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25.ノエルの話
しおりを挟む私は家で魔法の学術書を読んでいる。
その中でも、回復魔法の箇所ばかり目で追ってしまう。
(この回復魔法をオルビス家で寝ているお父様に使ってみたけど、治らなかった。私は回復魔法の専門家に比べたらずっと実力が低いんだ。
今からまた練習して、それでお父様が目覚めるかは怪しい……)
だから、本当は自分は他のことをやった方がいいのだと思う。
例えば、サーフィスとの婚約に備えて、彼の好みをもっと理解するのだとか……。
でも、私が今気になることは、意識不明の父親とアルジェントのことだ。
(アルジェント様は、私が意に沿わない婚約を何とかしようとしているみたいだった。それこそ、私以上に。そうする利点は、オルビス家には無いのに)
このまま私とサーフィスの婚約が成立すれば、オルビス家としては借金も返して貰えるし公爵家との繋がりも出来るのだ。いいことずくめだろう。
彼はそれを理解した上で、他に方法が無いか探してくれている……。
(そこまでする理由なんて、彼には無いと思うけど……)
昔の私ならば、アルジェントのようにしたかもしれない。まだどんなギフトが目覚めるかわからず、自分には未来があったと信じられたから、自分の望みを叶えようという気持ちもあった。
でも、今の私は、もう……。
(……いや。
思えば、私は自分のギフトが何かわかる前から、余計な望みを持つのはやめよう、と思いながら過ごしてきた気がする……。
私はいつからこうなったんだろう?)
ずっと読書をしていた私は息をついて、立ち上がった。
取るに足らないことと言えば、そうなんだろうけど。
アルジェントがあそこまで気にしてくれるなら、私も自分自身のことをもっと顧みてもいいのかもしれない――と思えたのだ。
歩いた先についたのは、家の端の部屋……物置部屋だ。
この部屋には、いつか使うかもしれない道具と一緒に、母親のものが置かれている。
彼女の生きた証だからと言って、父親が母親の私物を取っておいたのだ。
私はそのうちの一つ――母親の日記を取り出した。
(これを見るのは初めてじゃない。もっと昔……お母様が亡くなった後にも読んだはず。確か、その後だ。私が小説や本を読むのをやめて、家の役に立つようにしないと、と考えるようになったのは。内容については記憶が曖昧だけど……もう一度読んでみよう)
母親は筆まめな人だったので、綺麗な字で日々あったことが書いてある。
だが、読み進めるごとに段々とその内容が変わってきた。
今の母親は何を考えているかの記録や、未来における心配事などが日記のほとんどを占めるようになってきた。
これは、母親が病気で伏せっていたのも関係しているのだろう。
病状に加えて、家のことや父親のことが日記の文面に登場して……。
母親の娘――つまり私のことも日記に書いてあった。
『ノエルのギフトは未だに発現していない。せめてどんなギフトなのかわかれば、私がその制御方法について教えることも出来たのに』
母親が私のことを心配している文面を見ると、心が痛む。
病気で苦しい時期だろうに、私のことを案じている。
私は日記の頁をめくった。
『ギフトが発現しないとノエルは苦労するかもしれない。貴族社会だとどうしてもギフトの能力で判断される。
でも、ギフトは神の思し召しだから、私にはどうすることも出来ない。
お願いします。
ノエルがこれから成長する中で、何かに挫けて塞ぎ込んでしまったり、心を閉ざしてしまったり――そんなことが起きませんように』
その頁には、母親の祈りの言葉が書いてあった。
……そうだ。
以前に母親の日記を読んだとき、この文面にショックを受けて、私はそれまでの日々を反省したんだ。
私が遊んだり楽しんだりしているからギフトが発現しなかったのかもしれない、それで病床に伏せった母親をなお苦しませてしまったのかもしれない――と。
私は楽しいことを封印しないといけない。
そうすればいい結果が待っているだろう。
そんなふうに考えていた。
(でも……。
改めて考えると、本当にそうなのかしら。
私の周りの人たちは、皆自分の趣味を大事にしていて、その上で周りの期待にも応えていた……)
今の私は、自分の趣味に同級生を巻き込んでいたフィーナや、心の中ではお喋りなアルジェントのことを知っている。
それに……私だって、そうだ。
学園で優秀な成績を収めることが出来たのは、借金を返すためだけじゃなくて、アルジェントに良く思われたいという気持ちもあった。
多分、その気持ちが無ければここまで結果を出すことは出来なかっただろう。
(やるべきことだけじゃなくて……自分自身の好きなことも、大事にしていいのかもしれない)
私はじっと日記を見ながら、そう思った。
母親が願っているのは、娘である私が優秀なギフトを貰って欲しいとか、そういうことでは無い。
母親は、私が前向きに生きて欲しいと願っていたんだ。
私は日記を閉じて本棚に戻して、息をついた。
そして立ち上がって歩き、キッチンへと向かう。
いつかは婚約することになるだろうと思っていた。
でも、私は……実は、心の中で色々と条件を付けていた。
相手は尊敬出来る人がいい。
私の努力を認めてくれる人がいい。
孤児院の子どもたちに、私は幸せに暮らしているから、あなたたちも大人になったら楽しい日々が待っているよって――そう言えるような人と一緒になりたい。
「このままサーフィスと婚約することになるのは、嫌!」
一人で自分の心情を口にしてみた。
――なんだか重苦しかった心がすっと軽くなった気がする。
嫌とはいえど、孤児院の子どもたちの生活を保障するためには、婚約は避けられないかもしれない。
でも、まだ正式に婚約が決まった訳ではない。
それなら――今までやってこなかったことも試して、足掻いてみよう。
私はキッチンのポットの中から、あるものを選んだ。
それを鍋に入れて、水と共に湧かす。
数分煮詰めたものを、予め紅茶を淹れておいたカップの中に入れる。
そして、ひとくち味わってみた。
「あっ、甘い……、ケホッ、ゴホッ」
少々咳き込みながら、私は作ったものを必死に口の中に入れていく。
私が取り出したのは、砂糖だ。
食事は何でも食べるけれど、私が特に好きなものは、甘いもの。
今まではギフトの力を抑えるために自分の苦手なもの――苦いもの――を煎じて薬にしていたけれど、やり方を変えてみた。
ギフトの力を強めるように、自分の好きな味を煎じるようにしたのだ。
父親が倒れてから、自分で治せないか回復魔法を練習してきたけど、効果は出なかった。
これから私の回復魔法の腕が上達する、というのも考えづらい。
でも、私が今までほとんど鍛えようとしていなかった魔法がある。
私のギフトだ。
今までは、アルジェントの心の声を聞かないようにしたり、ギフトの力を抑えるために薬を飲んだりと、魔法の効果を無くすようにすることばかりしていた。
でも、もしかしたら。
ギフトの力を強めるようにしたら、今までとは違う効果が起きるかもしれない。
例えば、アルジェントだけじゃなくて他の人の心の声も読めるようになるとか。
実は父親の治療方法は誰かが既にわかっているけど、でも黙っている……そんなこともあるかもしれない。
でも、この力で状況を打開することが出来るかも。
心の声を聞くギフトを持った人間も、その周囲も破滅したって歴史の本を読んでから、ずっとこの力に向き合うのが怖かったけど……。
このままだと、どちらにしろ私は意に沿わない生活を送ることになる。
なら、自分の出来る範囲で抗ってみよう。
「……はぁ、はぁ……、飲めた……」
砂糖を煎じた薬を全て飲みきって、私は椅子に座って深呼吸をする。
今は一人で家にいるだけだから、効果を確認するためには他の人のいる場所まで行かなければいけないだろう。
【やっと仕事を終えることが出来た。ここからは自由に動ける。さて、どうするか】
(……!?)
脳裏に聞こえてきた声に、私はばっと顔を上げる。
家の中を見回してみたけど、傍には誰もいない。
(今まではアルジェント様が近くにいないと彼の心の声が聞こえなかったけど、力を強めた結果遠くにいても聞こえるようになったということなの……? なんだか、想像してた効果と違うわ……)
今まででもアルジェントの内心の自由を侵していた罪悪感はあったが、遠くにいても彼の様子がわかるなんて、いよいよ彼にはプライバシーも何もない気がする。やはりギフトの力は抑えておいた方が良かったのか――と私は思う。
【「そうだ。ナーデル山……あの場所に行けば、そして精霊に会うことが出来れば……」】
(……?)
アルジェントの心の声に、私は内心で首を傾げる。
……なんだろう。
アルジェントは、どこかに行こうとしている?
そして、次に聞こえた声に、私は驚く。
【「ええ、僕も行きましょう。ナーデル山の門はいつもは閉ざされていますが、僕には研究者としてあの門を開ける権利がある。アルジェントくんの魔力を鍛えるために行くことを許可しましょう」】
「……えっ」
思わず、声が出てしまった。
再び今の声が聞こえないか精神を集中させてみるけど、もう何も聞こえなかった。
一人部屋に佇みながら、私は先程聞こえたことについて考える。
(今のって、アルジェント様と……ヘルムート先生よね?)
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