猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁

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25 消えない影

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「――グランドリー」

 聞き慣れた声が聞こえて、次の瞬間私の肩には手が添えられていた。
 アーサーだ。
 華やいだ正装をしたアーサーが、その衣装には見合わない険しい顔をして私の後ろに立ち、グランドリーを見つめていた。

 グランドリーはアーサーを目の前にして、恭しく礼をする。
「おやおや。殿下、会うのはお久しぶりです。災厄討伐に、社交場の出席、まことにまことに勤勉な方だ」
「……ああ、貴方はお忙しい方だからな。俺と比べても大変な日々を送っていると推測する。――しかし、貴重な余暇にする事が王宮の人間に対する嫌味とはな。貴方の心身に負担がかかっているのならば、今すぐに睡眠を取りに家に戻る事を勧めるが」


 見慣れた筈のアーサーの口から出る棘をはらんだ言葉に、私ははらはらとする。だが、グランドリーは意に介さないように薄く笑みを浮かべているようだ。


「これはこれは。やはり殿下はそういう事にお詳しいのでしょうね。最近の動向からそうだろうと思っていました」
「……どういう意味かな?」
「殿下が或る女性と懇意にしているという噂は私の耳にも届いていました。王族たるもの、特別な技量も無い個人に心を傾け過ぎるのは破滅の合図というもの。それは歴史が証明しています。ミーシャ様の為にもならないと思ったので、僭越ながら私から忠告を――」
「グランドリー」

 アーサーの凛とした声が夜の庭に響いた。そして、私の肩をぐいと抱き寄せ、グランドリーを真っ直ぐに見据えて答える。

「我がシャルトルーズ王家は、フォンテーヌ家の資金提供にいつも助けられている。それは疑いようがない。だが、いつも俺の事を考えて、助けてくれるのはミーシャも同じだ。貴方がどう言おうとも、俺にとってミーシャは大事な人間だ。それは揺るがない」
「……殿下はそう言いますがね。ミーシャ様は家の名声がある訳でも無く、何か功績を上げた訳でも無い。客観的な目で見ると、彼女を置いておく正当性が私には見受けられないのですが……」
「例えば――リズリーが研究の成果を出さなかったとして、貴方にとって不必要な人間に変わるのか?違うのではないか。俺にとってのミーシャも同じだと、そう理解してもらいたい」


 娘の名前を出されたグランドリーは、一瞬真顔になって静まり返った。その後、苦笑しながら零す。


「……ふう。殿下に余計な火が付く前にと思っていたのですが……、どうやら既に燃え上がっているようですね。下手に触るより、今宵は一旦退散する事にします。折角の舞踏会の日を台無しにはしたくないものですから」
「……グランドリー。その言葉、そっくり貴方に返そう。貴方は私の動向に些か拘り過ぎているように見える。今宵の会は料理人が格別に気合を入れてくれたのだから、腹を満たしてからゆっくり考え直してくれ」


 アーサーの軽口に、グランドリーはひらひらと手を振りながら私たちに背を向けた。
 アーサーは、会場へと戻っていくグランドリーの背をじっと見つめていた。グランドリーが見えなくなってから、一歩私の方へ進んで、静かに話を切り出す。


「……ミーシャ。待たせてしまってすまない。グランドリーは、昔からああいう話し方をする人間だ。だが、君にあそこまで攻撃的になるとは思っていなかった。次から顔を合わせないように取り計らう」
「…………」
「ミーシャ。料理は美味しかったかい?出来れば当初の目的通り、皆に君を紹介して回りたいのだが……」
「……、駄目です」
「ミーシャ……?」
「私は……、その、私室に戻ります。わざわざ殿下に時間を割いてもらうような必要は無いです」
「……グランドリーに言われた事を気にしているのか?」


 アーサーの言葉に、私は一瞬息が詰まる。
 次の瞬間、私はなるべく自然な笑顔を作り、アーサーに答えた。


「――違います!えっと、私はもともとこういう人が沢山いる場所があまり得意ではなくて……。ちょっと疲れが出てしまったみたいなんです。だから、今日はもう眠ろうと思いました。殿下はご自由に過ごしてください」
「……ミーシャ。君が体調を崩してしまったなら、強引に誘った俺のせいだ。俺も寝室に同行して……」
「いえ!本当に大丈夫です。むしろ、他の人がいると落ち着かなくて寝られない性分でして……。なので、失礼します!」
「…………」
 アーサーの視線を振り切って、私は会場とは反対側の建物へと向かっていった。


 私は舞踏会用の衣装から普段着に着替えた。
 主役じゃなくともイベントに出るのは気が張るもので、それが終われば肩の荷は降りると思っていたけれど……。
 舞踏会に出た事で、色々と新たな心配事が増えてしまった。


 ――いや。
 思えば、その心配は最初から私の中にあったじゃないか。
 自分はアーサーの傍にいていいのか、と。
 その懸念が実際当たっていたというだけの話だ。
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