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42 エピローグ② アーサーに捕まる訳には…
しおりを挟む私は廊下を走って移動し、当て所も無く王宮の中を彷徨う。
猫は住んでいる場所のパトロールを日課とするらしい。猫になった私にもその性質は備わっている。どうも、猫に変身している時は獣としての思考が色濃く出るようだ。
私の職務の一つは猫として彷徨う事で王宮の人々に癒やしを与える事である。だが、そんな職務が課されていなくても、恐らく私は王宮内の散歩を日課としただろう。
ここにはきらきらなものが沢山あって面白いし、人もいっぱいいる。
時々誰かに構って貰うのだって悪くないと思っている。
ただ一人を除いては……。
「ミーシャ」
その声を聴いて、私はぎくりとする。
その人物はテラスのある部屋にいた。職務が一段落ついたのか、リラックスした服装をして休憩しているようだ。物陰にいたから気が付かなかった。
私はくるりと踵を返して走り去ろうとする。
だが、私よりも彼――アーサーの方が早かった。
長い脚で踏み込んで、アーサーは私の正面に立ちはだかってくる。
アーサーとこうして暮らすようになるまで、紆余曲折あった。
私はクロードの眷属になったので、アーサーのように災厄に対処出来るようになった。
だから、初めは災厄と戦う事で罪を償おうとした。
だが、話し合いの末に私の考えは却下された。
何故かというと、私が危険区域に行くとアーサーの魔力が下がるからである。
どうしても無事かどうかが気にかかって、集中出来なくなってしまう――と。
アーサーの魔力低下の問題が解決したのに、また新たに災厄討伐の妨げになる事を増やすのは避けたい。
という訳で、私が無理に災厄討伐の場に行くよりも、王宮で猫として癒やしを与えて回る方が皆の為になる。そういう結論になった。
当初のアーサーは、ミーシャは一日自分のもとへいるべき――と主張したが、それは却下された。ミーシャは特定の人間ではなく皆によって監視するようにした方がいいと反対を受けたのだ。
私自身は口を挟めるような立場では無かったが、私もその決定にほっとしていた。
以前に悩んでいた事もあって、アーサーとずっと一緒に過ごすのは、ちょっと……気が重い。
猫になった私は割と人懐っこくなっているのにも関わらず、アーサーとは一緒にならないようにしないと――という気持ちは強固に持ち合わせていた。
そう思って、私は主にクロードにアーサーと一緒にいるようにお願いしていたし、アーサーと王宮で鉢合わせしそうになった時は回避するようにしていた。
今回は偶然遭遇してしまったけれど、まだ間に合う。
余程気が惹かれるような事が無ければ――。
「ミーシャ」
「……みゅっ」
逃げようとした私の前に、アーサーが懐からあるものを取り出した。
おもちゃ――だ。
棒の先端にしゃらりと美しいリボンが数本結んである猫用のおもちゃがそこにある。
真顔で私を見下ろしたアーサーは、あろうことかそれを振り始めた。
アーサーの取り出したおもちゃは、ごくシンプルなものだ。
だが……。
なんという事だ。
アーサーのおもちゃさばきが――上手い。
目を離せない躍動感と、今すぐ飛びつかないとという焦燥感を駆り立ててくる。
以前契約していた時の振り方とは随分と違う。アーサーは長年本物の猫とは接する事が出来なかった訳だが、クロードと交流した影響で、猫に対するあやしスキルを格段に高めてしまったらしい。
――もういけない。
私はアーサーの振り上げたおもちゃにバッと飛びかかり、そのまま重力に従って彼の胸へとなだれ込んだ。
「……こんなにも前後不覚になると思うと、他の人間に対してもこんな風にべったりくっついていないか、少々心配になるな……」
アーサーはそう呟きながら、私の喉を指の腹で撫でた。ごろごろと喉を鳴らすとアーサーも満足そうな表情をする。
おもちゃさばきと撫でスキルで、猫の本能を目覚めさせられたが故か……。
アーサーから離れなきゃ、という私の懸念がどこか遠くへと消えていく。
人間の理性で考えた事など、この熱の前ではとても些末な事に思える。
猫になった私は、アーサーの長い指を堪能して目を閉じる。
アーサーは私の後ろ足を抱きかかえ、すっぽりと胸に包むようにした。
その上で、喉を、頭を、背中の毛を、優しい手付きで触っていく。
触るだけではなく、どこか感極まったように毛へと顔を近づけて深呼吸をしていたりもした。私はアーサーに吸われている。
顔の近くを吸われる事で、私はいかにも心地よくなって、喉を鳴らして顔を傾けて――。
――。
いけない。
私はアーサーからトッと距離を取って、そして目を瞑った。
――次に開いた時、私はアーサーと同じ目線に立っている。
私は人間の姿に戻っていた。猫の姿でいる時に掴まれていた故か、片腕をアーサーに掴まれて逃げられない状態だったが。
目の前のアーサーは驚いているような、少し寂しそうな顔をしていた。
「……ミーシャ。君が俺の事を避けているのは承知の上だ。だが、猫の君に対しての振る舞いも不愉快だっただろうか?それなら言ってくれ。クロードと接する際も気を付けるようにするから……」
「いえ、いえ!貴方に撫でられるのはとても気持ちよかったです。クロードもきっと満足すると思います。……ですが。その……」
「……?」
アーサーは影がある表情をするものの、私の腕を離してくれる訳ではないようだ。
それなら――もう、この際に伝えるべき事は伝えてしまった方がいい気がする。
私はアーサーに言葉を続けた。
「動物とキスをするのは衛生的に問題があるから控えた方がいいと、そう思いまして。人に対する接し方と猫に対するそれは別物なのだと、殿下には伝えないといけないと思いました」
「……俺に?」
「はい。殿下は――殿下は、前から人と猫に対する接し方を混同している事があると、私は思っていました。私と二人でいる時、様子がおかしくなると。特殊な環境下にいたから、判断を間違えているのかもしれないと……。だから、私達は少し距離を取った方が冷静な判断を出来ると思って、私は……」
「……ミーシャ」
なんとか説明を言い連ねているうちに、アーサーが私の言葉を止める。そして、一歩近づいて私の両肩に手を置き直した。
「は、はい!」
「……君をここに連れてきた時の事を考えると、どの口が言っているんだと思うかもしれない。だが、聞いてほしい。――今は、どうか猫の姿にはならないで欲しい」
「え?」
「……。きっと、君が言うような判断の間違いではないよ。或いは、俺が冷静な頭を失っているというのは――それはその通りかもしれない。だが、そうであっても構わない。
今一度伝えさせてくれ。ミーシャ。――俺は、君の事を愛している」
いつもは涼やかなアーサーの声が、今はどこか掠れていた。深い緑の瞳は潤んでいて、私を真っ直ぐに見据えている。
「触り心地が猫に近いからではない。災厄を祓える力を持っているからでもない。君は限られた生活の中でも強かに生きて、そして俺にも希望を与えてくれた。そんな君に惹かれた。ずっと、そう伝えたかった」
「…………」
「……ミーシャ。これからも俺と生きて欲しい。俺と共にあって欲しい。受け入れてくれるだろうか?」
私は目の端に涙を滲ませながら、アーサーの言葉に頷いた。
アーサーがゆっくりと顔を近づけてくるのを、私は目を瞑って受け入れた。
ベルリッツ国の王宮には猫がいる。最初は皆戸惑っていたが、今は歓迎して猫を愛おしんでくれている。
アーサーが猫をこよなく愛している事も、皆の周知のものとなった。
だが、私とアーサーのこの触れ合いは、私たちだけが知っている。
今は、まだ。
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