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偽りの舞台
第25話 発起(2)
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子どもたちの学校が始まる日も近づいてきた。
アリスからは、学校でピアノを弾くときの服を頼まれていた。
「うーん、困ったわね。
女性の音楽家はこの国には少ないし……。
そうね、ソプラノ歌手のようなドレスはどうかしら。
あまり派手ではないすっきりしたデザインがいいわね。」
私は何気なく、アリスの話を基にデザイン画を描いていると、カイルがのぞきこんで、
「うわぁ、お母様上手。僕の服もこうやって描いてくださったの?」
「ええ、そうよ。初めはどんな服にするかこうして絵を描くのよ。
それから仕上がりをイメージして一枚ずつ絵を描くの。
それから大きな紙に書いて、型紙にするのよ。
型紙通りに切った布を縫い合わせていくと、服ができるのよ。」
「大変な作業なんだね。」とアリスも加わる。
「この前お母様がサラに作ってくれた服はね、とても評判がいいのよ。
他の侍女たちも欲しいって言うくらいだったから。」
「サラは女の子だから小さいのだけれど、大人用に大きくするのは、どうかしらね?」
「同じものを大きくすることはできないの?
そうすれば出来上がった服を渡せばいいのよ。」
「服はサイズを測って仕立屋が作るものよ。
型紙があるからできないこともないのだけど……でも面白そうね、ちょっと作ってみようかしら。」
この時代、服は仕立てて作るものだった。
平民は簡素な服を使いまわして着るのが一般的で、富裕層が着たものはその後古着として流通していたが、庶民にはこれも高価なものだった。
「もしも仕立てるよりも安く服が作れたなら、買ってもらえるだろうか。」
都市部に人が集まり、労働者も増えたこと、女性も働いている人が増えてきたことを考えると、今までのように家庭で服を作ることは難しい時代になっていた。
「そうね、アリス。試しにやってみる価値はありそうね。
上手くいけば私の仕事にもなるし、お針子たちを雇うことだってできるわね。」
私はこの構想を父に相談した。
「そうか、コレットにも商売に参加できるものがありそうか。
ならばやってみるとよい。
デザインの道具などは商会で準備しよう。」
「とりあえず今家にいる使用人の服を作ってみようと思うの。
大体似たような体形ですし、少し大きなものと小柄なものを作れば、それで足りると思うのです。
輸入品の布地を使えばそれほどお金もかからないでしょう。」
「ふむ、いいだろう。まずは使用人たちに着せてみて、よければ商品として店頭に並べよう。」
「ありがとうございます。私もいつまでもお父様に甘えてばかりではいられませんもの。」
「そうだな、いずれお前にも商売をと思っていたのでな。
成功を祈っているよ。
そうと決まればさっそくデザイン用品だな。」
「トーマス!」
ほどなくトーマスが部屋に来た。
「じつはな、コレットが服のデザインをしたいそうなのだ。
デザイン用の道具は揃えられるか?」
「ええ、もちろんです。
一部取り寄せもありますが、おおむね揃うでしょう。」
「では頼んだ。それからまずはこの家のお針子たちで服を作り、それを使用人たちに着てもらって感想を聞きたいそうだから、そのつもりでいてくれ。」
「それは願ってもないことです。
それでは仕立屋の店先のように、服を着せる人形も必要ですな。」
「うむ、それもいいだろう。布地の選択はコレットと相談するように。
服が安くなれば、これからの時代は、服は買うものに変わっていくだろう。」
父には商売人としての鼻が利いたらしい。
「それから商売となると、何か呼び名が必要だな。
どうだろう?
『コレットがデザインした服』というのがわかるものがいいな。」
「コレット・コレクションだから、頭文字で『C・C』はどう?
服の一部に、ブランドの証として小さな刺繍を施すのはどうかしら。」
「そうだな。それを店の従業員に着せて、客に実際の着用感を見せるのはどうだ?
それから店頭にも人形が着ているわけだな。」
「ええ、同じものが欲しいと思うでしょう。
同じ型紙で布地を変えて、いくつか色違いを作ってみようと思います。」
「それもいいだろう。ただ客層が広がらないな。
ほかにどんなものが作れる?」
「アリスの音楽会用にシンプルなドレスをデザインしますので、
それを大人用に作り変えてみようかと。」
「そうだな、それは貴族のご婦人に喜ばれる。
うちは貴族の屋敷にも出入りしているので、ちょうどアリスが音楽会で演奏を披露してから、同時に衣装と同じ服を、サイズを変えて売るのはどうだ?」
「それはいいですね、それではアリスにはもっと頑張ってもらわないといけないですね。」
「ああ、そうだな。皆が目標を持って生き生きとしておる。」
父の声は晴れやかに聞こえた。
カミルの一件からおよそひと月。
私たちは、カミルの遺志を胸に、
再起をかけた挑戦へと歩み出した。
アリスからは、学校でピアノを弾くときの服を頼まれていた。
「うーん、困ったわね。
女性の音楽家はこの国には少ないし……。
そうね、ソプラノ歌手のようなドレスはどうかしら。
あまり派手ではないすっきりしたデザインがいいわね。」
私は何気なく、アリスの話を基にデザイン画を描いていると、カイルがのぞきこんで、
「うわぁ、お母様上手。僕の服もこうやって描いてくださったの?」
「ええ、そうよ。初めはどんな服にするかこうして絵を描くのよ。
それから仕上がりをイメージして一枚ずつ絵を描くの。
それから大きな紙に書いて、型紙にするのよ。
型紙通りに切った布を縫い合わせていくと、服ができるのよ。」
「大変な作業なんだね。」とアリスも加わる。
「この前お母様がサラに作ってくれた服はね、とても評判がいいのよ。
他の侍女たちも欲しいって言うくらいだったから。」
「サラは女の子だから小さいのだけれど、大人用に大きくするのは、どうかしらね?」
「同じものを大きくすることはできないの?
そうすれば出来上がった服を渡せばいいのよ。」
「服はサイズを測って仕立屋が作るものよ。
型紙があるからできないこともないのだけど……でも面白そうね、ちょっと作ってみようかしら。」
この時代、服は仕立てて作るものだった。
平民は簡素な服を使いまわして着るのが一般的で、富裕層が着たものはその後古着として流通していたが、庶民にはこれも高価なものだった。
「もしも仕立てるよりも安く服が作れたなら、買ってもらえるだろうか。」
都市部に人が集まり、労働者も増えたこと、女性も働いている人が増えてきたことを考えると、今までのように家庭で服を作ることは難しい時代になっていた。
「そうね、アリス。試しにやってみる価値はありそうね。
上手くいけば私の仕事にもなるし、お針子たちを雇うことだってできるわね。」
私はこの構想を父に相談した。
「そうか、コレットにも商売に参加できるものがありそうか。
ならばやってみるとよい。
デザインの道具などは商会で準備しよう。」
「とりあえず今家にいる使用人の服を作ってみようと思うの。
大体似たような体形ですし、少し大きなものと小柄なものを作れば、それで足りると思うのです。
輸入品の布地を使えばそれほどお金もかからないでしょう。」
「ふむ、いいだろう。まずは使用人たちに着せてみて、よければ商品として店頭に並べよう。」
「ありがとうございます。私もいつまでもお父様に甘えてばかりではいられませんもの。」
「そうだな、いずれお前にも商売をと思っていたのでな。
成功を祈っているよ。
そうと決まればさっそくデザイン用品だな。」
「トーマス!」
ほどなくトーマスが部屋に来た。
「じつはな、コレットが服のデザインをしたいそうなのだ。
デザイン用の道具は揃えられるか?」
「ええ、もちろんです。
一部取り寄せもありますが、おおむね揃うでしょう。」
「では頼んだ。それからまずはこの家のお針子たちで服を作り、それを使用人たちに着てもらって感想を聞きたいそうだから、そのつもりでいてくれ。」
「それは願ってもないことです。
それでは仕立屋の店先のように、服を着せる人形も必要ですな。」
「うむ、それもいいだろう。布地の選択はコレットと相談するように。
服が安くなれば、これからの時代は、服は買うものに変わっていくだろう。」
父には商売人としての鼻が利いたらしい。
「それから商売となると、何か呼び名が必要だな。
どうだろう?
『コレットがデザインした服』というのがわかるものがいいな。」
「コレット・コレクションだから、頭文字で『C・C』はどう?
服の一部に、ブランドの証として小さな刺繍を施すのはどうかしら。」
「そうだな。それを店の従業員に着せて、客に実際の着用感を見せるのはどうだ?
それから店頭にも人形が着ているわけだな。」
「ええ、同じものが欲しいと思うでしょう。
同じ型紙で布地を変えて、いくつか色違いを作ってみようと思います。」
「それもいいだろう。ただ客層が広がらないな。
ほかにどんなものが作れる?」
「アリスの音楽会用にシンプルなドレスをデザインしますので、
それを大人用に作り変えてみようかと。」
「そうだな、それは貴族のご婦人に喜ばれる。
うちは貴族の屋敷にも出入りしているので、ちょうどアリスが音楽会で演奏を披露してから、同時に衣装と同じ服を、サイズを変えて売るのはどうだ?」
「それはいいですね、それではアリスにはもっと頑張ってもらわないといけないですね。」
「ああ、そうだな。皆が目標を持って生き生きとしておる。」
父の声は晴れやかに聞こえた。
カミルの一件からおよそひと月。
私たちは、カミルの遺志を胸に、
再起をかけた挑戦へと歩み出した。
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