15 / 33
15.知り合いと仕事場で会うのは気まずい②
しおりを挟む(気まずいわ……)
アルジェントに遭遇して、私は反射的にそう思った。
私は今、カフェの店員用の制服を着ている。そして店員として接客をしている。つまり、通常の生活からは離れた振る舞いをしているのだ。
知り合いを接客するとき、「こいつはキャラを作っているな」と判断されてしまうのはどうにも落ち着かない。
自分の同じ学年の生徒を接客したときも同様の気まずさはあった。
だが、マニュアル通りに仕事をこなすことが出来て、その生徒も通常の客としてマナー良く振る舞ってくれたため、その苦手意識はいつしか消えていったのだ。
だが、アルジェントが来店したことで、新たな緊張感が私を襲う。
何故かというと、私はアルジェントの心の声が聞こえるからで……。
店員姿が似合わないとか、立ち居振る舞いがなっていないとか、そういった意見が聞こえてしまってもおかしくはない。
「お一人様ですね。あちらのテーブル席が空いていますので、どうぞ」
だが、私はそんな不安に目を瞑りつつ、アルジェントを案内した。
仕事は仕事である。相手が誰であれ、同じように振る舞わなければいけなかった。
「メニューはこちらになります。本日限定のメニューはあちらのボードに書いてあります。お決まりの頃注文を取りに参ります」
「あぁ……わかった」
【……これはどういうことなんだ。何故ノエルがこの店で働いている。聞いていないぞ。しかもノエルがここの制服を着ると……、か、可憐だ。可憐で清楚で礼儀正しくて……、まるでクラシックメイドのようだ。……ノエルがメイドになった世界であっても、俺は家に迎えたい。オルビス家に……、いや。父親や他の者の目には触れさせたくない。俺だけの家でノエルといつまでも暮らしたい。朝も夜も一緒だ。彼女に働かせるだけではない、俺も彼女を労って暖かな家庭を作るんだ……】
(わ、私の店員としての印象は……大丈夫そう……と思っていいのよね?)
私が接客している間、アルジェントはいつものように無表情で対応していた。だが、彼からはずっと動揺しているような心の声が聞こえてきていた。
それも何だか、かつてない程勢いが強かった。
確かに、ここの制服は白いエプロンに暗いブラウンのロングスカートワンピースで、クラシカルメイド服によく似ている。どうも、アルジェントはそれに強い関心を示したようだ。
(アルジェント様は……メイドが、好きだったのね……)
バックヤードに戻りながら、私は静かに衝撃を受けていた。
メイドが好き……というよりは、メイド服が好き、なのだろうか。
だが、彼の妙な妄想からすると、メイドそのものも好きだったような……。
いや、彼の性癖について探るのはやめておこう。プライバシーの侵害だ。
「はぁ……」
「ノエルちゃん。ちょっといいかな?」
私がバックヤードでため息をついていると、二年の女性の先輩に話しかけられた。
「ノエルちゃん考案のメニュー、思ったよりオーダーが入ってるの。出来れば短時間で多めにストックを作っておきたいから、ノエルちゃんは臨時でキッチンに入って貰える?」
「わかりました。では、先輩はあちらのお客様のオーダーを取って頂けますか?」
「はいはーい。……あ、アルジェント様だ! ちょこちょここのカフェを利用してくれるけど、接客出来るなんてついてるわ。じゃ、行ってくるね」
先輩はどこか嬉しそうにホールへと向かっていった。
彼女はどうやらアルジェントのファンらしい。
(アルジェント様は学園内では氷の君として恐れられてる。でも、彼のファンは多い……。フィーナはそんなことを言っていた。このカフェの先輩がアルジェント様に憧れていても、まあ不思議ではないか)
私は焼き菓子の準備をしながら、頭の中でつらつらと考える。
(……でも、今までと違うのは、アルジェント様がメイド服……というか、このカフェの制服が好きということで……。つまり、先輩や他の人のことも、好意的に見ていてもおかしくはない。
というか、アルジェント様は時々このカフェに来るらしいけど、ここの制服目当てで来ているのかな? それは、なんか……なんというか……)
何故だろう。
私の中に、モヤモヤとしたものがいつまでも残っているような気がする。
お菓子を作るのは、ストレス解消にも有効らしい。
私は自分の中のモヤモヤを吹き飛ばすべく、焼き菓子作りに集中することにした。
++++
「ふう……」
今日は私が備品の確認を行った為、アルバイト先を出るのが最後になった。
バックヤードで諸々の作業をする必要があったため、あの後にアルジェントを接客することは無かった。
無心で焼き菓子を作ったこともあって、あの後は平常心で仕事が出来たから、結果的に良かったな――と思う。
明日以降彼が再びカフェに来ても、他の人と変わらずに接客が出来るだろう。
建物に鍵を閉めて、私は寮へ戻ろうとする。
「……あれ?」
裏口から数歩歩くと、そこに人影がいた。
アルジェントだった。
【良かった。中々出てこないからどうしたものかと思ったが、ノエルは今まで残っていたのか】
アルジェントの心の声からすると、彼はこの時間までずっと待っていたらしい。
私は少々罪悪感を抱きつつ、彼に確認する。
「アルジェント様。どうされたのですか。何か店の中に忘れ物でも……」
「いや、君に用事があったんだ。ノエルは、このカフェでアルバイトしている……その理解でいいか」
「はい。先日からアルバイトに応募しました」
「アルバイトを、辞めることは出来ないだろうか」
「えっ!?」
予想外の言葉に、私は困惑する。
……妄想の方向性はともかくとして、アルジェントは私が店員として働くことを認めたのではないかと思っていたけど、違ったのか。
どう答えるか迷っているうちに、アルジェントの声と、心の声が流れてくる。
「店でアルバイトをする生徒がいること自体は俺も把握している。だが、ノエルが優先すべきは一時の仕事よりも勉学だと思う。試験に備えるためにも、仕事は控えた方がいいと思うが……」
【その理由もある。が……それだけではない。
このままノエルを働かせていると、危険な気がする。
ノエルを不埒な目で見る生徒が増えるかもしれない。
なんなら、仕事終わりのノエルを待ち伏せする輩が出てくる可能性もある。
俺が守らなければ……】
(アルジェント様……、このカフェの制服が好き過ぎるばかりに、妙な心配をしているようだわ……)
アルジェントの心の声に対しては、他の人がそこまで私に惹かれるようなことは無いだろうから安心して欲しい――と言いたい。
王立学園の他のカフェの方が制服が可愛いと言われているのだ。店員目当ての生徒はおそらくそちらへ向かう筈だ。
だが、心の声に反応する訳にはいかない。
心の声を聞き流すように試みながら、私はアルジェントの言葉のみに答えるようにした。
「アルジェント様の懸念ももっともです。ですが、先輩方に例年の試験の対策について聞いたり、カフェで働くことでギフト課題の研究をすることが出来ているので、この仕事は勉強にも繋がると思っています」
「そうか……。……だが、試験の対策ならば俺でも教えられる。それに、ノエルにギフトが発現していないのは父親も了承済だ。その分の成績が付かないとしても、君の評価が下がるということにはならない」
「ですが、課題を出せるなら挑戦してみた方がいいと思いました。試験対策も課題も今のところ順調に進んでいるので、アルジェント様のお手を煩わせるようなことはありません」
「そうか……」
アルジェントは目を伏せて、暫くした後に呟く。
「……では、せめてアルバイトのスケジュール表を見せて欲しい。仕事が詰め込み過ぎでないか確認しておきたいからな」
「は、はい。私の部屋にはあるので、今度都合がいい時に渡します。一応、明日もカフェでこの時間まで働く予定ですが……」
「わかった。明日もこの時間に迎えに来るから、ここで落ち合おう」
その後、アルジェントに女子寮まで送ってもらった。
そして、私たちは解散した。
アルジェントと別れて一人になり、私はあることに気付く。
(……そういえば、この間会ったときに比べて、ギフトの制御がうまくいっていた気がする。途中からアルジェント様の心の声を聞き流すことが出来ていた……)
出会ったばかりの彼の心の声は不可避で聞こえてしまうが、それより後は聞かないように出来た。
……私のギフトの扱いが以前と比べてうまくなったのか、また別の要因があるかはわからないけど。
折角なら完全に心の声が聞こえなくなるところまで、ギフトを制御したい。
そんなことを考えながら、今度こそ自室に戻るようにした。
145
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる