猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁

文字の大きさ
34 / 42

34 ミーシャ、躍動する

しおりを挟む


 ――それは、いけない。


 稲妻が走ったかのように強い感情が迸った。
 私は身体中に力を漲らせ、クロードを引き剥がした。
「にゃあ!」
「……な!?ミーシャ!何処に……!」
 狼狽えるクロードを置き、私は全速力で走った。




 私は走った。
 走って、走って、走って。
 人間の姿ならばとっくに音を上げていただろう。だが、この姿ならばどこまでも走っていける感覚があった。
 身体中にエネルギーが漲っているように熱い。


 私はどうやら、ただ猫の姿に変えられた訳では無いらしい。
 今の私には獣としての性質が備わっているようだ。



 私は森を抜けて、王宮の内部へと飛び込んだ。


「……。わっ。なんだ!?」
「動物だ!栗鼠でもない、兎でも無い……あれは?」
「あれは猫です!」
「猫!?」
「何故だ……!?何故王宮に動物が……!?」
「王宮に愛玩動物を持ち込むのは禁止だった筈だ!」
「……は!つ、壺が!」
「彫刻がー!お前、何をしている!?」
「捕まえろ!王家の威信にかけて!」


 走る途中、王宮の廊下には様々な展示物が置いてあった。私は壺をガッと落として転がし、木の彫刻でガリガリと爪とぎをし、猫としての欲求を満たしながら走り続ける。
 追手の足音と声を聞きながら、私は頭の中で考える。


 ――威信、威信。
 ベルリッツの王家は様々な規律があって、それで国を守ってきた一面もあるのだろう。
 人間の私はそれを理解していた。だから何か思う事があっても言葉を飲み込むようにしてきた。
 けど、けど。


 ――走り続けた私は、人が扉を開けている所の隙間を抜けて、儀式の間に辿り着いた。
 ここはハイネさんに最初に連れてこられた場所だ。部屋に飾られた国旗を始めとした荘厳な雰囲気に気圧された事をよく覚えている。
 だが、今は違う。


 猫の私は、この国旗を見ているとどこか毛の逆立つような心地がする。
 ベルリッツ国の国章に書かれた盾は、この国の民全員を守るという意味を持つらしい。
 それは、現実には即していない。
 アーサーは国民を必死に守ってきているのに――、自分は守られていないじゃないか。
 平民だけじゃなくて、近い位置にいる貴族達ですらアーサーを守ろうとはしていない。
 何より――アーサー自身が自分自身の人生をどこか諦めているようだ。
 私はそんな世界が許せなかった。


 胸の中に渦巻く怒りのせいで、身体に熱が漲っている。
 それに加えて、目の前の国旗が、猫の本能が疼くようなヒラヒラな布である事も加わり――。
 私は、国旗に向かって一直線に走って、飛びかかって、上から爪でザーーーーッと引っ掻いた。
 この生地は爪のケアに丁度いいようだ。私はバリバリバリバリと国旗で爪を研ぎ続ける。そのうちに国旗はビリビリと生地が破れ、バランスを崩して飾られていたところからはらりと落ちてきた。


「あーーー!国旗に穴が!」
「国宝が!」
「なんて事をしてくれたんだ!」
「うわあああああ」


 追手が部屋へと辿り着くが、壊された宝の方に注意が向いたようだ。私を追っていた筈の足は止まって、破壊された国旗を呆然と眺めている。
 彼らを置いて、私は目的の相手を探して走り続けた。


 ――見つけた。
 アーサーは森の見えるテラスに繋がっている部屋のソファに座っていた。その近くのテーブルには緊急時に魔力補給をする用の栄養剤と、印の付けられた地図が置いてある。今しがた発生した災厄から一時撤退した事が伺えた。
 部屋に忍び込んだ私は、アーサーの見ている地図にごろりと寝転んだ。
 疲れた顔をしたアーサーが、私を見て驚いたように目を開く。


「……王宮に、猫が?君は、俺が近くにいても平気なのか」
「うー」
「……クロードと同じ種族か。いや……」
「なうー」
「……。ミーシャ、なんだな?」
「にゃあー!」
「……俺の事を、心配してきてくれたのか」
「みゃあみゃあ、みゃー」


 飛びついてきた私を抱きしめてじっと見つめてくるアーサーに、私は全力でスリスリした。それと同時に心から湧き上がる何とも言えない怒りもあって、私はアーサーの胸を二本の前足でずりずりと柔らかく攻撃する。
 アーサーの目には隈が出来ていた。
 王宮から消えた私を案じていたのか、災厄の始末が上手く行かずに心労を募らせていたのか。恐らく、その両方だろう。
 アーサーの苦しみを和らげたいと思って、結局彼の心労を増やしてしまった。私は、そんな自分が嫌だった。
 だが――、これからは、違う。



 私は、クロードによって姿を変えられてしまった。
 猫になって、心も獣に近いものになって……。
 ――でも。
 私は、それでも満足だ。
 これでアーサーが晴れて猫と一緒に暮らせるようになる。
 もう誰にも文句は言われないはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました

富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。 転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。 でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。 別にそんな事望んでなかったんだけど……。 「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」 「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」 強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...