世にもおかしな物語ショートショート集

チャイ

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永遠のハロウィン、ブラックモールでグルメ王

ハロウィン系資格って役に立つ?

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翌日ボクはバックヤードの一番奥の面接室という部屋に入った。トントンとノックすると「おう!入れや」、親方の声。

うわぁぁぁ、いきなり、黒いものが目の前に!!コウモリがバッサバッサっと飛び出してきた。
室内へ一歩足を踏み入れると、ハロウィンインテリア尽くし。予想通りってかんじだけど、正面の壁だけは、賞状の入った立派な額縁で埋め尽くされていた。

アンティーク風な社長机にどでかいジャックオランタンが鎮座。ボクは思わず息をのんだ。かぼちゃから伸びた垂れ下がったツルは、床を這い部屋の隅々へにゅるにゅると広がっている。 まるで古びた配管のように。それなのにところどころ残った葉は妙に艶やかだ。それらは静かに、しかし確かに空間を侵食していた。

ジャックオランタン親方のかたわらにはすました黒猫。瞳はガラス玉のように冷たく、光を反射して、時折金色にきらめいた。
かぼちゃ親方は、いきなり、がなりたてた。
「我がモールにおせち軍団が忍び込みやがった。クリスマスより早いとはな、奴らも危機感もってやがるな」
「はぁ」
あのお節料理予約のパンフレットのことだろうな。棚に並んだ小ぶりなジャックオランタンたちが、まるで聞き耳を立てるように微かに揺れていた。

「おせち、クリスマス、 バレンタイン? ふん、甘っちょろい祭りなんざハロウィンの前じゃ、つぶれカボチャのスープ以下だ!」
親方のどすのきいた声が部屋に響き渡ると、天井のシャンデリアがわずかに軋んだ。

「おい、ゴースト!」
黒目の穴の奥からオレンジの光がもれて妖しく揺らぎ、口元が歪んだ。
「てめえ、いつまで『かわいい』なんて言われてんだ! いいか、俺の夢はでっけえぞ! 日本中、年中ハロウィンにすんぞ! 全部カボチャで埋め尽くす!」
「は、はい」って言うしかないよね。

「次の目標は、秋の北海道大物産展だ!全部ハロウィンでいくぞ!」
たしかにデパートなんかの北海道物産展は行列すごいよ。一大イベントで常連さんも多い。おいしいもの多いもんな北海道。実はボクもブラック企業に勤める前は家族と毎年通ってた。

「あの、どうしてボクが食品部へ?何をするんですか?」
「可愛すぎて子供はお前を怖がらない、そんな役立たずのてめぇの使い道をやっと思いついた。グルメ王なんて呼ばれてるらしいな、北海道ハロウィングルメを考えるのが新しい仕事だ!」
「えー!!」
「名付けて北海道展全ハロウィン化計画。その参謀に任命する」
そんなわけで、ボクはその日から、黒い魔女の帽子をコック帽にかえて、北海道展ハロウィン化計画を遂行することになった。

おいしいものは好きだけど料理なんてやったことないよ!でも実はこの時ボクは心の片隅でホッとしたんだ。

その理由は、僕らの給料が、連帯責任制になったことにある。
先日、シフト表の前に人だかりができていた。
「おい、これ見たか?」
なまはげさんが指差した先。シフト表の隅っこに、小さな文字で書かれていた。

「次回給与支払日変更のお知らせ、全員が目標達成時になりました」
「全員が目標達成しないともらえないの!?」
なまはげさんと二人、休憩室のテーブルに向かい合って座った。なまはげさんは、僕らバイトの中では一番成果を出している。一方、僕の成果はゼロ。ずっとゼロ。

「つまり、ボクが、足を引っ張ってる?」
なまはげさんは慌てて首を振った。
「いや、そういうわけじゃねぇべよぉ……」
でも、気まずい空気が流れた。

凶ポメラニアン君が入ってきて、その空気を察したのか、しょんぼりと耳を垂らした。
美魔女さんも疲れた様子で椅子に座り、ため息をついた。
「通販の化粧品代、どうしましょ」

そんなわけで、ボクがチームを抜けることで給料が支払われるようになるなら、それはそれでいい事だと思ったんだ。

ところが、次なる事件が起こった。かぼちゃポイントの罠だ。
食品部に異動した初日、休憩室で食品部のカボチャ頭先輩、通称かぼちゃさんたちが肩を落としていた。
「ジャックオランタン彫刻技能士、また落ちた。受験料3万がドブ」
「お前不器用だもんな」
なにそれ?そんな資格あるの?受験料高すぎ!
「彫り損じのかぼちゃ、回収して、食品売り場のコロッケになってね?」
「だって、捨てるのもったいないし」と囁き合う。

確かに、最近かぼちゃコロッケはタイムサービス(一日中やってる)で、やたら安い。
厨房勤務になったボクもジュージューとエンドレスに揚げ続けている。正直もうコロッケは食べたくない。

そして、休憩室の掲示板に新しい貼り紙が現れた。
大きく、オレンジ色の文字で書かれている。

【重要なお知らせ】給与支払い方法変更について
今後、給与は「かぼちゃポイント」で支給いたします!
祝!キャッシュレス化 初回100ptプレゼント
・1ポイント=1円相当
・モール内の全店舗で使用可能!
・ポイントでお買い物が楽しめます!
・現金よりお得で便利

ハッピーハロウィン! ーかぼちゃ親方よりー
「……キャーン?」
凶ポメ君が素っ頓狂な声を上げた。

小さい文字で詳しい説明が書いてある。
なまはげさんが老眼鏡を取り出して読んだ。
「かぼちゃポイント、有効期限もあるべ!」
有効期限1ヶ月。

美魔女さんは「通販の化粧品代、どうしよう」とため息。
そして彼女は目をとじて冷静に状況分析した。
「つまり、モール内で使わせて、結局ここで回収するってことね」
「モール内、特に直営食品売り場で使えば、親方の懐に戻るってことか」
なまはげさんが悔しそうに拳を握った。
「完璧な仕組みだべ……」

凶ポメ君は、しょんぼり尻尾を垂らしている。
「ポメ君も何か買いたかった?」
「お給料をもらったら、おじいちゃんに何かプレゼントしたかったんだワン」
うーん、なんてけなげなセリフ!ボクは思わずぎゅっと彼を抱きしめた。

「ああ、愉快じゃないったらありゃしない!」
魔女さんが声を荒げ、次には目をとじて不思議な呪文のようにつぶやいた。
「ユカイ、幽界、冥界、異界。ここは、どこの魔界なの?」

かぼちゃ親方も不思議だけど、そう、この場所だってかなり怪しいよね。
ただのショッピングモールでないことはボクにもわかっている。

もう一つ気になることは、ボクはモールに来てから、正直、元気になったんだ。というか、食欲が出たって言うか。
モールに来る前は、お地蔵様のお供えのお饅頭くらいしか食べてなかったけど、それで満足してたし、そもそも食欲はあまりなかったんだ。体も丈夫になった気もするしね。

もしかして、幽霊にとっては、パワースポットのようなものなんだろうか?
幽霊だけじゃない、死者も生者もみんな、みんな。
あの子どもたちに、怪物……かぼちゃ。
一体、どこからきてどこへいくのだろう?

「ああ、外と連絡さえつけばね。魔女ネットワークでなんとか探れるんだけどさ。特にあの子、占い師の黒魔女は頼りになる……」
魔女さんは悔しそうに唇をかみしめた。


休憩室に、重い沈黙が降りたのち、かぼちゃさんたちが、どよめいた。ポイントの罠はそれだけではなかったんだ。
「よく見ろ!ジャックオランタン彫刻技能士、合格したらボーナスポイントもらえるって書いてあるぞ!」
「あ、ホントだ、各種資格習得でボーナスポイント付与」
「でも、私達、その前に不合格で受験料払ってますよね……」
かぼちゃさんたちは重そうな頭をがっくりと落とした。

ちなみに、かぼちゃさん達が愚痴ってた『ジャックオランタン彫刻技能士』
国家資格っぽい名前だけど、親方が作った謎資格だそうだ。
1時間で完璧なジャックオランタンを10個彫る。
専用の彫刻刀を買わされるらしい。

ハロウィンコーディネーター1~3級
ハロウィンの歴史から今のトレンドまで学べます!女子受けするハロウィンパーティーやデコレーションの具体例も。
2年に一度更新する必要があり、更新料がそのつどかかる。

他にもいろいろあって、かぼちゃソムリエ、ホラーフード調理補助者なんかが人気急上昇中。

かぼちゃさんが声をひそめて話しかけてきた。
「ねぇ、新入り君見ましたか?親方の部屋に飾ってある額縁。あれね全部、親方が代表を務める資格・検定なんですよ。もちろん資格は親方が作ってます」
「そうなんですか!でも、ボクも何か一つくらいは取ったほうがいいですよね?」
資格があると転職するときに有利になるかも。

別のかぼちゃさんが教えてくれた。
「初心者なんだろ?なら、まずはハロウィンコーディネーターかな。食品部門の推奨資格はかぼちゃソムリエだけど」
「なら、ソムリエを先に取ろうと思います」
「それがさぁ、ダメなわけよ。かぼちゃソムリエの受験資格は、ハロウィンコーディネーター2級だから。まずはそこ目指さないと」
「なんてこった!」
「参考書は、モール2階の本屋さんに頼めば、取り寄せてくれるよ」

その後、かぼちゃ親方からも圧がかけられた。
「今の時代資格の一つも持ってないとはな、成長する気がねぇんだな」
これって、モラハラでは?

ボクはしかたなく、ハロウィン絵本だらけの本屋さんで、まずはハロウィンコーディネーターの参考書を注文した。

朝礼では毎朝、親方からこういわれる。
「俺たちは家族!お前ら全員、かぼちゃファミリーの一員な」

ボクの勤めてたブラック企業よりひどいじゃないか!
バイトなのにさ。
でもどうせ、やめたいって言ってもやめさせてくれないんだろうなぁ。

ただ、ここで働く人たちと過ごすうちに、気づくことがあった。
たとえば、凶ポメ君には、とても会いたい人がいる。
「おじいちゃんに会いたいワン……」って、時々たそがれるんだ。
「飼い主さん?」
「ワン!おじいちゃんだけは、ポメを可愛いって言ってくれたワンよ」
なんでも、彼はペットショップで長い事売れ残ってたらしい、時折見せる怖い顏が怖すぎるって。それをかわいそうに思い、連れて帰ってくれたのがそのおじいちゃんなんだって。
ボクはポメ君のフワフワの頭をそっと撫でてやる。

「でも、いいんだワン。まだこっちに来てないってことは、おじいちゃん、元気だってことだワン」
「そっか、会えないほうがいいんだね」

さっきもさ、厨房でコロッケを作りながら、かぼちゃ父さんがこんな話をしてくれた。
「このコロッケ、うちの子供らに揚げたて食わせてやりたいな」
「おいしいですもんね」
「でもな、アイツらが来るのはずーっと先。せっかく助かったんだから、俺の分まで生きてかないとな……」
ボクは揚げ油でムカムカしてたんだけど、なんだか、今度は胸の奥がツーンと来て思わず胸を押さえた。

かぼちゃ父さんは大きくため息をついて続きを話した。
「ドライブ帰りだった、飲酒運転の車と。でも、守れたんだ」
誇らしげだった。

一番会いたい人に会えないほうがいいなんてね。せつなすぎるよ。
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