告発のメヌエット ~ 貴族社会に挑む母と娘の物語 ~

竹笛パンダ

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偽りの舞台

第31話 泥沼(1)

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 エリックたちは、先日訪れた小さな酒場「馬車馬」にいた。
 平日だからだろうか、そこは相変わらず閑古鳥が鳴いていた。
 
 トーマスはカウンターに大銀貨を1枚出して、

「店主、スコッチを頼む。2つだ。」

 店主はすぐに、彼等だとわかり、ショットグラスに2杯の酒を出した。

「アレはお持ちですかい?」

「ああ、これだろ?」と言ってエリックがこの店のマドラーを見せると、

「今日はチーズがサービスだ。」と言ってナッツとともに一皿出した。

 店主はこちらをちらちら見ながら、奥にいる客の応対をしていた。

「今日は先客があるようだ。たまにはゆっくり飲もう。」

「いいですね、こうしてうまい酒が飲めるのはうれしいですよ。」

「あんまりはしゃいでくれるなよ。」と言いつつ、トーマスも機嫌が良かった。

「おい、『ソイツ』はここではやらねぇでくれ。」と店主が客に向かっていった。

 ほどなく店内には異様な甘い香りが漂った。
 客はしぶしぶ「ソイツ」の火を消して、席を立った。

「15Gだ。」と店主が言うと、客は巾着からコインを出して、無言で立ち去った。

「まったく、店の中で『葉っぱ』をやろうとは、どういうつもりかね。
 ニオイがとれねえんだ。次の客がこのニオイを嗅ぎつけて、また『葉っぱ』を出すんだよ。
 ここなら大丈夫だと思って。だからニオイは残しておけねえのさ。
 連中妙に鼻が効くからな。」

「ふむ、その『葉っぱ』は誰にでも手に入るものなのか?」

「ああ、路地裏で売人が立ってるよ。1本5Gぐらいだろ。」

「そんなに高いのか?上等な葉巻の何倍だ?」

「『葉っぱ』をやるとな、抜け出せなくなるんだよ。
 その時にはいい気分になるようだが、時間が経つとイライラしだして、また欲しくなるんだと。
 そいつらは多少高くても買うんだよ。」

「高いからやめるってわけにはいかないのかい。」

「ああ、我慢すると気がふれたようになるって話だ。あんなのには手を出さないに限るな。」

「すっかり金を巻き上げられた連中は、仕舞にはどうなるのだ?」

「ほれ、路地に居座っている連中がいるだろう?誰かの吸い殻を漁っているのさ。
 もう『葉っぱ』に取りつかれた連中だよ。金もなく棲み処もねぇ。
 たまに死ぬやつもいるからな。その前に巡回警備に引き取ってもらうのさ。」

 トーマスがエリックに無言で視線を送ると、

「ええ、一応身元の確認もしていました。
 家族がいれば、行方不明の届けがあって、大体発見して帰されるのですが、そうなる前に死んだ者もいました。」

「つまりカミル様も路上で保護されたのは、そういういきさつだったと。」

「おそらくは。早めに保護してそうならないようにしているのです。」

 店主はその話を聞いて、興味を持ってエリックに尋ねた。

「受け答えができないくらいに狂っちまった奴はどうなるんで?」

「俺も詳しくはないが、収容所に送られてな、治療を受けるのさ。
 と言っても何もない部屋に閉じ込めて、泣き叫ぶのが収まるまで待つ。
 それが過ぎるとじきにおとなしくなるらしい。
 そこから復帰するやつもいれば、そこから出られないやつもいるらしい。」

「いずれにせよ、待ち構えているのは地獄だな。」

「ちげえねぇ。」と店主もうなずいていた。
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