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24 アーサーのもとから離れた方が…
しおりを挟むグランドリーの先導に従って私は会場の外に出て、目立たない場所にあるテーブルに座った。会場から食べ物と茶器を持ってきたグランドリーが茶を入れて私にカップを示してくる。
「このビスコッティは食べ方にコツがありましてね。紅茶に浸して食べると、生地にコクが出る。紅茶の方はビスコッティのクリーム分が溶け出して、王家御用達のミルクティーに肩を並べるくらいに美味になる。試してみてください」
「……。わ!ほ、本当に美味しいです。毎日のお八つで食べたいくらい……」
前のめりでお菓子を頬張る私を見て、グランドリーが肩を竦めて言う。
「ふふ。王宮の料理人にリクエストすればきっとお茶の時間に張り切って作ってくれますよ。……しかし、ミーシャ様……」
「はい」
「……本当に、王宮の事は何もご存知ないのですね。この食べ方は貴族の間では長く有名なものですから」
「え……」
「殿下がある女性を重用しているという噂は私の耳にも届いていました。流石に実際は何らかの後ろ盾があるものかと思っていましたが、貴女は本当に平民の人間のようですね……」
目を細めて私を見つめるグランドリーを前に、私は固まった。
こんなに美味しいお茶とお菓子が、急速に味を失くしていくように感じる。
――そうか。
私に親切にしてくれるのかと思ったけれど、そんな事は無いんだ。
この人は、私に探りを入れる為に私に接触したんだ……。
リズリーに会った時、私の事を疑っている様子だった。グランドリーも同じような考えを持っているのかもしれない。
私はごくりと食べ物を飲み込んで、そしてグランドリーに返す。
「……ええ。私は、確かに平民です。そして、アーサーに雇われたというのも本当の事です。私はアーサーのカウンセリング担当としてここに来ました」
「おや。認めるんですね」
「はい。私は家柄こそありませんが、誠実に役目を行っていると自負していますから」
グランドリーの目を見つめながら言う。
……グランドリーは私の事をよく思っていないのかもしれないが、だからこそ話し合いはしっかりしなければいけない。
リズリーとの一件があってから、私はハイネさんに確認した。王家や貴族の間で平民がよく思われない理由があるのかと。
ハイネさんによると、過去には王家の人間と平民が個人的な親交を持ったり、能力を見込んで雇う事は今よりも多くあったのだという。
だが、平民が周りの貴族を妬んで自分の家に領地を与えるように迫ったり、代々王家と付き合いのある貴族の立場が怪しいものになって働きをボイコットするなど、よくない影響が出る事が相次いだのだ。
だから、伝統的に貴族の間では平民が重用される事を良く思わない者が多い。
しかし、今の王家はそれを少しずつ払拭しようとしている。
アーサーがミーシャを雇ったように、他の者も平民出身でも技量のある者は声をかけて共に働いてもらうようにしている。
その話を聞いてから、私はなるべく堂々と過ごすように心がけている。私はいつか王宮を去るけれど、能力ある平民が雇われる事自体は忌避されるものでは無いと思ったからだ。
そのような政治的な話抜きでも、私とアーサーが一緒にいる事が悪い事だとは思えない。
私と共に過ごす事でアーサーは魔力を強化出来て、災厄討伐も順調に果たしているからだ。
――いや。
仮に魔力に影響が無かったとしても、アーサーが過ごしたい者と過ごす事は、徒に批難されるような事では無いだろう。
そう思って、私はグランドリーの前で背筋を正した。
グランドリーは一口茶を飲み、カップをソーサーに戻して口を開く。
「……確かに、貴女と一緒にいる時間を増やすようになってから、殿下の災厄討伐の調子は上がっているようだ。それは貴女の手柄と言っていいでしょう」
「!はい……!ありがとうございます!」
「……で?殿下のカウンセリングは既に終了したと考えていいんですよね?何故貴女は今も王宮に留まっているのですか?」
「……え?」
私はグランドリーの言い分に固まった。
「殿下の災厄討伐の成果が芳しく無いという事は私も心苦しく思っていました。それが上り調子になっているのは素直に喜ばしい事です。治療の内情はわかりませんが、貴女の存在は殿下に良い影響を及ぼしたのでしょう。……ですが。病気が完治すれば、薬は不要になるもの。貴女は既に傍にいる必要は無いのでは?」
「そ……それは……」
私は頭の中でぐるぐる考えて、何とか反論しようとする。
だが、その前にグランドリーの釘が刺された。
「……ああ。それとも、殿下はまだ貴女との触れ合いが必要だという事ですか?という事は……、殿下の精神状態は既に、平常なものとは程遠いのでは?……、と。王宮にいる人々は、段々とそう勘付くと思いますよ」
「……う……」
「貴女の考えが足りないのは無理からぬ事です。獣は森で生きる事が幸福なように、人も生きるべき場所というものがあります。……貴女には見えないものが沢山ある。私はその点、少しばかり詳しいです。今はまだ噂止まりですが、直接殿下に心無い事が吹き込まれる可能性もあるのですよ……?」
私は唇を噛む。
グランドリーは、アーサーに悪い噂が立つ事をちらつかせて、私とアーサーが一緒に過ごしているこの状況を止めさせようとしているんだ。
――舞踏会に参加する事が決まった時、私は貴族ではなく平民で良かったと思った。貴族の場合、人前で下手な事をすれば家の名前を汚す事になるからだ。
でも、私の場合は後ろ盾のアーサーに被害が及んでしまう。
自分の事を悪く言われるのはいい。だが、アーサーが悪く言われるのは耐え難い。
だが――、ここで反論したら、ますます悪印象が強くなる事になるのか?
どうしよう……。
頭の中でこの状況を打開する方法を考えようとした。だが、グランドリーの怜悧な目を見ているうちに、自分の中にある考えが浮かぶ。
――以前リズリーに釘を刺された時、彼女の考えにも一理あると感じた。自分の存在がアーサーの負担になるような日が来たら身の振り方を考えようと思った。
そして今日、グランドリーにも同じ様な苦言を受けている。
しかも、彼は力のある家の当主で、貴族の空気についてはよく見知っているのだろう。
そして――最近のアーサーの様子がおかしいというのは、私自身以前から感じていた事だ。
グランドリーの言葉は、正しいのではないか?
それなら……黙って受け入れるしか無いのかもしれない。
例えば、私の髪の毛を根気よく抜いて編みぐるみにすれば、アーサーの求める猫感を満足させられる筈だ。本物の猫の毛と違って呪いが発動する事もない。
他にも……、私と同じようなヘアケアをするように他の人を指導すれば、私と同じように猫の感触の髪を持つようになれるかもしれない。
……そうだ。
私がいなくなったとしても、呪いに触れないようにアーサーを満足させる方法はある筈だ。
今まで私が積極的に探そうとしなかっただけで、やり方はきっといくらでもある筈。
……どうして、私は他のやり方を探そうとしなかったんだろう。
そんな考えが頭を掠めたが、眼の前のグランドリーの目を見ていると、自分の意識が薄まっていくのを感じる。
……私の考えなんて、取るに足らない事だ。
アーサーの立場を守る方が大事だ。
アーサーと今離れるのは納得がいかないが……、自分が我慢する事で丸く収まるならば、それでいいじゃないか。
王宮に来てから何だかんだで楽しい毎日を送っていたから、少しの間忘れていたけれど……。
人生というのは諦めと妥協から成り立っているのだ。
私が我慢してそれで済むなら、私は――
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