猫のキミと暮らせば

竹笛パンダ

文字の大きさ
20 / 32

つつじ

しおりを挟む
 我と修氏のお茶会訪問は今でも続いている。我を待ちかまえるドライヤーにも慣れ、できるだけ毛を落とさないようにするための作法だそうだ。
 午前中は幾度も「おしんさん」と過ごし、話を聞いていた。
「猫君様、今日もご機嫌がよろしいようで何よりです。」
 なんて語り掛けてきた。我もおしんさんの隣で丸くなり、穏やかに話を聞いていた。
 周りから見れば、おしんさんは誰とも仲良くなれず、一人自分の世界に入ってぶつぶつと言っているという話を修氏からは聞いていたが、我にはこのおしんさんは、ちゃんと我に話しかけているのだ。
「猫君様、今日は我が家の仔猫の話をしましょうか。」
 フンフン、なかなか興味がある。
「このばばは老い先がもう長くはないと自分では知っておりますので、我が家に住まう白い猫の仔の行く末を案じておりましてな、それはもう可愛らしい仔で、まるでわたくしの話が分かるかのように、おとなしく聞いております。そう、ちょうど猫君様のように。」
 世の中には稀有なものもいるようだな。もちろん我もである。
 おしんさんはさらに続けて、
「昨年の春に、わたくしの孫の家で生まれた仔で、連れ合いを無くしてすっかりふさぎ込んでいたわたくしのもとに孫が連れてきたのです。」
 ああ、誰ともなじめずにいる状況では、気が紛れてよいのかもしれない。
「それからおよそ一年が過ぎますが、わたくしの話を黙って聞いて、私に語り掛けるようにすり寄ってくるのです。」
 よもやとは思うが、我のように人であった記憶を継ぐものとして猫になった……のか?
「このばばはもう、十分に生き、じい様のもとへ行くことにも何のためらいもございませぬ。しかし、あの仔を残して先立つことだけが、唯一の心残りなのです。」
 おしんさんはじっと我の顔を見て、こう続けた。
「あの仔にも連れ合いがあればと願っております。お許しいただけるのであれば、猫君様のような立派な御仁とともに、生きていくことを切に願っております。」
 あぁ、そうだろうな。可愛い仔を残して逝けば、心残りは当然であろう。主との絆が絶たれることは、何より悲しむことと思う。
「連れ合いを持つことは、とても意義深いものでございます。主人との時間は何事にも代えがたく、こうして一人になっても、思い出がわたくしを支えていてくれるものなのです。」

「おしんさん、お茶が入りましたよ。」と修氏が声をかける。
 ちょうど皆の体操の時間が終わり、休憩の時間となった。
 我はおしんさんを返り見て、こちらに来るように促した。おしんさんは杖を突き、ゆっくりと体を起こすと、皆が待つ茶の席に向かった。
 さて、ここからの我は大忙しである。修氏が、
「幸運を呼ぶ猫君様」と紹介したため、長老たちの間で我の背中はちょっとした争奪戦が起きている。

 猫君様の背中を撫でると、デートの約束が取り付けられたとの修氏のノロケ話が原因で、長老たちがおもちゃをもって遊んでほしそうにしている。
 我もまた、猫缶を報酬にいただいている以上は、その分はきちんと働かなければと心得ているため、愛想よく振るまい、長老たちの間を歩いている。ただし、偏りが出ないように、曜日によってすり寄る相手を変えているのだ。
 修氏はその様子を見て「さすがだねぇ」というが、そのように持っていく策士には言われたくない。
 意外にも修氏は「食えない男」であるな。
 一通り挨拶が済んだころに、皆は昼食の時間となる。我は用意された水を一気に飲み干すと一息入れ、カリカリを食べて腹を満たす。
 午後の長老たちの休息とともに我も一休みするのであった。

 午後のこの時間は、風呂に入る者、それぞれが思い思いの趣味を楽しむ者など、それぞれが自由に過ごす時間であるが、自らの活動を持たないものを集め、レクリエーションと称して皆で遊ぶことを始めたのである。

 我は椅子をぐるりと回したところに呼ばれ、その中で長老たちが足でボールを蹴飛ばして遊ぶのであるが、策士の修氏は、そこに我を登場させたのであった。
「それでは皆さん、これから楽しく運動をしたいと思います。ここにボールが2つあります。それを足でけり、ほかの人にボールを渡してください。」
 そう言いながら、椅子の輪の中で修氏が説明を始める。
「ただしルールは2つ、ゴロゴロと転がるボールで相手に渡してください。それから、この真ん中では猫君がボールを捕まえようと待ち構えているので、猫君につかまらないようにボールを回してください。」
 修氏よ、我は聞いておらぬぞ。元来猫は気ままであるゆえ、そのようなことに興ずるはずもなかった。しかし、その輪の中におしんさんを見つけたのである。一人孤独に過ごすことを良しとしていたあの老婆が、こうして人の輪の中にいる姿を見て、うれしくなったのであった。
 仕方がない、ここは修氏の策に乗ってあげようではないか。
「それでは、はじめます。」修氏の合図にボールが転がりだす。
 我も猫の性ゆえに、ボールにとびかかるが、二つボールがあるため、捕らえられそうなものを選んでいるうちに、長老の足元に届くとボールは向きを変え、再び転がっていくのである。
 修氏が「ヘイ、キミ。」と言ってボールを我の元へ転がし、我を挑発している。ここは長老たちの声援を受け、立ち向かってやるのだ。
 なんと、これは存外難しいものである。我は夢中になってボールにとびかかるが、そのたびに歓声が沸き、それはそれで気分良く、我も得意になってボールにとびかかる。
 およそ三分の後に、修氏から休止の声がかかる。我は一目散に水を飲みに行った。動きっぱなしの時間はいくら若い猫でもそう長くは続けられぬ。あとで修氏に文句の一つでも言ってやりたいのだか、あいにくそれはかなわぬことである。
 しばらくは我の代わりに修氏がボールを捕まえる役を買って出たが、かわいくないので長老たちも静かに運動をしている。長老たちの「猫を出せ」との無言の圧力に気後れしていた。
 仕方がない、我の出番であるなと再びボールにとびかかって遊ぶことにした。

 この時のおしんさんと我がボールで戯れる姿が写真となり、会報誌に載ることとなった。

 老いらくの 戯れに猫 かわいがり 我もと集う 人の輪の中

 修氏とは、このように人を喜ばせる者であったのか、なかなかの策士である。 
 茶会に集まる翁の笑顔は、見ていても穏やかになるものだ。おしんさんにも一緒に笑っていてほしいものである。
 ここは修氏の策に乗ってやろうではないか。我の看板猫の役割としては十分であろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...