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36 ミーシャの電池切れ
しおりを挟む今回の災厄は異常気象の形で国を襲っていた。
尋常でない大きさの竜巻と、暴風と大雨――、前世に生きていた頃の台風が更に大型になったような様相だ。竜の群れが攻めて来たときのような、被害者を増やさない為に一刻を争うような状況ではなかったからか、アーサーは一度王宮に帰還したのだろう。
だが、今回は災厄の種が大きく根を張っている。しかも竜相手と違って災害が相手なら軍人たちが災厄を倒す事は出来ない。軍人たちは民を避難させる事は出来ても、災害そのものを終わらせる事は出来ないのだ。
だから――私が終わらせに来た。
「――殿下」
「……!み、ミーシャ……!?ど、どうしてここに……」
地図で示された災厄の発生した土地へと向かった。空を経由して来たからか、アーサーが到着するより前にここに辿り着いた。思わぬ場所で私に遭遇したアーサーは驚愕の表情をしている。彼は軍人と分かれて今は一人になっているようだ。
そんなアーサーに私は耳打ちする。
「殿下。確認させてください。災厄の巣の場所はおわかりですか?」
「災厄?……あ、ああ。場所自体はわかっている。だが、俺一人の魔力だと災厄を律しきれず、今も天候はこの有様だ。休憩して魔力を回復させつつ、何回もここに来て災厄を除去するしか……」
「殿下。……それよりも早く終わる方法があります」
「……?なっ!?」
私は魔力を集中して、掌に結集させるようにした。
太陽のような強い輝きが辺りを照らす。
「……これは……対災魔法か?どうして、君が……」
アーサーは私の輝きを見つめながら、困惑したように瞬きをした。
「……君も神と契約を交わしたという事か?君も、大切な何かを奪われてしまった……そういう、事なのか……」
「違います。私は殿下とは違うやり方で力を貰いました。――殿下。今こそ、貴方を助けさせて下さい」
「――!」
「殿下。私はずっと貴方を待つばかりでした。ですが、今の身体なら貴方と共に戦えます。――力を合わせましょう!今は、私の言葉を信じてください!」
「…………。ああ、わかった――」
アーサーと私の手が重なった。光は更に強大になり、その弾丸を災厄のコアに向かって放つ。
災厄と対災魔法がぶつかって、雨と風の暗い影に火花が散り――
やがて、輝きが満ちた。
災厄が払われた結果、異常天候が止まり、太陽が再び姿を現したのだ。
大雨で濡れた大地にオレンジ色の光が降り注いで照らしている。軍人たちや救助民も歓喜の声を上げていた。
その様子を見つめているアーサーが、深く息を吐いて呟いた。
「……まだまだ継続して救助を行う必要はあるし、荒れた大地を元に戻す必要もあるが……、一先ずこの場は収めたか。ミーシャ……、君のお陰だ。ありがとう」
「……、ええ。殿下……やりましたね!」
私は破顔してアーサーに答える。
彼は何かを憂いているような、難しい顔をしている。私達が変えた空のような、晴れ渡る笑顔をそこに見る事は出来なかった。
……。
あれ?
どうも、私の期待してた反応とは違うような……。
私自身が猫になれるようになった上に、私も戦いに出られるようになったなら、アーサーは喜んでくれると思ったのに……、魔力も大幅に上昇すると思ったのに。
前みたいにアーサーの魔力が上昇する気配は無かった。
猫になってからずっと高揚していた意識が萎んでいくのを感じる。
――アーサーの力になれると思ったから、早く今の姿を見せたいと思ったのに。
アーサーの中で情熱が醒めてしまったのだろうか。猫の事も、私の事も。
……もう、私が彼の力になれる事は無いんだろうか。
肩を落としてアーサーを見つめていると、彼がぽつりと呟いた。
「…………。民を助けてもらった事には感謝しか無いが……。こういう事は、これきりにして欲しいものだな……」
「――?」
「君は今、俺と同じ災厄を祓える力を持っているらしいが……。力を持つと危険も伴うものだ。ミーシャ……君には平穏な場所で生きて欲しいんだ。俺が役目を終えた時に、戻って迎えてくれる存在であって欲しい……。だから、君の変化を歓迎する事は……俺には……」
アーサーはどこか苦しそうな表情で俯く。魔力が上がるところか、萎んでいくような感じもする。
そんな彼をなんとか励ましたくて、私は必死に言葉を連ねる。
「……た、確かに。家に大事にしている猫がいるとしたら、勝手に脱走されてはたまりませんものね。そういう……アレですよね!実際にそんな事になったらどうしますか?ハイネさんにも協力させて、ベルリッツ中に捜索願を出すようにする、とか……」
「……いや。今は空想の話はよそう。猫役の話は、今は置いておいてくれ。ミーシャ。……俺は、君がいなくなったらと思うと……」
「……、…………」
「……ミーシャ。ミーシャ……?」
獣人の眷属にされて頭がハイになっていたのか、長い事魔力放出しても平気だったけど……。
災厄を収めてから暫くすると、どこか身体の熱がゆっくりと落ち着いていくようで、
今までの活動分の反動がどっと返ってくるようで……。
私はゆっくりと目を閉じ、アーサーの腕に身を預けた。
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