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後編 影追い、戦う者たち編
36話 禍音、鳴動そして残響
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静まり返った夜の児珠神社。月明かりすら届かぬ闇が、直接対決を前にすべてを緊迫させていた。
その闇の中、禍音の鳴動器が静かに姿を現す。
それは、神社の片隅にひっそりと据えられた、深みのある漆黒の巨大な箱だった。表面には金色の繊細な文様が施され、鈍い光を放っている。
まるで、祭りの神輿のように、威厳と神秘性を湛えたたたずまい。
その箱には、すでに持ち運ばれていた鳴動器のコアがセットされた。
このコアの部品は、戦前、第一映画館のからくり時計の一部であり、つい先日まで風流一座の音響機器に取り付けられていたものだ。
部品が巨大な箱にセットされると妖匠による力が、箱全体にみなぎった。
「ようやく来た来た!」
ノリさんが待ちかねたように声を弾ませる。その視線の先、狸青年の必殺技、ノイズ・アンセムの轟音に誘われ、ついに「敵」が姿を見せたのだ。
それは、まるで空間そのものが歪んだかのような異様な存在だった。
「あれが妖匠最後の傑作、『禍音の鳴動器』…………!」
ノリさんの声が、興奮で微かに震える。
「よっし! 俺、間違わずに言えたな!」
「さぁ、音吉君! 行きなさい!」
「わ、わ、い、いきまーす!」
音吉のクラリネットから放たれたのは、もはやただの音ではなかった。それは、地が、空気が、そして世界の均衡そのものが割れるかのような、おぞましい感覚を伴う轟音。
ノイズ・アンセムの轟音が地を這うように広がり、児珠町を包み込む。木々が震え、近隣の家々の窓ガラスに細かな亀裂が走り、空気そのものが痛みを帯びた。
「やったよぉ!じいじさん!」
音吉が力尽き、ゆっくりとスローモーションで倒れていく。その一撃は、児珠町、いや、もっと広範囲を包み込むほどの威力を放った。
歪められた記憶
「よっしゃ、やったか!?」
ノリさんの声に、月彦は静かに首を振った。
音吉の必殺技が直撃したにもかかわらず、『禍音の鳴動器』は、まるでダメージなど受けていなかったかのようにその異様な形を再生させた。それどころか、装置の表面に不気味な紋様が浮かび上がったかと思うと、その周囲の空間がさらに深く歪んでいく。
「何が起こった? 機械のはずなのに、再生した……?」
月彦の顔から赤みが消え去り、指先まで冷たくなっている。
ノリさんがガッツポーズをしようとした、その時。禍音の鳴動器の音色が変わった。
それは、せつなく胸にしみるような不思議な音の波動だった。優しく、甘い。
その音色に、虎二がハッと息を呑んだ。
「この旋律は…………まるでラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を、悪意で歪めたかのようだ…………!」
神社の境内に、薄いヴェールがかかったように、記憶の幻影が重なる。
ノリさんの脳裏に、懐かしい光景が浮かんだ。
「あれは? マスター、俺、そしてマスターの姉さんだ。受験のお参りか…………楽しそうに笑っていたな、あの頃は…………」
美しく、優しく、しかし確実に胸を締め付けるその音色は、かつての幸せな記憶を歪んだ形で呼び覚ます、最も残酷な攻撃だった。
「敵さんよぉ、2番目は、精神攻撃か?どこの漫画だよ?ありがちすぎて、打ち切られるぜ、そろそろ…………!」
苦しいはずのノリさんが、精一杯悪態を口にした。
狛犬にも、幻影が忍び寄る。
「離れ離れ……離離離
もう会えない会えないないない」
それは狛犬がかつて守り、共に時を過ごした、三毛猫「ミー」の姿だった。膝の上で頭を撫でられ、名前を呼ばれるミー。楽しい思い出のはずなのに、今や純粋な苦痛に変わる。
狛犬ならばこういうだろう、「まるで、雨夜の幻灯機だ…………」と。
それは古いノイズまみれのシネマフィルムが映す、歪んだモノトーンの残像。
音吉もまた、その甘い音色に誘われるように、クラリネットを吹く手を緩めかけた。
目の前には、児珠神社の境内に童たちの幻影が浮かぶ。無邪気な声、温かい日差し。
「狛犬の耳に貝殻を押し当ててる子がいるよ」
それは、彼自身の心の奥底にある、懐かしい故郷、原風景のよう。
「…………だめだ!」
音吉は、幻影を振り払うように頭を振った。どれほど甘くても、これは「禍音」――不協和音だ。
「楽しい記憶が、あいつらの力で歪められてるなんて…………ひどすぎるよ。」
最初は、ただのノスタルジーだった。それが今では、彼の心を蝕む、純粋な苦痛に変わっていた。
その闇の中、禍音の鳴動器が静かに姿を現す。
それは、神社の片隅にひっそりと据えられた、深みのある漆黒の巨大な箱だった。表面には金色の繊細な文様が施され、鈍い光を放っている。
まるで、祭りの神輿のように、威厳と神秘性を湛えたたたずまい。
その箱には、すでに持ち運ばれていた鳴動器のコアがセットされた。
このコアの部品は、戦前、第一映画館のからくり時計の一部であり、つい先日まで風流一座の音響機器に取り付けられていたものだ。
部品が巨大な箱にセットされると妖匠による力が、箱全体にみなぎった。
「ようやく来た来た!」
ノリさんが待ちかねたように声を弾ませる。その視線の先、狸青年の必殺技、ノイズ・アンセムの轟音に誘われ、ついに「敵」が姿を見せたのだ。
それは、まるで空間そのものが歪んだかのような異様な存在だった。
「あれが妖匠最後の傑作、『禍音の鳴動器』…………!」
ノリさんの声が、興奮で微かに震える。
「よっし! 俺、間違わずに言えたな!」
「さぁ、音吉君! 行きなさい!」
「わ、わ、い、いきまーす!」
音吉のクラリネットから放たれたのは、もはやただの音ではなかった。それは、地が、空気が、そして世界の均衡そのものが割れるかのような、おぞましい感覚を伴う轟音。
ノイズ・アンセムの轟音が地を這うように広がり、児珠町を包み込む。木々が震え、近隣の家々の窓ガラスに細かな亀裂が走り、空気そのものが痛みを帯びた。
「やったよぉ!じいじさん!」
音吉が力尽き、ゆっくりとスローモーションで倒れていく。その一撃は、児珠町、いや、もっと広範囲を包み込むほどの威力を放った。
歪められた記憶
「よっしゃ、やったか!?」
ノリさんの声に、月彦は静かに首を振った。
音吉の必殺技が直撃したにもかかわらず、『禍音の鳴動器』は、まるでダメージなど受けていなかったかのようにその異様な形を再生させた。それどころか、装置の表面に不気味な紋様が浮かび上がったかと思うと、その周囲の空間がさらに深く歪んでいく。
「何が起こった? 機械のはずなのに、再生した……?」
月彦の顔から赤みが消え去り、指先まで冷たくなっている。
ノリさんがガッツポーズをしようとした、その時。禍音の鳴動器の音色が変わった。
それは、せつなく胸にしみるような不思議な音の波動だった。優しく、甘い。
その音色に、虎二がハッと息を呑んだ。
「この旋律は…………まるでラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を、悪意で歪めたかのようだ…………!」
神社の境内に、薄いヴェールがかかったように、記憶の幻影が重なる。
ノリさんの脳裏に、懐かしい光景が浮かんだ。
「あれは? マスター、俺、そしてマスターの姉さんだ。受験のお参りか…………楽しそうに笑っていたな、あの頃は…………」
美しく、優しく、しかし確実に胸を締め付けるその音色は、かつての幸せな記憶を歪んだ形で呼び覚ます、最も残酷な攻撃だった。
「敵さんよぉ、2番目は、精神攻撃か?どこの漫画だよ?ありがちすぎて、打ち切られるぜ、そろそろ…………!」
苦しいはずのノリさんが、精一杯悪態を口にした。
狛犬にも、幻影が忍び寄る。
「離れ離れ……離離離
もう会えない会えないないない」
それは狛犬がかつて守り、共に時を過ごした、三毛猫「ミー」の姿だった。膝の上で頭を撫でられ、名前を呼ばれるミー。楽しい思い出のはずなのに、今や純粋な苦痛に変わる。
狛犬ならばこういうだろう、「まるで、雨夜の幻灯機だ…………」と。
それは古いノイズまみれのシネマフィルムが映す、歪んだモノトーンの残像。
音吉もまた、その甘い音色に誘われるように、クラリネットを吹く手を緩めかけた。
目の前には、児珠神社の境内に童たちの幻影が浮かぶ。無邪気な声、温かい日差し。
「狛犬の耳に貝殻を押し当ててる子がいるよ」
それは、彼自身の心の奥底にある、懐かしい故郷、原風景のよう。
「…………だめだ!」
音吉は、幻影を振り払うように頭を振った。どれほど甘くても、これは「禍音」――不協和音だ。
「楽しい記憶が、あいつらの力で歪められてるなんて…………ひどすぎるよ。」
最初は、ただのノスタルジーだった。それが今では、彼の心を蝕む、純粋な苦痛に変わっていた。
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