猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁

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26 もふもふはいつか病にも効くようになる


 今日の天気は、雨。ところにより大雨。

「…………」

 朝目を覚ましてカーテンを開けたとき、私の目に入ってきたのは大粒の雨が窓に叩きつけられ、雫が滴っている所だった。
 最近、王宮はいつも雨だ。
 これは特に災厄や異常気象とは関係なく、通常の天気の範囲といえるようだが……。

 私の気にかかるのは、クロードの事だ。
 前は小雨だったからまだ心配しなくてもいいかと思えたけど、流石にここまで雨が続いたなら、今どうしているか気になってしまう。
 寒さに凍えていないか、風邪を引いたりしていないか。
 私が下手に世話をしたから、野生の中で生きる力が弱くなって、その分大変な目に合っていたりはしないか……。

「……よし!」

 私は声を出して決意する。
 決めた。今日はクロードの様子を見に行こう。


 私は作業部屋にあった雨用の外套を着て、王宮を出る事にした。
 王宮の外套と傘は、高性能な材質を使っているからか雨をよく弾く。その上に暖かく、様々な面から見て優れものである。

 私は準備をした上で森の中に出た。
 長く続く雨の影響で土はぬかるみ、歩くだけでも一苦労である。一応長靴を履いてきて良かったと思った。
 足場も悪く、視界も悪く、運動するだけで大変だけど……。
 逆にいえば、身体を動かす事に集中出来る。
 ――舞踏会で噴出した色々な心配事は考えずに済む。


 そこまで考えて、私はぶんぶんと首を振り、目の前の景色に集中しようとする。
 ……そんな、現実逃避をするためにクロードを利用するなんて事、あってはならない。
 クロードとはアーサー相手のように契約をしている訳では無いが、大切な存在だ。
 クロードは自分を王のように崇めろなんて言うけど、そう言われなくても大事に思っている。
 クロードが毛づくろいをしてあくびをする姿は日常に無くてはならないものになってしまった。彼ともう会えなくなると思うと胸が痛む。
 私は口を開いて、森の中で声を出した。


「クロード!――私だよ。どこにいるの?」


 森に向かって出した声は、降りしきる雨と草木に吸い込まれていくようだ。
 暫く経っても何の返答も得られず、私は段々と心の中に生じた焦燥感に飲まれていく。

 前世の知識では、野良猫の寿命は家で飼われている猫の何分の一の短さだという。外の世界には外敵や病気など、命を削る原因が沢山あるからだ。
 クロードは普通の猫とは違うから大丈夫だと思っていた。でも、もしかしたら……。
 不安と焦りで、私は息を切らしながら声をあげた。


「クロード!いるなら返事して。……クロード!クロ……、うわっ」


 私の捜索の声は、不意に身体に走った衝撃によって中断された。猪のような勢いで何者かにぶつかられて、私はふらふらとよろける。
 クロードを心配しているうちに、私がやられてしまったのか――と痛みに浮かされた思考でそちらの方を見ると、そこにいたのは黒と白が混ざった長毛の猫だった。
 クロードがふわりとした光を帯びて大雨の中にいた。


「く、クロード!無事だったんだ、良かった……」
 私の言葉を受けて、クロードが人間の姿になりつつ語りかけてくる。
「……ふん。お前に呼ばれたから何度も返事を返したんだが、いつまで経っても私を探しているから何事かと思ったぞ」
「そ、そうだったんだ。ごめんね、雨の音で聞こえなかったみたい。それで、クロード……雨の中でも平気なの?」
「ふん。人間というのは視力も悪いものなのか。よく見てみろ」
「……あっ!」


 その言葉を聞いて、私はクロードをしげしげと見つめた。
 この大きさになってもらうとよくわかる。クロードの周りの光は、雨を弾いている。彼の魔力で雨を避けているようだった。
 クロードは私と距離を縮めて、匂いを嗅いだ。どうも、私の格好が気になっているようだ。


「……今日は珍しい格好をしているな?それはなんだ」
「これは濡れない為に雨の時にだけ着る外套だよ。今日は雨が強いから着ることにしたの」
「ふむ……。しかし、それに加えて傘まで使っているのか?」
「えーまあ、王宮の服だから何だか濡らすのが忍びなくて……」
「ふん。人間というのは面倒な生き物だな。ほら。こちらに来い」
「え……わっ!」


 クロードが私の肩をがっと抱いた。
 次の瞬間、傘に当たっていた雨粒の感触が消える。
 顔を上げると、私とクロードを中心にして空気の膜のようなものが私達を包んでいて、雨はその周りを流れ落ちているようだ。
 これはクロードが魔法で作り出したものなのだろう。クロードは私を見やり、恭しく言葉をかけた。


「私の傘の中はどうだ?」
「……うん。暖かくてすごく快適だよ。クロードは器用ですごいね」
「ふん。お前に言われるまでも無いが――私には力がある。どうやら王宮は雨漏りや水漏れが絶えずある場所で、いるだけでずぶ濡れになる建物らしいからな。今ばかりは快適に過ごすといい」
「そ、そんな事ないよ……。王宮は見ての通りしっかりした建物で……」
「そうなのか?――なら、何故お前はそんなにしけた顔をしているんだ?」
「…………」
「建物が原因で無いなら、他に何か原因があるのか。例えば、外敵が住んでいるとか……」


 クロードの話を聞いて、思わず私は頬に手を当てる。
 ――そうか。
 クロードにもわかってしまうくらい、私は落ち込んだ表情をしていたのか。

 舞踏会でグランドリーと話をしてから、何をしていても心の影が消えない。それが顔に表れたのだろう。
 私は王宮に世話になっている身なのに、そんな気持ちでいる事が申し訳なくなって、ますます小さくなってしまう。
 そんな私を見やって、クロードがため息をついた。


「今日に限ったことではないが……お前は時折浮かない顔をしている。それが人間の特性というなら、獣らしく変えてやろうか。そういう魔法も私には心得がある」
「え?いやいや。私は今のままで楽しく過ごしてるから大丈夫だよ。大丈夫……」


 私はクロードの申し出を断った。精神を安定させるみたいな魔法なんだろうけど、そう何度もクロードに頼るのは嫌だ。
 ……私の状況を変えないと、きっと何も変わらない。
 私がアーサーと一緒にいる限り、アーサーにあらぬ噂が立ってしまう。


 やはり、私以外のもっと適当な者を探すべきなのではないか……?
 私以外の、貴族の女性。
 でも、私が貴族とコンタクトを取った上でアーサーの猫になれという願いを穏便に飲ませる方法がどうしても思いつかない。
 ……どうしよう。

 どちらにせよ、契約の期間がくれば私は王宮を去る。だが、それより前に代理が見つかれば、私はもっと早くに王宮を出ることができるだろう。
 それに相応しい者を見つけるには、どうしたら……。
 ぐるぐるしていると、クロードをため息をついて言う。


「……ふう。私が臣下を気遣ったというのに、未だに辛気臭い顔をしているな。それなら仕方がない――、ふっ」
「……!」


 クロードが私に抱きついた。次の瞬間、私の腕の中には黒と白の長毛の猫が収まっている。
 ……撫でてもいい、という事なのだろう。
 私は座り込んでクロードを膝の上に乗せ、お言葉に甘えて撫でる事にした。ふわふわでふさふさな毛が私の指をもっしりと包み込み、指先が溶けていくようだ。


 クロードと会うのが久々という事もあり、この機会にブラッシングや耳掃除といったお手入れもすることにした。クロードに出会ってからは鞄の中に猫用の道具を入れるようにしていたから、すぐにお手入れに入る事が出来た。
 毛を専用のブラシで梳かしていくと、ごっそりと毛が抜けていく。どんどん綿毛が出来あがる様は圧巻で、私はその毛を丸めながら手で編んでいく。
 以前アーサーに店の猫の毛で作ったぬいぐるみを持っていった時は失敗したけど、それでもぬいぐるみを作る事自体は楽しかった。あれ以来、手芸が私の趣味の一つになったのだ。


 無心で指を動かしていると邪念が消えていくようで、私は没頭して――
 いつの間にか、視界を覆っていた雨は止んでいて。
 クロードの結界の中にいなくても、もう大丈夫そうだった。
 そうクロードに呼びかけると、彼はくるりと身を捩って人間の姿になった。そして結界が解かれる。


 私は頭を下げて言った。
「……クロード、ありがとう」
「ああ。後、これからは私の呼ぶ声は聞き逃さないようにする事だな。という訳で――こうだ」
「わっ」


 クロードが私の耳を手で触った後、私の耳には一気に色々な音が流れ込んでくる。
「こ、これは……」
「私の魔法を渡した。聴力を鋭敏にする魔法だ。耳元に魔力を込めるようにすれば様々な音を拾えるようになる。これから私を探す時はこの魔法を使うように」
「わ、わあ……。でもどうだろう、この魔法をずっと使うのは、ちょっと大変……かな……」


 魔法の効果で、虫や鳥のさざめきや風の音が全て頭に入ってくる。普段の感覚と違うからか、情報過多で私の頭はくらくらしていた。
 そんな私をじっと見て、クロードは頭を撫でた。



「わわ……」
「ふん。人間というのは弱い生き物だな。なら、私がこれまで以上に配慮するようにしてやろう。次からは森の奥深くだけではなく、もっと王宮に近い所も縄張りの見張りのコースに入れて巡回する事にする。それならお前も私を探しやすくなるだろう?」
「……う、うん……」
「ふっ。私は臣下を持つものとしてとしてよい心掛けをしているな……」


 クロードは自画自賛して微笑んでいる。そんなクロードをからかうような気持ちにはなれなかった。
 私に話しかけるクロードの声は、今の私の状態でも心地よく聞こえたからだ。
 クロードが声を小さく調整して、今の私を気遣ってくれたのだろう。
 私はクロードの腕に頭を軽く押し付けて目を瞑った。クロードはそんな私を撫で続けた。
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