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26.本当の力
しおりを挟むギフトでヘルムート先生とアルジェントの声を聞いた後、私は念のためにオルビス侯爵に連絡を取った。
学園に関わることで確認したいことがあるから、二人と会うことは出来ないか、と。
だが、二人は何日か家を空けるらしい――という回答が返ってきた。
今までの私だったら、二人の外出には口を出さなかったかもしれない。
でも、私は気になって気になって仕方なかった。
心の内側から突き動かされているように、行かなければ――という気持ちが頭から離れない。
北の方にナーデル山という山がある。
険しい地形をしていて魔物も多く生息し、入り口は門に覆われていて関係者の許可がないと簡単には入れない。
その分奥地にたどり着いたら様々な恩恵がある――そう伝えられている。
この世界の人里離れた場所には精霊がいる。
神の力を渡され、自然の中でひっそりと生きているのだという。
ふつうの人間は精霊とは会わないままに一生を終えるが、魔法の研究者の中には精霊に会って魔法の神髄を掴もうとする者も多くいるらしい。
精霊に魔力を渡されたら一時的に魔法の力が大幅に強くなるのだという。
アルジェントがナーデル山に行こうとしているのは、恐らく私のためだ。
アルジェントは他の専門家たちと同じく、私の父親の意識不明を治そうとしてくれたらしい。
だが、今も父親は目を覚まさない。
だから、精霊に魔力を渡してもらって、彼のギフトの力と合わせて回復魔法を試そうとしているんだ。
本来、専門家であるヘルムート先生と魔法に長けているアルジェントが一緒なら、私が心配するような事態にはならないかもしれない。
――でも、何故だろう。
私は不安で胸が軋んでいた。
暫くはギフトの力で家にいても二人の声が聞こえていたのが、ぱたりと途絶えたからかもしれない。
(何も無いなら、それでいい。でも、なんだか気持ちがざわつく。
二人に会いに行こう。
アルジェント様に会えたら、私のために無理はしなくていいって伝えよう……)
父親が意識不明になってしまった上、危険な場所に行ってアルジェントにまで何かあったら私は耐えられない。オルビス家にも申し訳ない。
ギフトの内容を伝えることは出来なくとも、自分には実はギフトが備わっていて、当主を継ぐまでに父親を治せないか色々やっているということは伝えてもいいだろう。
私はナーデル山を目指すことにした。
++++
この世界には魔法を用いた様々な道具がある。
そのうちの一つ、緊急避難用の魔道具を持っていくことにした。
(自然の中に入ると、どんな危険が待っているかわからない。私が倒れたら孤児院の子たちも路頭に迷ってしまう…。命の危険があったときは、この道具で街に脱出することにしよう)
この魔導具は、近くの街の特定の座標に即座に移動する事ができるものだ。
万一のときのために家に置いてあったものだが、それを持ち出すようにした。
ナーデル山の最寄りの街はのどかな場所だったが、そこから山へ徒歩で移動するにつれて、静けさが増していく。
ちょっと登山に挑戦してみたい、と思うような人はいないようだった。
(それはそうよね。あの山は普段は門が閉ざされていると聞くから、ふつうの人は用事がないもの)
やがて、山の入り口に到着した。
入り口には鉄で出来た門があるが、今は開いている。
私が聞いたヘルムート先生とアルジェントの声の内容は本当だったんだ、と思った。
(なら……どうして二人の声は聞こえなくなってしまったんだろう。
やっぱり、二人に事故か何かが起きて、意識不明になってしまったの?)
嫌な想像をしてしまって、胸が痛くなる。
早く二人の場所を確認して、救助したい。
だけど、ここからは手がかりが無い。どうやって探せばいいのだろう……?
『あなたの目的の相手に会いたいなら、近道が出来る場所があるのよ。私の道案内の通りに進めばいいわ』
「……!?」
突然近くで聞こえた声に、私はばっと振り向いた。
人がいるのかと思ったが、そうではなかった。
声が聞こえた場所に、光の球が浮いている。
ダイヤモンドダストのようにきらめくそれは、私に近付くとほんのりと暖かい。
冬の山から外気はとても寒いのに、光の球の周りだけは暖かいのは不思議だ。
私は自分の周りをふよふよと漂う光の球を見つめながら呟く。
「あなたは……」
『精霊、ってご存じない? ここは私たちの住処よ。ノエル、私はあなたを待っていたから迎えに来たの。やっとやる気になってくれたかって』
その言葉を聞いて、私はまばたきをする。
ナーデル山には精霊が住むという噂は知っていたから、私の前にそれが現れたというのにさして驚きはない。
でも、精霊の言葉には疑問がある。
「私を迎えに来た、って……? どうしてですか?」
『あなたに力を与えたのは私。でも、あなたはずっと力を使おうとしなかったから、もしかして必要とされていないのかしら、って思ってたの。
このままだと世界は大変なことになるかもしれないけど、それはそれでしょうがないのかなって。
でも、ようやくあなたは前向きに力を使ってくれた。『預言』の力を。あ、人間の間ではギフト、っていうのだっけ?』
「…………?」
私はその答えに沈黙した。
預言。
預言とは、神からの啓示を受け取るということ――だったはず。
「……あの。精霊さん。もしかして人違いをしているのでは? 私はそんなギフトは持っていないと思うのですが……」
『持っているでしょう。神の影響を強く受けたアルジェントの声をあなたは聞いた。それは『預言』の力よ』
「……えっ?」
アルジェントの名前を出す精霊を前にして、私は動揺した。
「よ、預言? 確かに私はアルジェント様の心の声を聞いていましたが……」
『彼のギフトは神の力を多く受けていて、とても強い。だからこそ、アルジェントの心次第で人間界は危険に晒されるかもしれない、と懸念されていた。
だから他の人間に危険回避のための力を与えようという話になった。
最近になって、アルジェントだけではなく他の人間の声も聞いたでしょう? あれは危険が迫ってきているからなのよ』
「そう……だったのですか? ……でも、その割にアルジェント様の心の声の全てが聞こえる訳ではなかったような気がするのですが」
私が聞いたアルジェントの心の声は、浮かれたような妄想が殆どだった気がする。
例えば彼が終始世の中への不平不満を漏らしていたなら、危険予知のための力と言われても納得が出来る気がする。だが、アルジェントの声は放っておいても問題なさそうなものが殆どだったと思うのだが。
『ああ。過去にすべての人間の心を読める力を渡したことがあるのだけれど、その人間は皆の声を聞いて、酷く人間不信になったまま人生を終えてしまったみたいでね。
その後にわたしたちの間で話し合って、次に似たような力を授けるときはもう少し現代に即したものにしましょう、ということになったの。
だから、ギフトの持ち主はアルジェントが強く思うことだけをキャッチするようになったのね。
強い気持ちさえキャッチ出来れば、ギフト暴走の前兆はわかるはずだから』
「そ……そうだったんですか……」
精霊の話を信じるなら、アルジェントが日々考えていることのうち、一番強い感情が恋愛に関する妄想ということになってしまう……。
……というか、私のギフトが危険回避のための力ならば、私がここまで隠す必要はあったのだろうか。
最初から他の人にも話しておけば良かったような気がする。
私のギフトが「危険のある人物の心の声を聞く」というものなら、物理的な防御や攻撃には役に立たないはずだ。
本来協力者を募って危険を回避する――そういう力なのだろう。
話を聞いた私が呆然としていると、精霊が言葉を続けた。
『本来、あなたが声をキャッチしてから、災害が起きるくらいの魔力になるまでには猶予があるはずなの。だけど今回はギフトの出力がかなり急激に上がっている。何らかの異常事態が起きているようだわ』
「……!」
私は、精霊に顔を近づけて聞く。
「私は、アルジェント様を探しに来ました。彼にはお世話になったから、彼に危険が迫っているなら助けたいんです。彼の場所を教えてください、お願いします!」
『ええ。人間に被害が出るだけじゃなくて、強すぎる魔力は私たち精霊も吸収してしまうからね。こっちよ、ノエル』
精霊は私のお願いを聞き入れ、私を近道だという洞窟まで案内してくれた。
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