あやかし喫茶店エコー:時巡る風流一座と街の秘密

チャイ

文字の大きさ
38 / 48
後編 影追い、戦う者たち編

37話 記憶の歪み、覚醒の兆し

しおりを挟む
そのころ、スナックキツネの隠れ家。キツネママはビルの屋上から、児珠神社の方を見つめていた。
夜に強いあやかしの子供たちが、普段なら商店街の外灯の下で無邪気に影踏みをしている時間だ。

しかし、彼らの小さな影は、薄くなり、地面に明確な形を結ばない。困惑したように立ち尽くす子ども達。
古びたビルの隙間からは、「私のきらめく光りの粉がくすんでる」と、小さな妖精たちのざわめきが漏れ聞こえる。
「夏祭りの夜にはあんなに輝いていたのにね」

ママはヒールの音をカツカツと響かせ商店街の石畳を歩く、今、すれ違ったのはゆるきゃらさんだ。
足の短い鳥型の大きなゆるキャラ。
表情はないがとても悲しそうだ。

「どうしたんだい?ゆるキャラさん、ずいぶんな顏じゃないか」
「体重い、頭痛い、コロッケ売り切れだった、卵10円値上がり」
「そうさそれは、全部あいつらのせいさ。この違和感、ほっとくと、大変なことになる、あんたも気をつけな」

キツネママは眉をひそめ、足早に喫茶エコーの扉を押し開けた。
「マスター、狛犬!町のあやかしにまで異変が及んでいるよ。子供たちの影が薄くなり、妖精の粉まで輝きを失っているんだ!」
「あれは、人の心を惑わす妖器の最終進化だよ」
マスターは悲しげにポツリと言った。ママも目を閉じ、古くから伝わる厄介な代物を思い出す。

狛犬はすでにマスターから自分のやるべきことを聞かされていた。人間化してから朝夕と体を鍛えてきたかいがあった。

「みんな、ちょっと飛ばしますよ」
いつもきっちり安全運転のマスターが、店のロゴが入ったミニバンのアクセルを深く踏みこんだ。闇を切り裂いて走る車内には、緊張と期待が満ちていた。

狛犬たちが神社に到着すると、禍音の鳴動器が不気味な音を立てていた。その周囲を練り歩く一団は、まさしく「チンドン屋」。
しかし、その顔は仮面のように貼り付けられた笑顔で、道化師は血の涙を流している。

奏でているのは不協和音。
トザイトーザイ!
風流一座に、さぁさぁ、いらっしゃい!
バラまかれるのは人とあやかしを分断させる悪意。

「あれは、かつて夢に見たチンドン屋よりひどいでやんすよ…………!」
狛犬の握ったこぶしが怒りに震えている。邪悪な気配の正体が、この操られたチンドン屋だと、今はっきりとわかる。

狛犬は、その演奏の中から、かつてミーとともにいた記憶の断片が流れくるのを聞いた。なつかしさをさらに甘く煮詰め結晶化させたような記憶だ。いびつさの純度がより高まっている。

薄荷飴のスーッとした空気が、一瞬、その甘さをはらった。
「何度も言うが、あっしとミーとの思い出は、そんなへなちょこじゃねぇ!」

チンドン屋の一団が攻撃を強める。道化師の赤い涙が砕け散り、周囲に散乱する。
派手な二色の和傘をくるくると回し、舞い散る純情可憐な花吹雪。それはたんなる薄紙ではなかった。硬く、触れると皮膚を切り裂くような鋭い刃となって狛犬に襲い掛かる。

「まことにきれいでございまする~、いかがでしょうか?」 あやかしか人かはもはや判別がつかない女装した団長が不気味な笑みを浮かべて語りかけ、狸青年が「あれは団長さん!」と声を上げる。

狛犬は迫りくる刃の雨を避けながら、チンドン屋の列を突破しようとする。だが、彼らの動きは素早く、視界を奪う傘や耳を惑わす不協和音が執拗に襲いかかり、狛犬の心にミーとの甘い記憶を歪んだ幻影として映し出す。

「くっ……!」
足元がふらつき、一瞬、意識が遠のく。このままでは、チンドン屋を傷つけずに突破するなど不可能だ。そ狛犬の体が、じりじりと後退を始めた。

「狛犬……ダメだ、今は……死んでしまう!」声がいつになく震えていた。

その切羽詰まった声は、離れた場所から状況を見守っていた月彦のものだった。彼は、クールな表情を一層険しくし、禍音の鳴動器とチンドン屋たちの動きを、まるで複雑な数式を解くかのように見つめていた。
「やはり、そうか……」

月彦は懐から小さな手帳を取り出すと、迷いなくペンを走らせた。書き終えた瞬間、顔を上げたその瞳には、鋭い光と確かな策が宿っていた。

「さぁ、こっちだ、早く」
マスター、ノリさんが狛犬に駆け寄る。
一同は、井戸のそばの秘密の隠し通路まで駆け抜け、神社から脱出することに成功した。

虎二はキツネママを広い肩にしっかりと背負いながら走った。
「アタシとしたことが、ヒールなんか履いてくるんじゃなかったよ、虎二申し訳なかったね」

喫茶エコー、束の間の休息
真夜中の喫茶店エコーに小さな明かりがぽっと灯り、静かな空気に温もりが広がった。
転がり込んだ一同はマスターの入れた暖かな飲み物を口にし、しばしの休息をとる。カップからふわりと湯気が立ちのぼる。コーヒーの香りは香ばしく深く、ココアの香りは甘く温かい。

キツネママは小瓶から気付け薬を数滴ずつカップに垂らしていく。

「わーホントだ!なんか目がぱっちりする!」と音吉が声を弾ませる。
「だろ!あやかしには特に効き目抜群だよ」

「残り物で悪いんだけどね」
マスターは自慢のケーキを振る舞った。滑らかな口当たりで、ほんのりレモンが香るマスター特製のNYチーズケーキだ。

「ま、まぁ、悪くはないな」月彦が、目をそらしながらそっとつぶやいた。
その横顔はどこか照れくさそうで、微かに緩んだ唇と、伏せた睫毛が心の動きを物語っていた。

「月彦様は、素朴なチーズケーキならどれでもお好みのようです!」となぜか虎二が自慢げに言う。
「お前が通ぶるな!」

狛犬はと言えば、ケーキを前にしても元気がない。体の方は回復しているらしいのだが、先ほどの禍音の鳴動器による精神攻撃が抜けきらないのか、どこかぼんやりとしている。

「お、おい、しっかりしろ狛犬!」月彦が声をかける。
「神崎君、今はそっとしといてあげてよ」マスターがやんわりと制止した。
「面目次第もなし…………ちょっくら向こういってまいります。風にでもあたろうかと」
窓を開け、夜風に当たる。 無意識に懐に入れた猫のヒゲのお守りに触れる。

同じころマー君少年に保護された三毛猫ミーも出窓にちょこんとすわり夜空を見上げていた。ミーは、そっと前足を窓辺に揃えた。真鍮のフックに留められたカーテンの隙間から、夜空の星がまたたく。
その瞳には、遠い日のぬくもりが一瞬だけよぎったようだった。

「狛犬のおじちゃん……」小さく、しかし確かに、ミーの瞳が夜の向こうを探していた。

 「あっしはいざという時は、強いでやんす! ミーのおひげでもっと強くなるでやんすよ」 迷いを断ち切るように呟く。
狛犬の瞳に、苦しみの中、あらがう強さがよみがえった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...