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偽りの舞台
第2話 異変(2)
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最近、酒の量が急に増えたのが気がかりだった。
ウィスキーのボトルを空けてしまうほど、酒におぼれるようになった。
「眠れなくてさ。これでもしないと、頭が切り替えられないんだ。」
そう言ってグラスを重ねる姿に、何かが壊れかけているような不安を覚えていた。
ある晩、久しぶりに家にいると思ったら、やはり酒を飲んでいた。
いつものように私がたしなめると、
「うるさい!お前は……いつも文句ばっかりだ。」
その声は低く、焦点の合っていない目をしていた。
「借金返すために、兄貴の言いなり、こっちじゃお前の言いなり、帝都じゃ貴族の言いなり。
どこに自由があるんだよ!
俺の気も知らないで……。」
疲れと怒りが滲むその目に、私は言葉を失った。
街は発展しているのに、彼の心は崩れていく。
帝都での滞在が長くなるほど、余裕が消えていった。
「限界だ……別れるぞ。兄貴にも、お前にも、もう顔色をうかがいたくない。」
「お願い、それだけは……子供が……。」
「うるさい!」と空の酒瓶を投げつけた。
「兄貴やお前の声が聞こえるんだよ。
いつも見張って、邪魔してるだろ?
お前らそうやって、笑っているんだ……チクショウ。」
その目は、もう私の知っている彼ではなかった。
「少し休んだら……」と私が言うと、
「あ?俺がいなきゃ誰がこの街を回すんだ?」
「大丈夫、私がいる。今までも、あなたが不在でもやってきたわ。」
「そうか。お前は俺からこの街を奪う気か。兄貴と一緒に!」
意味のわからないことを言い始め、さらに酒瓶を投げた。
額に当たり、血がにじんだ。
「ほら、“私たち”って言ったな。望み通りにしてやる。」
そう言って立ち上がるが、足元がふらついて倒れ込んだ。
私は傷の手当てを行い、そのままベッドで過ごしていた。
——翌朝。テーブルの上には手紙と金が置かれていた。
コレットへ
俺に対する暴力は、誰にも言わないでおく。
帝都から戻る前に、子供たちを連れて出ていけ。
生活費は置いていく。お前の実家と兄には俺が連絡しておく。
……力のない夫ですまなかった。子供たちを頼む。
え……?
自分で転んでケガしたのに、
それを「私が暴力をふるった」ことにするの……?
私は涙を流していた。
夫を責める気にはなれなかった。
彼の苦悩にも、心がすり減っていたことにも、何一つ気づいてやれなかった自分が許せなかった。
私の中には、いつもカミルがいた。
——夫のため、家族のため——私も一緒に歩んできたはず——。
——そして気づいた。
私という存在そのものが、彼を追い詰めていたのかもしれない、と。
一度距離を置いたほうがよさそうね。
今の私では、カミルを追い詰めてしまう。
私は子供たちを連れ、帝都へ向かう馬車に乗った。
それが、カミルとの永遠の別れになるとも知らずに……。
ウィスキーのボトルを空けてしまうほど、酒におぼれるようになった。
「眠れなくてさ。これでもしないと、頭が切り替えられないんだ。」
そう言ってグラスを重ねる姿に、何かが壊れかけているような不安を覚えていた。
ある晩、久しぶりに家にいると思ったら、やはり酒を飲んでいた。
いつものように私がたしなめると、
「うるさい!お前は……いつも文句ばっかりだ。」
その声は低く、焦点の合っていない目をしていた。
「借金返すために、兄貴の言いなり、こっちじゃお前の言いなり、帝都じゃ貴族の言いなり。
どこに自由があるんだよ!
俺の気も知らないで……。」
疲れと怒りが滲むその目に、私は言葉を失った。
街は発展しているのに、彼の心は崩れていく。
帝都での滞在が長くなるほど、余裕が消えていった。
「限界だ……別れるぞ。兄貴にも、お前にも、もう顔色をうかがいたくない。」
「お願い、それだけは……子供が……。」
「うるさい!」と空の酒瓶を投げつけた。
「兄貴やお前の声が聞こえるんだよ。
いつも見張って、邪魔してるだろ?
お前らそうやって、笑っているんだ……チクショウ。」
その目は、もう私の知っている彼ではなかった。
「少し休んだら……」と私が言うと、
「あ?俺がいなきゃ誰がこの街を回すんだ?」
「大丈夫、私がいる。今までも、あなたが不在でもやってきたわ。」
「そうか。お前は俺からこの街を奪う気か。兄貴と一緒に!」
意味のわからないことを言い始め、さらに酒瓶を投げた。
額に当たり、血がにじんだ。
「ほら、“私たち”って言ったな。望み通りにしてやる。」
そう言って立ち上がるが、足元がふらついて倒れ込んだ。
私は傷の手当てを行い、そのままベッドで過ごしていた。
——翌朝。テーブルの上には手紙と金が置かれていた。
コレットへ
俺に対する暴力は、誰にも言わないでおく。
帝都から戻る前に、子供たちを連れて出ていけ。
生活費は置いていく。お前の実家と兄には俺が連絡しておく。
……力のない夫ですまなかった。子供たちを頼む。
え……?
自分で転んでケガしたのに、
それを「私が暴力をふるった」ことにするの……?
私は涙を流していた。
夫を責める気にはなれなかった。
彼の苦悩にも、心がすり減っていたことにも、何一つ気づいてやれなかった自分が許せなかった。
私の中には、いつもカミルがいた。
——夫のため、家族のため——私も一緒に歩んできたはず——。
——そして気づいた。
私という存在そのものが、彼を追い詰めていたのかもしれない、と。
一度距離を置いたほうがよさそうね。
今の私では、カミルを追い詰めてしまう。
私は子供たちを連れ、帝都へ向かう馬車に乗った。
それが、カミルとの永遠の別れになるとも知らずに……。
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