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41 エピローグ① もふもふは希望である
とある日。
私は今、王宮の大部屋にいる。
中には専門書の置かれた本棚や茶器の置かれた机、複数の椅子にクッションが置かれ、一人で楽しむも良し、誰かと団らんするも良しという場所になっている。今までは各々の個室を使われる事が多かったからか、設備が整っている割にあまり使われる場所ではなかったらしい。
今では、とある理由から人がよく訪れる場所になっている。
「クロード、大分爪が伸びてきてるね。爪切りしないと。こっちに来て?」
「んなぁ~」
私は黒と白の長毛の猫を抱き上げ、椅子に座る。モッフリとした身体は以前森に住んでいた時よりも肉が付いたような気がする。ここは広いから運動に向いていると思っていたけど、やはり室内にばかりいると外にいるよりも太るものなのだろうか。今はまだまだ大丈夫そうだけど、これから王宮で過ごす上で太りすぎないようによく見ていないと。
そう、クロードは紆余曲折あって王宮で過ごしてくれる事になったのだ。
私が王宮の物を破壊してアーサーから処置を言い渡された日から、私は王宮で過ごす事を義務付けられる事になった。元のように村や街に自由に降りていく事は難しくなったのである。
同様に人の同行なしに森に行く事も禁じられたので、クロードに会う事も少なくなった。
クロードは痺れを切らしてある日猫の姿で王宮に忍び込み、私に会いに来たのだ。
ミーシャを王宮から出さないなら自分がここに住み込む――そんなふうに主張した。
以前騒ぎになった事もあり、クロードを自由に遊ばせないようにどこかに幽閉しようという声もあがった。だがアーサーが鶴の一声でその声を封じ込めた。
――彼はもとはといえば私の為にここに連れてこられたのだ。王家の為に連れてこられたものを都合が悪くなったから幽閉しようというのは人道に反するのではないか。
――彼はミーシャに会いにここに来ているようだ。ミーシャと一緒にいる時、彼は問題行動を起こさない。だから好きにさせてあげてほしい。
――それに、猫というものはいくらいてもいいものだ。ここで過ごさせても問題ないのならば、ここで気ままに過ごすようにしてあげたい。
アーサーの説得を聞いて、王宮の臣下たちは納得したようだった。何より、猫のクロードを見つめているだけでアーサーの魔力が高まってほわほわとした光を放っているところを臣下が目撃したという事が決定打になった。国を守る為ならば――という事で、クロードが王宮に出入りする事を許されるようになった。
クロードは私のもとに来ては、撫でろと要求してきたり、反対に私の髪やら身体やらをもみもみしてマッサージで癒やしたりしてくれる。アーサーに引き合わせた日から、心なしか以前よりも接触が増えたような気がする。
私が王宮にいられず外出する事もあるから、クロードがずっと私だけに懐いているという状況が続くのはよろしくないのだけど……。
私はクロードの今後の事を考えながら、ゆっくりと爪を切っていく。途中で身を捩ったりして中々思うようには切らせてくれなかったけれど、宥めたり一つ爪を切るごとにふんだんに褒めるようにして、最後まで切る事に成功した。
「これでよし。最後まで我慢してくれてありがとう。クロードは強いだけじゃなくて、辛抱強い所がとてもいいと思うよ」
「ぬうん」
当然といった様子でクロードはご満悦そうに喉を鳴らしている。そして、自らのお腹をすりすりとさすって何か言いたげにしている。
……そういえば、そろそろご飯の時間だ。
私は部屋の戸棚から猫用のフードを取り出して、クロードのご飯の準備をする。
この部屋はクロードがよく居着くようになったため、猫用のフードも常備されるようになった。
ここは広々としている上に本棚や椅子が置いてあるため、猫にとっては運動にいい場所なのだ。本棚のように高さがあるものがあると、猫は飛び乗って上下に運動しようとする。前世で本を読んだ時にそう書いてあったから、私はここにクロードを連れてくるようにした。クロードも気に入ってくれたようで、ここを根城にしてクッションに埋もれて眠ったり、床を走り回っている事が多い。今のところ私の狙いはうまくいっているようだ。
満足そうにご飯を食べるクロードを見つめながら、私はそっと立ち上がり、移動しようとした。
クロードがじとっとした目でこちらを見つめてくるが、自分には用事がある、後でまた遊んであげるから――と説得をした。仕方ないという風にクロードは再びご飯の入ったお皿に専念する。
私はゆっくりとクロードから離れ、大部屋の扉を開けた。中の様子が見えるように扉の傍で待機して、私はクロードの様子を見る。
クロードがご飯を食べ終わった時、ゆっくりとクロードに近づく人影がある。
「クロード様。ご立派な食べっぷりでしたわ。では、わたくしと食後の運動と洒落込みましょう」
リズリーが微笑みを浮かべて猫用のおもちゃを両手に携え、じりじりとクロードに詰め寄った。
「なぁぁ~!」
「あっ、クロード様!」
食後ゆっくりする時間を邪魔されたクロードは気を悪くしたのか、くねくねと身を捩らせてお世話をしようとするリズリーの手から脱出した。そしてこちらへと猛ダッシュして来る。
――ここでクロードを甘やかしたら、ずっと私にしか懐かなくなってしまうかもしれない。
私は心を鬼にして近くの小部屋に入り、扉を閉じた。部屋の外のクロードは困惑したようににゃあにゃあ鳴いていたが、やがてその声は遠ざかっていった。別の部屋を目指して走り出したようだ。
……クロードの機嫌を損ねてしまった。後でたっぷりケアをしてあげないといけないかもしれない。
私はそっと小部屋から出て、大部屋へと戻っていった。
リズリーはさっきの場所から動いていないようだった。先程までクロードがいた所を見つめてため息をつく。
「……ふう。クロード様のお世話に早く慣れるようになりたいのに、逃げられてばかり……。残念ですわ。アーサー様の為にも、もっとクロード様を美しくしたかったのに……」
「致し方ありますまい。私もクロード様のお世話を幾度か試みておりますが、何故だか避けられ、逃げられ、唸られてばかり……。クロード様は殿下とよく接しておられますが、それでも心なし距離を取っている様です。殿下の側近である私にも嫌なものを感じているのかもしれませんな……」
「むう。わたくしもハイネ様と同じく、クロード様に距離を置かれているようです。これでは、いつまで経っても仲良くなれないのでは……」
リズリーは少し落ち込んでいるようだ。
そんな彼女を物陰から見ていて、私は思案した。
そして、自身の魔力を研ぎ澄まさせて――私は人間の姿から変化し、そのまま部屋の中に向かう。
「にゃあー」
「あら、ミーシャ様!」
「ミーシャ様……何故に今変身を……はっ。……これは我々が練習として触れてもいいということですか。そう認識してもいいですな!」
私が尻尾をくゆりと動かして首肯すると、二人は笑みを浮かべて私をモフモフモチモチナデナデしてきた。リズリーの細い指とハイネの骨張った指が代わる代わる私の首を、喉を、耳元を、優しく撫でていく。
ここまで猫にデレデレになるのは、何もこの二人だけではない。
今までは王宮で愛玩動物を飼う事は全面禁止されていた。だがアーサーは自分の呪いの詳細を伝えた上でその禁止を撤廃したのだ。
動物が王宮の中にいると物が破壊される危険性があるが、価値の高いものはケースに入れて触れられないようにしたり、猫が近づけないようにする工夫をしている。ケースに入れる事で劣化も防げるからと、意外にも職人には好評のようだ。この王宮の改修は、リズリーが積極的に動いて色々な人に話を通すようにしてくれたらしい。
今のところ王宮にいる愛玩動物は、クロードと私だけだ。
そして、今まで身近で猫をあまり見てこなかった王宮の人間たちは、慣れない猫の所作に一際注目するようになった。
端的に言えば、猫のかわいさに心を奪われてしまったのだ。
だが、皆猫に慣れていないからか、うまく接する事が出来ずに落ち込む者も多くいる。特にクロードは思うがままに行動しているからか、中々思いのままに愛でる事が難しい。そんな時に私が出動して、猫の姿になるのだ。
アニマルセラピーという言葉がある。動物と触れ合う事で癒やしの効果や活力を得られるようになる療法の事だ。
これまで、ベルリッツの王宮ではその概念が浸透していなかった。動物をみだりに王宮内に持ち込むと危険だという事もある。
だが、私とクロードはある程度理性を保ったままに猫化する事が出来る。
よって、今の私は王宮のセラピストとして働いているのだ。
庇い切れない罪を犯してしまった私に、ハイネさん達が特別な役職を与えて居場所を作れるように取り計らってくれたのだろう。
私は独自の技術を身に着けて生活出来るようになりたいと以前から考えていた。だから、紆余曲折あったけれど、こうして居場所が出来た事には安心している。
ブラッシングの練習も兼ねているのか、リズリーとハイネさんの二人はブラシを持って私を丁寧に毛繕いしていった。自身の体毛がツヤツヤになっていくのが肌感覚でわかり、私は気持ちよさでゴロゴロと喉をならした。
……しかし。
時間が経つにつれ、私はクロードの肩を持ちたくなった。
二人の私を撫でる手はちょっとしつこ過ぎる。いくら猫がかわいくて撫でたくて吸いたいとしても、無遠慮にやり続けることはよくないのだ。
「ふむ。リズリー様、どうですかな。このまま浴場に行ってミーシャ様の身体を洗う練習をしてみるというのは」
「まあ!流石にそれは聞き捨てならないですわ。ミーシャ様は今はこの姿でも女性でしてよ。ハイネ様がそのような触れ合いをするのは許されないでしょう。ミーシャ様はわたくしにだけ身体を洗われたいですわよね?身体が冷えてしまうでしょうから、よければそのあとはいっしょに寝て温めてあげましょう……」
二人の話す声を聞いて、私はふるふると首を振った。ハイネさんだろうがリズリーだろうが、誰が相手であろうと風呂はいやだ。人間の頃はお風呂が好きなのに、この身体になると毛を濡らすシャワーが天敵のようにおぞましいものに見える。
私は、身をよじよじしてするんとリズリーとハイネさんの手から逃げ出した。
「あ!」
「ぬう……今回はここまでということでしょうか。次の機会を楽しみにしたいものですな」
「遊んできて身体を汚したなら、いつでも私のところへ来るんですわよー!」
二人の声を聞きながら、私は移動を続けた。
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