世にもおかしな物語ショートショート集

チャイ

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永遠を願った僕と、閉じ込められた魔女が繰り返す、デジャヴの街の恋 後編 レシピつき

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十月三十一日。万聖節の前日、つまりハロウィン。

街一番のスクランブル交差点。信号が青に変わった。ぼんやりして、歩き出すのが遅くなった。
ベビーカーを押した黒服の女性が前からやってくる。黒いロングスカート、マント風のコート。何とかよけてホッとした。

さっきのベビーカーに乗っていた子ども――
オレンジ色の帽子に、ブランケット。頭しか見えなかったけど、まん丸で、笑っているような、不思議な顔。
すぐに振り向いたのに、親子の姿はもう見えない。
誰かに似てる気がして、既視感きしかん、不思議な気分になった。

交差点を渡り終えて思いだした。ベビーカーに乗っていたのは、ジャックオランタン!たぶんかぼちゃの帽子をかぶった子だろうけどさ。

それでもいいよね?
町ですれ違って懐かしい気がしたあの子は、きっとハロウィンのカボチャ大王なんだ。
魔時町の言い伝えは、ハロウィンにも有効。
きっと彼女なら、そう言うはず。

僕は願い事を三回、早口で唱えた。
彼女に会えますように。彼女に会えますように。彼女に会えますように。

僕はその日も裏路地をさまよった、早く魔時屋を見つけたい。この町の全ての通りを歩くつもりだった。そして、ついに見たことのない店を見つけた。
看板はかかっていない。薄暗い店内をのぞく、奇妙な骨董品が並んでいる。
古い懐中時計、古いレコードプレーヤー、色あせた絵葉書、奇妙な形の瓶。
まるで、時間が止まっているような店。
丸型のストーブの橙色の光が周囲ににじんでいた。

扉を開けると、カランカランとベルが鳴った。
テーブルの上に積まれた古い洋書にふと目をやった。革の表紙に金色の文字。古めかしい言葉遣いの文字が言語学を専攻する僕の興味をひいた。植物学に毒薬……。

店の奥から、店主が現れた。シルクハットをかぶり、長いコートを着た男。年齢不詳で、顔の半分が影に隠れている。
「いらっしゃいませ。ああ、その本ね、最近入ったばかりですよ」
「いえ、ただ……」
「ああ、そうだハロウィンの小物をお探しで?ちょうど季節ですからね」
シルクハットの店主は微笑んだ。その笑みが、どこか不気味だった。

「えーと、今日はハロウィン。それはマジシャンのコスプレですか?」
「いいや、魔術師ですよ」

店主はちょびヒゲに触れたあと、胸ポケットの中から赤いハンカチを取り出し、さっと振った。次の瞬間、それは一輪のバラの花になった。
突然の手品に僕が驚いていると、今度は黒いハンカチを出し一振り。それはコウモリとなって羽ばたいていった。

あっけに取られる僕をしり目に店主が語りだした。芝居がかった身振り手振りをつけながら。

「彼女は願った。二人で旅行を。たった一度の幸せを」彼は笑う。「あなたは願った。彼女と永遠に。それは叶った」
「どうしてそれを?」
僕の声は震えていた。寒気が止まらない。

僕に構うことなく店主は棚から箱を取り出し、中に入っているいくつかのスノードームを見せた。
「このスノードームは特別なんですよ、まるで水晶玉みたいでしょ?」
店主は僕の前でスノードームをひっくり返した。

「中に入っているのは、時間です。逆さにすると、時が流れる、元に戻すと時が戻る。でも決して、外には出られない」
「時間?うーん、砂時計に似てる気もするけど……、でもなぁ」

ハロウィンのスノードームだ。お墓にかぼちゃにゴーストたち。逆さまにすると白い雪ではなく、黒い小さな星が降る。
墓場に黒い星が降り注ぐ。

時が流れる?まさか……。

スフィンクスの置物の横に、黒猫がちょこんと座っていた。 そして、しゃべった。
「お兄さん、それ、当たりだよ。当たり。掘り出し物ってやつ」
「……猫がしゃべった」
「あー、気にしないで。たまに時がズレるのは店主のせい。お師匠様は超一流だったんだけどねぇ」

「こらこら、余計なことを言わない」 魔術師の店主が、猫の言葉を遮るように手を振った。どこか遠くを見るような目で、ゆっくりと僕に向き直る。

「実はね、それ、非売品だったんですよ、本当は。でもまあ……売ってもいいことになったんです。そんなことがあるなんてね、不思議なこともあるものです」
「……これ、ください」 自分でも驚いた。気づいたら、口が勝手に動いてた。

「おや、そちらは調整中のもの。最近は材料も手に入りにくくてね。あなたは、こちらを」 店主はぶつくさ言いながら、慣れた手つきでスノードームを新聞紙で包み、紙袋に入れて僕に手渡した。
古道具屋を出て本屋へ寄り、いつもの喫茶店へ向かった。昭和レトロな雰囲気が残る無口なマスターがいるお店。

窓際の席で、彼女のことを思い出す。
「この時期に町ですれ違った人で、懐かしい気がする人って、それって天使かサンタクロースなのよ」
 あの声。あの笑顔。つないだ手のぬくもり。どれも、ちゃんと覚えてるのに、もう触れられない。

「ハッピーハロウィン!コーヒーのおかわり、どうぞ~」 黒猫耳に黒いワンピース姿のウエイトレスが、にこっと笑って声をかけてきた。マスターの娘さん。高校生の頃から知ってるけど、来年には大学卒業らしい。すっかり大人っぽくなったな。

「パンプキンチーズケーキ、季節限定ですよ」
「へぇ、初耳。かわいい魔女さんにおすすめされたら、頼むしかないね。その黒ワンピ、本物の魔女みたいだよ」
「やった!このまま大学行こうかな。これね、お母さんのおさがりなの」

コーヒーの湯気がふわっと立ちのぼる。 パンプキンチーズケーキをひとくち。なめらかで、ほっこり甘い。チーズのコクと、かぼちゃのやさしさ。
あ、シナモン!ビスケットの土台に、ほんのり香る。
彼女が好きだった味。なのに、隣に彼女はいない。

紙袋から、買ったばかりのハロウィンスノードームを取り出しテーブルにコトリと置く。
店内の暖かな照明が、ガラスの表面で反射している。
逆さまにしてみると、黒い星が降り注いだ。
そして――
中には、彼女が座っていた。
魔女の姿で。
黒いローブに三角帽子、手には小さなホウキ。

僕は息を呑んだ。
「君は……?」
彼女は立ち上がり、ホウキにまたがった。浮かんだっと思った瞬間、スノードームの天井に頭がぶつかり、彼女は逆さまに落ちていった。
そして、僕の方を見た。
必死に何かを訴えている。口をパクパク動かして。読唇術どくしんじゅつはできないけど、なんとなく分かった。
「にげて」背筋が凍る。

その瞬間、背後から声がした。
「いいお買い物でしたか?」
魔術師の店主が、いつの間にか側にいた。シルクハットの影で、顔がよく見えない。
他の客は誰も気づいていない。まるで、僕にだけ見えてるみたいだ。

「なんで……、ここに」
店主はゆっくりと僕に顔を近づけた。
「サンタクロースと天使様に出会った幸運なるお二人。彼女の夢は途中まで叶い、あなたの『永遠に』との願いは完璧に叶いました。おめでとうございます。
さらにあなたはハロウィンの願いまで叶えてしまうとは。私の知る中では最も幸運なお客様でございます」

ハロウィンの願い。さっきの僕の「彼女に会えますように」が叶った?
たしかに、閉じ込められた彼女に会えたけど……。
僕はスノードームを握り締める。

彼はゆっくりと執事のような礼をした。
「彼女は賢い魔女でしたよ。念のためにと魔法をかけた。自分だけがスノードームに閉じ込められればいいと、あなたを逃がす魔法を。そして、もう1つの魔法を私に依頼したのです」

店主が指を鳴らした。
喫茶店の音が消えた。時間が止まったように、誰も動かない。
「時の魔法を少々。私は時を操る魔術師。彼女の依頼は、あなたの記憶を消すこと。だからあなたは気づかない。何度も、同じ一年を繰り返していることに、繰り返している間は辛くはなかったでしょ?」

僕は深く息を吸った、魔術師はため息をついた。
「本来なら完璧に消えるはずでしたが……、ハロウィンの願いまで加わってしまったせいで、魔法にほころびが生じているようですね。まあ、どうせ毎回忘れるのだから同じことですが」
「嘘だ……」
でも、心のどこかで分かっていた。このデジャヴ。この違和感。

「僕はどうしたらいい?」
「そうですねぇ、二度あることは三度あると申します。
町を歩いてみてはどうでしょうか?懐かしい方にまた出会えるかもしれませんよ。犬も歩けば棒に当たるとも言うじゃありませんか」
当てもなくさまよい続けるさまが、脳裏に浮かんだ。

魔術師が指を鳴らした。
「さあ、次の一年を始めましょう」
「やめろ!彼女を返せ」
僕は叫んだ。声が出ない。体が動かない。
店主は首を振った。
「同じ過ちが繰り返される悲劇。そのたびに彼女はつぶやくのです。『また始まる』と。でも、あなたは気づかない。毎回、記憶が消えるから」



気がつくと、僕は一年前の交差点に立っていた。
クリスマスまであと一ヵ月、今は十一月。
隣には、先月図書館で出会ったばかりの彼女がいた。

「ねえ、この町には不思議な言い伝えがあるの」
彼女が話し始める。
「この時期にね、町ですれ違った人で、懐かしい気がする人って、それって天使かサンタクロースなんだって」

僕はポケットの中で、小さなスノードームを握りしめた。
いつから持っていたのか、思い出せない。
僕の唇が勝手に動き始める。
彼女と永遠に一緒にいられますように。
彼女と永遠に一緒にいられますように。
彼女と永遠に一緒にいられますように。

それでも、止められない。
永遠に。

スノードームを見つめる。黒い星がうごめく。飛べない小さな魔女は泣き疲れて座り込んでいる。


今回は珍しく恋愛物でした。よければ、お気に入り登録やいいね!していただけると、うれしいです。
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挿絵にレシピカードのおまけです。作中に出てきたパンプキンチーズケーキが再現できます。
パンプキンチーズケーキのレシピカード2枚組です。




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