も変わらないというのに。アーサー様の側近からお話を聞いたとき、そんなお方もいるのだと驚いて――だから貴女とお話したかったのよ。同世代でわたくしと同じくらい優秀な方がいるだなんて、知らなかったのだもの」
「は。……という事は、リズリー様も……?」

 リズリーは頷き、ちらりと手元の腕輪を見せる。腕輪には特徴的な紋章の飾りが付いている。その飾りを見て、私は察した。

「――これは……重大な発見をした者に、国から送られるという……」
「ええ。わたくし、生まれた家が偉大だった事を察してからは、家の名に負けないくらいに自分も力を付けようと考えました。美しい花を鑑賞する事が好きだったので、芸術鑑賞に耐えうる花を作りたいと、学府で植物の交配の研究をしました。結果、魔法を用いた新たな色彩の花を作り出す事に成功しましたわ。……そして、これだけで満足してはいけないと思って、いつでも見られる場所に腕輪を付けるようにしていますの」

 リズリーは微笑んだ。そんな彼女に、私は内心で感嘆する。
 ――私と同じくらいの年齢で新たな発見をするなんて、彼女は本当に努力家なんだ。
 いくら力のある家に生まれたといえど、研究は地道な作業を乗り越えなければ成果が得られないものだ。
 私は称賛の意を込めて、ぐっと手を握って口を開いた。

「――リズリー様は、本当に素晴らしいです!」
「ふふふ……。ありがとうございます。――で、貴女は?」
「え?」
「……わたくし、アーサー様と知り合ったのは前の事になります。彼には昔から好感を抱いていました。同世代は生まれにかまけて取るに足らない事で時間を浪費している者ばかり。ですが……アーサー様は違います。彼は学業も体術も鍛錬を怠らなかった。災厄討伐の主力という役割も立派に果たしている。そう――、わたくしがお話をしようといくら誘っても、他に優先するべき事があるからと断られるくらいです。それは王家という立場もあるからだと、今までは納得していました。……ですが……」
 リズリーの表情が一瞬翳り、その後真っ直ぐに私の目を見据える。

「ミーシャ様――貴女はアーサー様と一緒の時間を過ごしている。……そうなのでしょう?」
「…………」
「王宮で貴女とアーサー様が一緒にいるところを何回か見ました。今日もそうでしたね。……アーサー様は貴女の事をカウンセリング担当だと紹介していましたが、王家の力を持ってすれば腕のいい医者は大勢見繕える筈ですわ。ミーシャ様――貴女はどんな特別な能力を持っているのかしら?教えて下さいまし」


 ……そこまで聞いて、私は漸く理解した。
 リズリーは、私の事をよく思っていないんだ……。
 彼女の話を信じるなら、リズリーは私よりもずっと前からアーサーと知り合いだった。それなのに、何者かわからない人間がアーサーの近くにいる。それは彼女にとっては気に入らない事なのだろう。
 どうしよう……。
 貴族との腹芸の方法など、私にはわからない。この場でどう対応するのが正解なのだろう。

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