猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁

文字の大きさ
13 / 42

13 令嬢リズリー

しおりを挟む

「あら、あらあらあら。……貴女がミーシャ・アルストロイア様?」
「……?はい、そうですけど……」
「まだ部屋に帰っていなかったのですね。良かった、良かったわ!わたくし、いつか貴女ときちんと話し合いたかったのだもの!」
「……?」


 私を呼び止めたのは女性だった。
 見たところ私と同い年くらいの女性のようだが、彼女と私とでは身に纏っているものが明らかに異なる。
 彼女は黒く艷やかな長い髪を存在感のある大きなリボンで両側で留め、残りの髪は後ろに流している。前世ではツーサイドアップと呼ばれていた髪型だ。彼女のドレスはフリルや刺繍がきめ細かく、胸元についた装飾用の宝石も華を添えている。私には平民の生活が根付いているから、動きやすいように簡素な服で過ごすようにしているけれど、彼女は頭から爪先まで『お姫様』という言葉が似合う華やいだ格好をしており、そしてそれを完璧に着こなしているようだ。


「……以前から、貴女の姿を時々王宮で見かけましたの。アーサー様と懇意にしているように見えたので、それならいつかしっかり挨拶しないといけないと思っていました。ふふ、今日はいい日ですわ。演劇の出来も及第点で、アーサー様ともしっかり話す事が出来た。後は貴女とのお話しが終わればより良い一日になりますわね」


 彼女は微笑みながら話す。
 ――どうしてだろう。
 彼女はこんなにも可憐な顔立ちをしているのに、どこか獣が威嚇するような雰囲気を感じてしまう。

「わたくしはリズリー・フォンテーヌと申します。以後、お見知りおきを」

 女性はそう名乗り、リズリーは優雅に頭を下げた。
 私はその名前を聞いて、身体に電撃が走る心地がする。

 リズリーとは初対面だ。それは間違いがない。
 だが、フォンテーヌという名には聞き覚えがあった。
 以前親が食卓で教えてくれた事があるのだ。
 このベルリッツの中で神の如き力を持つ者はシャルトルーズ王家であり、人として繁栄を極めた者はフォンテーヌ家である――と。
 フォンテーヌ家は何代も前に巨額の財を築いた家系であり、王家に飾られた美術品も過半数はフォンテーヌ家が贈ったものであると噂されている。フォンテーヌ家は代々王家を支援し、王家もフォンテーヌ家を重用し、二つの家は切っても切れない関係にあるらしい。

 私は彼女に頭を下げて口を開いた。
「は、はい。私はミーシャ・アルストロイアと申します。こちらこそ、初めまして」
「はい、初めまして。……ふふ、もしかして緊張しているのかしら?」
「はい。リズリー様……、私は普段社交の場に出る事はなく、今後もこういうイベントでも無ければ顔を合わせる機会は中々無いと思います。ですが、同じ年代の方に会えて嬉しいです。よろしくお願いします」
「あらあら、そうなのね。ところで……わたくし、寡聞にしてアルストロイア家という名前は聞いた事がありませんの。社交の場にも出ないというのは、家がそういう方針なのかしら?」
「あ、いえ……。私は平民の出身なのです」
「――わあ」


 リズリーは結んだ髪の毛をふわりと揺らした。そして笑みをたたえたまま口を開く。
「ねえ、ミーシャ様……」
「は、はい」
「……貴女はアーサー様のカウンセリングをしているという先生なのですよね?こんなにお若いのにお医者様のスキルを持っているなんて、しかも平民出身でそんな技術を持つなんて、余程励まれたのでしょうね。なんと素晴らしいお方なのでしょう。見たところ、わたくしと然程歳も変わらないというのに。アーサー様の側近からお話を聞いたとき、そんなお方もいるのだと驚いて――だから貴女とお話したかったのよ。同世代でわたくしと同じくらい優秀な方がいるだなんて、知らなかったのだもの」
「は。……という事は、リズリー様も……?」

 リズリーは頷き、ちらりと手元の腕輪を見せる。腕輪には特徴的な紋章の飾りが付いている。その飾りを見て、私は察した。

「――これは……重大な発見をした者に、国から送られるという……」
「ええ。わたくし、生まれた家が偉大だった事を察してからは、家の名に負けないくらいに自分も力を付けようと考えました。美しい花を鑑賞する事が好きだったので、芸術鑑賞に耐えうる花を作りたいと、学府で植物の交配の研究をしました。結果、魔法を用いた新たな色彩の花を作り出す事に成功しましたわ。……そして、これだけで満足してはいけないと思って、いつでも見られる場所に腕輪を付けるようにしていますの」

 リズリーは微笑んだ。そんな彼女に、私は内心で感嘆する。
 ――私と同じくらいの年齢で新たな発見をするなんて、彼女は本当に努力家なんだ。
 いくら力のある家に生まれたといえど、研究は地道な作業を乗り越えなければ成果が得られないものだ。
 私は称賛の意を込めて、ぐっと手を握って口を開いた。

「――リズリー様は、本当に素晴らしいです!」
「ふふふ……。ありがとうございます。――で、貴女は?」
「え?」
「……わたくし、アーサー様と知り合ったのは前の事になります。彼には昔から好感を抱いていました。同世代は生まれにかまけて取るに足らない事で時間を浪費している者ばかり。ですが……アーサー様は違います。彼は学業も体術も鍛錬を怠らなかった。災厄討伐の主力という役割も立派に果たしている。そう――、わたくしがお話をしようといくら誘っても、他に優先するべき事があるからと断られるくらいです。それは王家という立場もあるからだと、今までは納得していました。……ですが……」
 リズリーの表情が一瞬翳り、その後真っ直ぐに私の目を見据える。

「ミーシャ様――貴女はアーサー様と一緒の時間を過ごしている。……そうなのでしょう?」
「…………」
「王宮で貴女とアーサー様が一緒にいるところを何回か見ました。今日もそうでしたね。……アーサー様は貴女の事をカウンセリング担当だと紹介していましたが、王家の力を持ってすれば腕のいい医者は大勢見繕える筈ですわ。ミーシャ様――貴女はどんな特別な能力を持っているのかしら?教えて下さいまし」


 ……そこまで聞いて、私は漸く理解した。
 リズリーは、私の事をよく思っていないんだ……。
 彼女の話を信じるなら、リズリーは私よりもずっと前からアーサーと知り合いだった。それなのに、何者かわからない人間がアーサーの近くにいる。それは彼女にとっては気に入らない事なのだろう。
 どうしよう……。
 貴族との腹芸の方法など、私にはわからない。この場でどう対応するのが正解なのだろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました

富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。 転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。 でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。 別にそんな事望んでなかったんだけど……。 「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」 「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」 強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...