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偽りの舞台
第64話 勧誘(1)
しおりを挟む今日は「馬車馬」の新装開店日、店内は明るく、そして広めの立ち飲み席とカウンター、その奥には新しくつくられたステージがあった。
「ジョージ先生、今日はありがとうございます。
酒場の雰囲気が華やかになります。」
そうオーエンが声をかけた。
「オーエンさん、今日は格好いいですよ。」
オーエンはコレットがデザインしたベストと蝶ネクタイというスタイルでカウンターに立っていた。
「それで、今日はどのような戦略で行くのですか?」
「今日は初めての客が多いな。
特に女性たちには念入りに先生のことを話しておいたよ。
『男前のピアニスト』が来るって。
女性客にはこのマドラーを買ってもらう。」
いくつか用意されたマドラーには馬車馬のエンブレムと、裏に「S」と「今日の日付」、「番号」が刻印されていた。
「この『S』の意味は何ですか?」
「それはな、『スペシャルシート、特等席』って意味だ。」
そう言って、ステージ前の席を指した。
そこにはテーブルの片側にだけ椅子があり、すぐ前はステージになっていた。
「先生には1日数回ステージをこなしてもらうが、そのたびにあそこに座れるのはこのマドラーを持った女性と言うことだ。」
「つまり、一番前の特等席で僕の演奏を見ることが、マドラーの特典と言うわけですね。」
「ああ、そういう訳だから、先生にはそのマドラーを持った客に最前列で応援されながらステージに立つことになる。
きっとそのマドラーは争奪戦になるだろうな。
それに買ってもらうというのはな、少しだが先生のパトロンになれるというわけだ。」
「女は優越感の生き物だからって、コレット様が言ったそうだ。」
「それで、おいくらするのですか、そのマドラーは。」
「10Gでどうか?とトーマスの爺さんが言っていた。
高いと誰も買わないだろうから、高い酒のぐらいの値段がいいだろうって。
飲んだついでに音楽の贅沢をする。最高だろ?」
「マドラーはどうするのですか?」
「持って帰ってもらうが、毎回色を変えるのだよ。
それで『今だけ』、『貴女だけ』の特等席にご案内というわけだ。」
女心を突いた巧みな戦術だった。
これを考えたコレット様が恐ろしく思えた。
「なんにせよ、客引きは先生に任せた。
俺はカウンターの中で酒を作っているだけだ。」
「そんなんじゃ商売になりゃしないよ、まったく。
少しは愛想笑いでも覚えろって言ったんだけどね。」
そう言ってキッチンから恰幅の言い女性が出て来た。
「おや、噂通りの美男子じゃないか。
あたしはバーバラ、この店のまかないと、女の子の面倒を頼まれた。」
「ジョージです。よろしくお願いします。」
そう言うと先生は早速ピアノに向かった。
トーマスとエリックが「馬車馬」に到着した。
開店前に打ち合わせを行うためだ。
「紹介しよう、バーバラだ。
彼女は「エデン」の侍女たちの面倒を見ていたベテランだ。
今でも彼女を慕う侍女は多い。
『ママ』と呼ばれていたそうだ。」
「よろしくお願いします。」とエリックが挨拶をする。
「まぁ、いい男じゃないか。
あたしゃこっちの方が好みだね。
先生と二人で並んだら、女どもが『キャーキャー』言うよ。」
トーマスは咳払いを一つして、
「彼女にも我々の目的は伝えてある。
バーバラの誘いで今日非番の侍女たちが来る手はずになっている。
上手く常連にすることと、情報提供者として勧誘することだ。」
「あたしも、あの店での女の扱いには懲り懲りなんだ。
もちろんあたしもかつては店に出ていたさ。
今ではこんななりだから声もかからないけど、あそこの女の子の世話係をしていたんだよ。
中には今でも泣きついてくる子もいてね、話を聞いて慰めてやるのさ。」
「それなら俺にもできそうだな。」
「なに言ってるんだい、女はね、生きのいい男に鼻が効くのさ。」
カウンターの奥に立つ二人は、軽妙なやり取りで客を楽しませるだろう。
トーマスはそんな期待を持っていた。
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