猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁

文字の大きさ
24 / 42

24 アーサーのもとから離れた方が…

しおりを挟む


 グランドリーの先導に従って私は会場の外に出て、目立たない場所にあるテーブルに座った。会場から食べ物と茶器を持ってきたグランドリーが茶を入れて私にカップを示してくる。


「このビスコッティは食べ方にコツがありましてね。紅茶に浸して食べると、生地にコクが出る。紅茶の方はビスコッティのクリーム分が溶け出して、王家御用達のミルクティーに肩を並べるくらいに美味になる。試してみてください」
「……。わ!ほ、本当に美味しいです。毎日のお八つで食べたいくらい……」

 前のめりでお菓子を頬張る私を見て、グランドリーが肩を竦めて言う。

「ふふ。王宮の料理人にリクエストすればきっとお茶の時間に張り切って作ってくれますよ。……しかし、ミーシャ様……」
「はい」
「……本当に、王宮の事は何もご存知ないのですね。この食べ方は貴族の間では長く有名なものですから」
「え……」
「殿下がある女性を重用しているという噂は私の耳にも届いていました。流石に実際は何らかの後ろ盾があるものかと思っていましたが、貴女は本当に平民の人間のようですね……」

 目を細めて私を見つめるグランドリーを前に、私は固まった。
 こんなに美味しいお茶とお菓子が、急速に味を失くしていくように感じる。

 ――そうか。
 私に親切にしてくれるのかと思ったけれど、そんな事は無いんだ。
 この人は、私に探りを入れる為に私に接触したんだ……。

 リズリーに会った時、私の事を疑っている様子だった。グランドリーも同じような考えを持っているのかもしれない。
 私はごくりと食べ物を飲み込んで、そしてグランドリーに返す。


「……ええ。私は、確かに平民です。そして、アーサーに雇われたというのも本当の事です。私はアーサーのカウンセリング担当としてここに来ました」
「おや。認めるんですね」
「はい。私は家柄こそありませんが、誠実に役目を行っていると自負していますから」


 グランドリーの目を見つめながら言う。
 ……グランドリーは私の事をよく思っていないのかもしれないが、だからこそ話し合いはしっかりしなければいけない。


 リズリーとの一件があってから、私はハイネさんに確認した。王家や貴族の間で平民がよく思われない理由があるのかと。
 ハイネさんによると、過去には王家の人間と平民が個人的な親交を持ったり、能力を見込んで雇う事は今よりも多くあったのだという。
 だが、平民が周りの貴族を妬んで自分の家に領地を与えるように迫ったり、代々王家と付き合いのある貴族の立場が怪しいものになって働きをボイコットするなど、よくない影響が出る事が相次いだのだ。
 だから、伝統的に貴族の間では平民が重用される事を良く思わない者が多い。

 しかし、今の王家はそれを少しずつ払拭しようとしている。
 アーサーがミーシャを雇ったように、他の者も平民出身でも技量のある者は声をかけて共に働いてもらうようにしている。


 その話を聞いてから、私はなるべく堂々と過ごすように心がけている。私はいつか王宮を去るけれど、能力ある平民が雇われる事自体は忌避されるものでは無いと思ったからだ。
 そのような政治的な話抜きでも、私とアーサーが一緒にいる事が悪い事だとは思えない。
 私と共に過ごす事でアーサーは魔力を強化出来て、災厄討伐も順調に果たしているからだ。

 ――いや。
 仮に魔力に影響が無かったとしても、アーサーが過ごしたい者と過ごす事は、徒に批難されるような事では無いだろう。
 そう思って、私はグランドリーの前で背筋を正した。


 グランドリーは一口茶を飲み、カップをソーサーに戻して口を開く。


「……確かに、貴女と一緒にいる時間を増やすようになってから、殿下の災厄討伐の調子は上がっているようだ。それは貴女の手柄と言っていいでしょう」
「!はい……!ありがとうございます!」
「……で?殿下のカウンセリングは既に終了したと考えていいんですよね?何故貴女は今も王宮に留まっているのですか?」
「……え?」


 私はグランドリーの言い分に固まった。


「殿下の災厄討伐の成果が芳しく無いという事は私も心苦しく思っていました。それが上り調子になっているのは素直に喜ばしい事です。治療の内情はわかりませんが、貴女の存在は殿下に良い影響を及ぼしたのでしょう。……ですが。病気が完治すれば、薬は不要になるもの。貴女は既に傍にいる必要は無いのでは?」
「そ……それは……」


 私は頭の中でぐるぐる考えて、何とか反論しようとする。
 だが、その前にグランドリーの釘が刺された。


「……ああ。それとも、殿下はまだ貴女との触れ合いが必要だという事ですか?という事は……、殿下の精神状態は既に、平常なものとは程遠いのでは?……、と。王宮にいる人々は、段々とそう勘付くと思いますよ」
「……う……」
「貴女の考えが足りないのは無理からぬ事です。獣は森で生きる事が幸福なように、人も生きるべき場所というものがあります。……貴女には見えないものが沢山ある。私はその点、少しばかり詳しいです。今はまだ噂止まりですが、直接殿下に心無い事が吹き込まれる可能性もあるのですよ……?」


 私は唇を噛む。
 グランドリーは、アーサーに悪い噂が立つ事をちらつかせて、私とアーサーが一緒に過ごしているこの状況を止めさせようとしているんだ。

 ――舞踏会に参加する事が決まった時、私は貴族ではなく平民で良かったと思った。貴族の場合、人前で下手な事をすれば家の名前を汚す事になるからだ。
 でも、私の場合は後ろ盾のアーサーに被害が及んでしまう。
 自分の事を悪く言われるのはいい。だが、アーサーが悪く言われるのは耐え難い。
 だが――、ここで反論したら、ますます悪印象が強くなる事になるのか?
 どうしよう……。


 頭の中でこの状況を打開する方法を考えようとした。だが、グランドリーの怜悧な目を見ているうちに、自分の中にある考えが浮かぶ。

 ――以前リズリーに釘を刺された時、彼女の考えにも一理あると感じた。自分の存在がアーサーの負担になるような日が来たら身の振り方を考えようと思った。
 そして今日、グランドリーにも同じ様な苦言を受けている。
 しかも、彼は力のある家の当主で、貴族の空気についてはよく見知っているのだろう。
 そして――最近のアーサーの様子がおかしいというのは、私自身以前から感じていた事だ。 

 グランドリーの言葉は、正しいのではないか?
 それなら……黙って受け入れるしか無いのかもしれない。


 例えば、私の髪の毛を根気よく抜いて編みぐるみにすれば、アーサーの求める猫感を満足させられる筈だ。本物の猫の毛と違って呪いが発動する事もない。
 他にも……、私と同じようなヘアケアをするように他の人を指導すれば、私と同じように猫の感触の髪を持つようになれるかもしれない。

 ……そうだ。
 私がいなくなったとしても、呪いに触れないようにアーサーを満足させる方法はある筈だ。
 今まで私が積極的に探そうとしなかっただけで、やり方はきっといくらでもある筈。


 ……どうして、私は他のやり方を探そうとしなかったんだろう。


 そんな考えが頭を掠めたが、眼の前のグランドリーの目を見ていると、自分の意識が薄まっていくのを感じる。
 ……私の考えなんて、取るに足らない事だ。
 アーサーの立場を守る方が大事だ。
 アーサーと今離れるのは納得がいかないが……、自分が我慢する事で丸く収まるならば、それでいいじゃないか。


 王宮に来てから何だかんだで楽しい毎日を送っていたから、少しの間忘れていたけれど……。
 人生というのは諦めと妥協から成り立っているのだ。
 私が我慢してそれで済むなら、私は――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました

富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。 転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。 でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。 別にそんな事望んでなかったんだけど……。 「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」 「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」 強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...