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後編 影追い、戦う者たち編
37話 記憶の歪み、覚醒の兆し
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そのころ、スナックキツネの隠れ家。キツネママはビルの屋上から、児珠神社の方を見つめていた。
夜に強いあやかしの子供たちが、普段なら商店街の外灯の下で無邪気に影踏みをしている時間だ。
しかし、彼らの小さな影は、薄くなり、地面に明確な形を結ばない。困惑したように立ち尽くす子ども達。
古びたビルの隙間からは、「私のきらめく光りの粉がくすんでる」と、小さな妖精たちのざわめきが漏れ聞こえる。
「夏祭りの夜にはあんなに輝いていたのにね」
ママはヒールの音をカツカツと響かせ商店街の石畳を歩く、今、すれ違ったのはゆるきゃらさんだ。
足の短い鳥型の大きなゆるキャラ。
表情はないがとても悲しそうだ。
「どうしたんだい?ゆるキャラさん、ずいぶんな顏じゃないか」
「体重い、頭痛い、コロッケ売り切れだった、卵10円値上がり」
「そうさそれは、全部あいつらのせいさ。この違和感、ほっとくと、大変なことになる、あんたも気をつけな」
キツネママは眉をひそめ、足早に喫茶エコーの扉を押し開けた。
「マスター、狛犬!町のあやかしにまで異変が及んでいるよ。子供たちの影が薄くなり、妖精の粉まで輝きを失っているんだ!」
「あれは、人の心を惑わす妖器の最終進化だよ」
マスターは悲しげにポツリと言った。ママも目を閉じ、古くから伝わる厄介な代物を思い出す。
狛犬はすでにマスターから自分のやるべきことを聞かされていた。人間化してから朝夕と体を鍛えてきたかいがあった。
「みんな、ちょっと飛ばしますよ」
いつもきっちり安全運転のマスターが、店のロゴが入ったミニバンのアクセルを深く踏みこんだ。闇を切り裂いて走る車内には、緊張と期待が満ちていた。
狛犬たちが神社に到着すると、禍音の鳴動器が不気味な音を立てていた。その周囲を練り歩く一団は、まさしく「チンドン屋」。
しかし、その顔は仮面のように貼り付けられた笑顔で、道化師は血の涙を流している。
奏でているのは不協和音。
トザイトーザイ!
風流一座に、さぁさぁ、いらっしゃい!
バラまかれるのは人とあやかしを分断させる悪意。
「あれは、かつて夢に見たチンドン屋よりひどいでやんすよ…………!」
狛犬の握ったこぶしが怒りに震えている。邪悪な気配の正体が、この操られたチンドン屋だと、今はっきりとわかる。
狛犬は、その演奏の中から、かつてミーとともにいた記憶の断片が流れくるのを聞いた。なつかしさをさらに甘く煮詰め結晶化させたような記憶だ。いびつさの純度がより高まっている。
薄荷飴のスーッとした空気が、一瞬、その甘さをはらった。
「何度も言うが、あっしとミーとの思い出は、そんなへなちょこじゃねぇ!」
チンドン屋の一団が攻撃を強める。道化師の赤い涙が砕け散り、周囲に散乱する。
派手な二色の和傘をくるくると回し、舞い散る純情可憐な花吹雪。それはたんなる薄紙ではなかった。硬く、触れると皮膚を切り裂くような鋭い刃となって狛犬に襲い掛かる。
「まことにきれいでございまする~、いかがでしょうか?」 あやかしか人かはもはや判別がつかない女装した団長が不気味な笑みを浮かべて語りかけ、狸青年が「あれは団長さん!」と声を上げる。
狛犬は迫りくる刃の雨を避けながら、チンドン屋の列を突破しようとする。だが、彼らの動きは素早く、視界を奪う傘や耳を惑わす不協和音が執拗に襲いかかり、狛犬の心にミーとの甘い記憶を歪んだ幻影として映し出す。
「くっ……!」
足元がふらつき、一瞬、意識が遠のく。このままでは、チンドン屋を傷つけずに突破するなど不可能だ。そ狛犬の体が、じりじりと後退を始めた。
「狛犬……ダメだ、今は……死んでしまう!」声がいつになく震えていた。
その切羽詰まった声は、離れた場所から状況を見守っていた月彦のものだった。彼は、クールな表情を一層険しくし、禍音の鳴動器とチンドン屋たちの動きを、まるで複雑な数式を解くかのように見つめていた。
「やはり、そうか……」
月彦は懐から小さな手帳を取り出すと、迷いなくペンを走らせた。書き終えた瞬間、顔を上げたその瞳には、鋭い光と確かな策が宿っていた。
「さぁ、こっちだ、早く」
マスター、ノリさんが狛犬に駆け寄る。
一同は、井戸のそばの秘密の隠し通路まで駆け抜け、神社から脱出することに成功した。
虎二はキツネママを広い肩にしっかりと背負いながら走った。
「アタシとしたことが、ヒールなんか履いてくるんじゃなかったよ、虎二申し訳なかったね」
喫茶エコー、束の間の休息
真夜中の喫茶店エコーに小さな明かりがぽっと灯り、静かな空気に温もりが広がった。
転がり込んだ一同はマスターの入れた暖かな飲み物を口にし、しばしの休息をとる。カップからふわりと湯気が立ちのぼる。コーヒーの香りは香ばしく深く、ココアの香りは甘く温かい。
キツネママは小瓶から気付け薬を数滴ずつカップに垂らしていく。
「わーホントだ!なんか目がぱっちりする!」と音吉が声を弾ませる。
「だろ!あやかしには特に効き目抜群だよ」
「残り物で悪いんだけどね」
マスターは自慢のケーキを振る舞った。滑らかな口当たりで、ほんのりレモンが香るマスター特製のNYチーズケーキだ。
「ま、まぁ、悪くはないな」月彦が、目をそらしながらそっとつぶやいた。
その横顔はどこか照れくさそうで、微かに緩んだ唇と、伏せた睫毛が心の動きを物語っていた。
「月彦様は、素朴なチーズケーキならどれでもお好みのようです!」となぜか虎二が自慢げに言う。
「お前が通ぶるな!」
狛犬はと言えば、ケーキを前にしても元気がない。体の方は回復しているらしいのだが、先ほどの禍音の鳴動器による精神攻撃が抜けきらないのか、どこかぼんやりとしている。
「お、おい、しっかりしろ狛犬!」月彦が声をかける。
「神崎君、今はそっとしといてあげてよ」マスターがやんわりと制止した。
「面目次第もなし…………ちょっくら向こういってまいります。風にでもあたろうかと」
窓を開け、夜風に当たる。 無意識に懐に入れた猫のヒゲのお守りに触れる。
同じころマー君少年に保護された三毛猫ミーも出窓にちょこんとすわり夜空を見上げていた。ミーは、そっと前足を窓辺に揃えた。真鍮のフックに留められたカーテンの隙間から、夜空の星がまたたく。
その瞳には、遠い日のぬくもりが一瞬だけよぎったようだった。
「狛犬のおじちゃん……」小さく、しかし確かに、ミーの瞳が夜の向こうを探していた。
「あっしはいざという時は、強いでやんす! ミーのおひげでもっと強くなるでやんすよ」 迷いを断ち切るように呟く。
狛犬の瞳に、苦しみの中、あらがう強さがよみがえった。
夜に強いあやかしの子供たちが、普段なら商店街の外灯の下で無邪気に影踏みをしている時間だ。
しかし、彼らの小さな影は、薄くなり、地面に明確な形を結ばない。困惑したように立ち尽くす子ども達。
古びたビルの隙間からは、「私のきらめく光りの粉がくすんでる」と、小さな妖精たちのざわめきが漏れ聞こえる。
「夏祭りの夜にはあんなに輝いていたのにね」
ママはヒールの音をカツカツと響かせ商店街の石畳を歩く、今、すれ違ったのはゆるきゃらさんだ。
足の短い鳥型の大きなゆるキャラ。
表情はないがとても悲しそうだ。
「どうしたんだい?ゆるキャラさん、ずいぶんな顏じゃないか」
「体重い、頭痛い、コロッケ売り切れだった、卵10円値上がり」
「そうさそれは、全部あいつらのせいさ。この違和感、ほっとくと、大変なことになる、あんたも気をつけな」
キツネママは眉をひそめ、足早に喫茶エコーの扉を押し開けた。
「マスター、狛犬!町のあやかしにまで異変が及んでいるよ。子供たちの影が薄くなり、妖精の粉まで輝きを失っているんだ!」
「あれは、人の心を惑わす妖器の最終進化だよ」
マスターは悲しげにポツリと言った。ママも目を閉じ、古くから伝わる厄介な代物を思い出す。
狛犬はすでにマスターから自分のやるべきことを聞かされていた。人間化してから朝夕と体を鍛えてきたかいがあった。
「みんな、ちょっと飛ばしますよ」
いつもきっちり安全運転のマスターが、店のロゴが入ったミニバンのアクセルを深く踏みこんだ。闇を切り裂いて走る車内には、緊張と期待が満ちていた。
狛犬たちが神社に到着すると、禍音の鳴動器が不気味な音を立てていた。その周囲を練り歩く一団は、まさしく「チンドン屋」。
しかし、その顔は仮面のように貼り付けられた笑顔で、道化師は血の涙を流している。
奏でているのは不協和音。
トザイトーザイ!
風流一座に、さぁさぁ、いらっしゃい!
バラまかれるのは人とあやかしを分断させる悪意。
「あれは、かつて夢に見たチンドン屋よりひどいでやんすよ…………!」
狛犬の握ったこぶしが怒りに震えている。邪悪な気配の正体が、この操られたチンドン屋だと、今はっきりとわかる。
狛犬は、その演奏の中から、かつてミーとともにいた記憶の断片が流れくるのを聞いた。なつかしさをさらに甘く煮詰め結晶化させたような記憶だ。いびつさの純度がより高まっている。
薄荷飴のスーッとした空気が、一瞬、その甘さをはらった。
「何度も言うが、あっしとミーとの思い出は、そんなへなちょこじゃねぇ!」
チンドン屋の一団が攻撃を強める。道化師の赤い涙が砕け散り、周囲に散乱する。
派手な二色の和傘をくるくると回し、舞い散る純情可憐な花吹雪。それはたんなる薄紙ではなかった。硬く、触れると皮膚を切り裂くような鋭い刃となって狛犬に襲い掛かる。
「まことにきれいでございまする~、いかがでしょうか?」 あやかしか人かはもはや判別がつかない女装した団長が不気味な笑みを浮かべて語りかけ、狸青年が「あれは団長さん!」と声を上げる。
狛犬は迫りくる刃の雨を避けながら、チンドン屋の列を突破しようとする。だが、彼らの動きは素早く、視界を奪う傘や耳を惑わす不協和音が執拗に襲いかかり、狛犬の心にミーとの甘い記憶を歪んだ幻影として映し出す。
「くっ……!」
足元がふらつき、一瞬、意識が遠のく。このままでは、チンドン屋を傷つけずに突破するなど不可能だ。そ狛犬の体が、じりじりと後退を始めた。
「狛犬……ダメだ、今は……死んでしまう!」声がいつになく震えていた。
その切羽詰まった声は、離れた場所から状況を見守っていた月彦のものだった。彼は、クールな表情を一層険しくし、禍音の鳴動器とチンドン屋たちの動きを、まるで複雑な数式を解くかのように見つめていた。
「やはり、そうか……」
月彦は懐から小さな手帳を取り出すと、迷いなくペンを走らせた。書き終えた瞬間、顔を上げたその瞳には、鋭い光と確かな策が宿っていた。
「さぁ、こっちだ、早く」
マスター、ノリさんが狛犬に駆け寄る。
一同は、井戸のそばの秘密の隠し通路まで駆け抜け、神社から脱出することに成功した。
虎二はキツネママを広い肩にしっかりと背負いながら走った。
「アタシとしたことが、ヒールなんか履いてくるんじゃなかったよ、虎二申し訳なかったね」
喫茶エコー、束の間の休息
真夜中の喫茶店エコーに小さな明かりがぽっと灯り、静かな空気に温もりが広がった。
転がり込んだ一同はマスターの入れた暖かな飲み物を口にし、しばしの休息をとる。カップからふわりと湯気が立ちのぼる。コーヒーの香りは香ばしく深く、ココアの香りは甘く温かい。
キツネママは小瓶から気付け薬を数滴ずつカップに垂らしていく。
「わーホントだ!なんか目がぱっちりする!」と音吉が声を弾ませる。
「だろ!あやかしには特に効き目抜群だよ」
「残り物で悪いんだけどね」
マスターは自慢のケーキを振る舞った。滑らかな口当たりで、ほんのりレモンが香るマスター特製のNYチーズケーキだ。
「ま、まぁ、悪くはないな」月彦が、目をそらしながらそっとつぶやいた。
その横顔はどこか照れくさそうで、微かに緩んだ唇と、伏せた睫毛が心の動きを物語っていた。
「月彦様は、素朴なチーズケーキならどれでもお好みのようです!」となぜか虎二が自慢げに言う。
「お前が通ぶるな!」
狛犬はと言えば、ケーキを前にしても元気がない。体の方は回復しているらしいのだが、先ほどの禍音の鳴動器による精神攻撃が抜けきらないのか、どこかぼんやりとしている。
「お、おい、しっかりしろ狛犬!」月彦が声をかける。
「神崎君、今はそっとしといてあげてよ」マスターがやんわりと制止した。
「面目次第もなし…………ちょっくら向こういってまいります。風にでもあたろうかと」
窓を開け、夜風に当たる。 無意識に懐に入れた猫のヒゲのお守りに触れる。
同じころマー君少年に保護された三毛猫ミーも出窓にちょこんとすわり夜空を見上げていた。ミーは、そっと前足を窓辺に揃えた。真鍮のフックに留められたカーテンの隙間から、夜空の星がまたたく。
その瞳には、遠い日のぬくもりが一瞬だけよぎったようだった。
「狛犬のおじちゃん……」小さく、しかし確かに、ミーの瞳が夜の向こうを探していた。
「あっしはいざという時は、強いでやんす! ミーのおひげでもっと強くなるでやんすよ」 迷いを断ち切るように呟く。
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