帰省、コロッケ、懐かし味

チャイ

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帰省、コロッケ、なつかし味

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俺が会社のデスクでコンビニ弁当の昼飯を食いながらスマホをいじっていると、たまたま目に留まった誰かの呟き。

「昔食べてたミートボール、なんか小さくなってない?」

その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような、妙な懐かしさがこみ上げてきた。ああ、わかる、と思った。メーカーの公式アカウントが「お客様が成長されたため」と丁寧に答えているのを見て、なるほど、そういうことか、と納得した。

子供の頃、弁当箱の隅にいつも三つ、並んで入っていたあのミートボール。一個パクリと食べるのがもったいなくて、半分ずつ、大切に食べていた記憶が蘇る。

あの頃の俺は、今の俺より、ずっと口が小さかった。
そうだな、明日は弁当を持ってこよう。ミートボールを入れて確かめるのだ。

かすかだがワクワクした気分と、懐かしい気分が入り混じっている。そして、ふと故郷の味が恋しくなった。俺にも「あの頃の味」がいくつかある。

まず思い出すのは、あの「わらじパン」
地元のパン屋「わらべ屋」のデニッシュ。いや、デニッシュという言葉を俺が知ったのは、もっとずっと後の話だ。

縄をグルグル巻いて楕円になったような、わらじそっくりの形で、厚みもわらじくらい。デニッシュらしい照りツヤがあり、普通の砂糖ではなく、粒々したグラニュー糖が上にかかっていた。周りはカリッと中は甘くてサックリ。コクがあり、冷えた牛乳と合うんだなこれが。

しかも、なんせ大きいから食べ応えがある。おまけに安い!
他の菓子パンと同じくらいの値段なのだ。バターではなくマーガリンを使っているのかもしれないが、それでも安いと思う。

幼い俺は母に買い物に連れられると、まずはわらべ屋に行こうと手を引っ張ってねだったもんだ。後で寄るのでは間に合わない、そんな売り切れ必須のパンだった。

高校入学、購買部にわらべ屋が入っていて驚き、同じ中学出身のクラスメイトと抱き合って喜んだ。
「俺たち、この学校選んで正解だったー」

購買部にパンが並ぶのは昼時だけ。食堂はなかったから、弁当を持ってこない生徒達はみな購買のパンを買う。校舎外に出るのは固く禁止され教師はやけに目を光らせていた。当時のあの鎖国状態は今思うと不思議なくらいだった。

そんなわけでパンは飛ぶように売れ、俺たちは事前に小銭を握りしめパンを買った。白い衛生帽子をかぶったおばちゃん達が手際よく会計をしてくれる。

焼きそばパン、揚げパン、メロンパン、三色パンが購買パン四天王。
サンドイッチは少しお高めなので、セレブパンと呼ばれてたっけ。

そして一番人気は我らが愛する『わらじパン』
四天王のさらに上、購買部のパンの頂点に君臨していた。

わらじパン争奪戦は壮絶だった。
昼休みを告げるチャイムと同時にダッシュ、負けられない戦い!
しかし、運動部も文化部も帰宅部も関係ない。
重要なのは、そう、教室の位置、そしてチャイムと同時に授業が終わるかいなかなのだ。

そんなわけで、4限目の授業の終わり際は、購買駆け込みたい族が「早く終われー、きっちり終われー」の念を教師に飛ばしまくっていた。

「テレパシーの正しい送り方」というオカルト本が教室で回し読みされていたこともある。

ああ、もうすぐ食べられる。帰省が楽しみだ。
そして、あのわらじパンの本名が知りたい。



もう一つの懐かしの味と言えば、でかいコロッケだ。
阿弥陀商店街にある老舗(=古くてボロい)の肉屋の揚げたてコロッケ。牛、豚、鶏がにっこり笑っている色あせた看板。
これ最近知ったんだけど、共食い看板って言うらしい。

キツネ色のそれは、普通のコロッケよりも大きくて、わらじコロッケと呼ばれていた。たぶん正式な名前があると思うのだが、誰もがわらじコロッケと呼ぶ。

「わらじ八つくださーい」
「はいはいね」
頼まれたおつかい。おばさんに渡されたコロッケの紙袋はずっしり重くてあたたかい。
その場で食べてしまいたい誘惑と戦いながら家路につく。

家々からは、ゆうげの匂いが漂う。当時好きじゃなかった焼き魚の匂いだって腹に染みた。
俺は、すぐにこっそりとコロッケの匂いを嗅ぎ、にんまりしてまた歩き出すんだ。

無事に家に着いて母にコロッケを渡した時の安堵感と言ったら……。
まるでRPGゲームで勇者がひとクエストやり遂げたあの満足感と同じ。
頭の上で祝福の電子音がパラリラリーンと鳴っていた。

わらじコロッケはじゃがいもがほくほく、肉は少々。
キツネ色の衣はさくさく。
あの頃から何となく懐かしい味だと思っていたのは、なぜだ?うーむ、あの少し甘めの味付けが人を妙にノスタルジックにさせるのかもしれない。

コロッケにかけるのは、ソースがいい。
かけなくてもいいが、かけないとコロッケはご飯のおかずにならない。
母はこれに練り辛子をつけて食べていた。

わが家の食卓コロッケ事情は、市販冷凍食品のクリームコロッケ、そしてこの肉屋のわらじコロッケが順番に登場した。
クリームコロッケは姉のリクエストで弁当にも入っていた。小ぶりの俵型のコロッケを割るととろっとしたクリームがでてきて、もちろん美味い。

俺も会社用の弁当を作る時にたまに使う。
今のクリームコロッケは昔よりおいしい気がする。しかもオーブントースターやレンジで温めるだけなので楽だ。

だが、食べ応えで言えばやはり、あのわらじコロッケに勝るものはない。
誕生日にはいつも一人2個のところ、3個にしてもらうのが楽しみだった。

大人になったら、コロッケを積み上げたコロッケタワーを自分一人で食べてみたい。そんな夢もあったな。
まぁ今は悲しいかな、揚げ物で胸焼けするお年ごろだ。

それにしてもあのコロッケの大きさ、他では見たことがない。俺は大学で上京してから今まで何度か引っ越したが、いまだお目にかからない。

帰省したらこのコロッケも食べてやろう。
夏場はどうにも食欲が落ちていたが、暑さ寒さも彼岸まで。
九月も中旬を過ぎれば、食欲もわいてくるだろう。

それはそうと、あの肉屋、今もやっているのだろうか、姉に連絡しておかねば。



結局、秋のお彼岸に帰省することになり、新幹線の予約を取った。
父の三回忌にもあたるし、墓参りもしたい。

お彼岸と言えば、秋はおはぎ、春は牡丹餅。
あのころのわが家では、家族総出で朝からおはぎを作っていた。

それにしてもスーパーで売っているおはぎ、特に最近のおはぎの、小ささはなんなのだ。
あれは上品さを狙っての事なのか。それとも大きいサイズが食べきれないのか。
年々小さくなっている気がする。
丸い団子サイズのおはぎを見たときは正直、がっくりきた。

今の若い者は~と年寄りがぶつくさ言いだす気持ちがわかる。
今のおはぎときたら~を5周くらい繰り返せそうだ。

昔のおはぎはもっと大きかった。
わが家のおはぎだって、大迫力十センチはあった。まさにわらじおはぎだ。
楕円形でぼってり、ずっしり。
昼ご飯はこのおはぎだけを食べる、他のものは一切なしの潔さ。

おはぎだけで昼ご飯をすますなんて……。
うん、家族みんな夢のような一日だった。

おはぎ作りのコツは、半殺し!
米少な目でもち米多め。水につけ塩をほんの少し加え普通に炊く。

炊きあがれば蒸らす。この時間はなんともじれったい。ようやく炊飯器をあけると湯気がホカホカ。
しゃもじで混ぜ、すりこ木でトントンとつぶすのだが、米粒を全部つぶすと餅になってしまう。
半分程度つぶすのだ。これを半殺しと言う。

餡は、もちろん家で小豆を炊いて作ってもいいし、市販のものを買ってきてもいい。
母は商店街の和菓子屋「うずや」で買っていた。この店のまんじゅう、どら焼き、大福はうまいので、そりゃ餡だっておいしい。
艶のある粒あんを見るだけで幸せな気分になれるし、すでにお茶が欲しくなる。

そこは中学の同級生京子ちゃんの店で、当時俺らの中学で一、二を争う人気の女子だった。占いが好きで、前後の席になった時は本当にパラダイスだった。
「ほら、見て見て。結婚線出てるから、私、結婚運いいんだよ」
そう言って俺に自分の手のひらを見せてくる京子ちゃん。柔らかそうな小さな手。それから俺の手を取って、
「裕太くんは……うーん、ちょっと線が薄いかな?でも大丈夫、努力次第だよ」

なんて笑っていた。努力次第、か。今のところ努力が足りていないようだ。
本人は和菓子屋は嫌、ケーキ屋さんがいいと言っていて大阪の製菓専門学校に進学したと風の噂に聞いていた。

さて、おはぎの作り方だが、ご飯をつぶして餡を用意すれば、後は包むだけ。
俺がこうして、暗記できるほどだから意外と簡単だ。

餡は棒状にして、作る個数分に切り分け丸めておく。小豆おはぎの餡は少し大きめにしておくのがコツだ。ご飯も大雑把でいいから個数分にしゃもじで分けておくと作業がしやすい。

とりあえず、小豆のおはぎを作るとする。
掌にラップを乗せ、楕円に丸めた餡をのせてもう一枚ラップをかぶせ軽くつぶして餡を広げる。
かぶせたラップをはずし、中央にまるめたご飯をのせ、ラップごと餡でキュッと包みこむ。
楕円に整えれば小豆おはぎの完成だ。

完成後はなるべく触らないようにする。
せっかくの美しい黒々したおはぎに指の跡がつくと大ショックなのだ。

うむうむ、いかにも田舎風だが、売っているおはぎよりも立派ではないか。
日本昔話の絵本で見たことがある。
ずっしりとした重みと甘さをかんじるおはぎだ。

きな粉、ゴマおはぎの場合は、餡をご飯で包んで作る。それを紙の上に広げておいたきな粉やすりごまをまぶせば完成。

きな粉は香ばしい香り、黒ゴマはコクのある風味が口に広がって、これもまたいくつでも手が出る味だ。
はぁ、こうして想像するだけでうっとり、ため息とよだれが出てしまった。


姉に帰省の日時を伝え、わらじパンとコロッケの話をした。

「あはは、わらじパンにわらじコロッケね。うちら大好きだったもんね」姉が朗らかに笑う。「うん、今も店やってるよ。わかった買っておくからね」

「そういや母さん、おはぎ作ってる?」

「それが、みんな出てったし、父さんもいないから、もう作ってないの。でも、うちの子にも食べさせたいなぁ、あたしは仕事忙しいしさ」 やはりそうか、父の闘病が長かった分母の喪失感は長く続いているのかもしれない。

「わかった。帰ったら俺がおはぎ作るよ」 「えー、さすが裕太!結婚できないのが不思議だよー」 田舎の人間はそういう事をすぐに口にするから、帰省するのがおっくうになるんだよな、と俺は思ったが口には出さない。



彼岸の中日の前日、からりと晴れた朝、新幹線に乗り込み、駅弁を広げる。ナイロン製のバッグがパンパンに膨れて結構な荷物だ。東京土産の菓子箱に加えて、甥っ子に頼まれた物が入っているからだ。

限定品のカッパのキャラクターのぬいぐるみ、それがかなりかさばっていた。ちっともかわいくない目でこちらをにらんでいる。最近の流行は俺には分からない。

車窓に懐かしい山々が見えてきた。 駅弁を食べ終え、SNSをチェックすると、あいつから連絡が入っていた。

幼馴染の憲一は、両親の洋食屋を継いでいる。ハンバーグがうまい地元の人気店。 あいつの話によると、地元ではまだ若手と呼ばれ、地元商店街の役員としての活動もあるらしい。

奴にとってはそれが面倒らしく、なんの効果もないし、時間も取られるしという愚痴を散々聞かされていた。まぁやつはちょい気弱なところがあるからな。その分、職人肌で細かいことに気が回ったりするのだが。

駅に降り立つと、駅前商店街は相変わらず、さびれ具合が進んでいる。 昔ながらの時計屋、布団屋がついにシャッターを下ろしたのが目に入った。 この間まで、閉店セールと言いつつずいぶん粘って店を開けていたようだったのに。

向こうからじゃれあいつつやってくる高校生カップル。 俺が卒業した高校だ!制服のズボンがチェックになっているのには驚いた。ずいぶんおしゃれになったもんだ。 数年前に共学化したとは聞いていたが実際に女子がいるのを見てみるとなんだか違う学校ようだな。

そしてあの子たちも昼の購買部のわらじパン争奪戦に走っているのだろうか。 あの負けられない戦い。 ああ、今は、あの頃とは違い現金ではなく、カード決済なのかもしれないが。

実家に着いて出迎えてくれた母は元気そうだが、なんだか一回り小さくなったような気がした。 俺はここにきて親の老いに直面したことに改めて驚いた。
背が縮むって本当なんだな……。はぁ、俺も腹が出るわけだよ。
ポッコリ気味の腹をさすりながら、「そろそろ俺も、親孝行しないと」なんてドラマみたいなセリフが思わず口をついた。

だが、この話は姉にしても無駄だ。姉は父の葬式あと落ち込む母に「だいじょうぶよぉ、母さん。女の人はさ、旦那が死んでからが、第二の人生楽しいんだって!」とテンション高く母を慰めていた。
「はぁ、姉さん!」俺が止めても姉は止まらない。
「近所の玉井さんもそうだったじゃん。あとさ、アタシのパート先だって、みーんなそうだよ。食事の支度はしなくていいし、旅行に無理やりついてこられることもない!天国だって。そりゃはじめはさみしいだろうけどさ。おひとり様って天国らしいよ」
親戚のおばさん達もそーなのよねーと力強くうなづいていた。
 
いつか母もそうなるのだろうか?母の姿をちらりと横目で見る。
まだしばらくかかりそうだ。それほど、父の闘病生活は、長かった。車に乗ることができなくなった、二階に上ることができなくなった。できないことが一つずつ徐々に増えていく辛さとの闘いだったのだ。


感傷を頭のわきに寄せて、俺は餡ともち米を買ってきたことを母に伝えた。そう言えば、あの「うずや」は店を建て替えて和モダンな今どきの店になっていた。さびれるだけではなく、時代に合わせ、生まれ変わるものもあるのだな。

「まー、あんた気が利くじゃない。おはぎ、任せといて母さん作るから!」 母は久しぶりのおはぎ作りににわかにやる気を出したようだ。ウキウキした様子になんだか俺まで気持ちが上がる。

俺は自分の子供部屋の片づけに精を出した。そろそろ教科書だの成績表に工作だの捨てないとな。のんびりしすぎだろ。 そして、あっという間の夜になり、姉と甥っ子、幼馴染がやって来て宴が始まった。

「頼まれてたコロッケ買ってきたよ」と姉。

わらじコロッケがドーンと皿に盛られて登場した。皿が小さく見える。みんなが歓声をあげる。

だが——え?わらじコロッケ、昔よりもずいぶん大きくないか?

大人の男の手のひらより大きなジャンボコロッケを前にして俺はひるんだ。記憶の中では、俺の掌の半分ほどのサイズだったはずだ。一人2個?無理無理。

「あ、そうそう、ほら、リクエストのわらじパンも買ってきたよ」

姉が紙袋からわらじパンを取り出すと——こ、これもでかい!昔15センチでも大きいと感じたが、倍の30センチになっている。それはもはやパンというより、巨大な木彫りの民芸品のようだった。 俺は息をのみ、目を見張った。

記憶のなかのわらじパンとコロッケ。 目をとじて子供の頃、そして高校生の頃を思い出してみる。 そして目を開けた瞬間、この規格外のわらじたちが俺を混乱させる。

「なんで、こんなにでかいわけ?わらじコロッケもわらじパンも?」 しばらく言葉がでなかったがようやく疑問を口にできた。まさか、これって俺が小さくなったわけじゃないよな?

「ああ、2年前からさ、ビッグわらじコロッケ、スーパービッグわらじパンになったんだよ」と幼馴染の憲一が動揺する様子もなく答える。

「はぁ?なんでまた?」

憲一は名刺を出した。『阿弥陀商店街ご当地グルメ普及委員会会長』 「へ~会長なんてやってんだ、憲一」 思わず呆けた声が出た。あの、愚痴ばかりこぼしていた、内気なあの憲一が……。俺が知っている憲一とは、別人みたいだ。

「俺たち同世代のやつらでさ、でかいサイズのわらじ型のメニューを地元のご当地料理にしようって盛り上げてるところなんだ。昔からここらのわらじパンとわらじコロッケって人気だったろ?どうせならどでかくしてやろうってさ」

「そうよ、結構ローカルテレビでも取り上げられて今流行ってるんだから」と姉も嬉しそうに言う。
「うちの洋食屋でも、でかわらじハンバーグやっててさ。若い奴らにも人気なんだ。SNS映えするからな」と憲一がスマホを見せてくれた。 なるほど、すごいな。あちこちのSNSで投稿されている。
動画もアップされていて、見ると、昔よりとんでもなく大きな焼き立てハンバーグがジュージュー音を立てていた。流行のチーズもたっぷりでおいしそうだ。

「お前、いつの間にこんな熱い男になったんだよ」 俺の問いに、憲一は少し照れくさそうに頭をかいた。その仕草だけは、昔の憲一のままだった。

「うずやの京子ちゃんもさ、離婚して出戻って、家継いで、わらじどら焼き作ってんだぜ。ほら、これ、京子ちゃんがイラスト描いてんだ」 阿弥陀商店街ご当地グルメわらじマップという絵地図に、うずやと京子ちゃんの似顔絵が小さく載っていた。

イラストは上手で手描きの温かみがあった。そう、京子ちゃんはかわいいだけでなく、昔から絵がうまくて文集作りやら修学旅行のしおりやらで活躍してたんだっけ。

さっき部屋の片づけをしている時も当時の文集がでてきて、掃除を忘れて見入ってしまった。さがせば、中学卒業のサイン帳もあるはずだ。京子ちゃんは俺にも笑顔で、丸っこい字で卒業メッセージを書いてくれた。俺の似顔絵が猫なんだよな。眼鏡の可愛いトラ猫だ。

憲一はあの時、サイン帳なんて恥ずかしすぎる無理だとあきらめた。で、俺がもらったのを見てさんざんうらやましがったんだ。

ああ、京子ちゃん、名前を聞くだけで今でも胸が高鳴る。
「今日、うずやに行ったのに、会えなかった……残念」でも、会えると分かっていたら、もっといい服、着ていきたかったしな。もっとも、あの子に覚えてもらっている自信はない、俺はがっくりと肩を落とし遠くを見た。

「そうそう、うずやの餡で作ったおはぎもあるよ!」 母が台所から大皿を運んできた。うちで一番でかい滅多に見ない皿だ。

これが家のおはぎ?超ビッグサイズではないか!見た目こそ昔と同じわらじ型、全体的にぼってりとおいしそうだが、とにかく大きい。一個食べれきれるのだろうか。

「お皿に乗り切らないのは、また持ってくるわね」 「母さん……」 「すっごーい、おおきいね」甥っ子も目を丸くし、憲一は震える声で言った。
「おばさん!こんなおはぎ、見たことないですよ!」

母は照れくさそうに答えた。「そうなのよー、なんか個数たくさん作るの面倒になっちゃって。少ないほうが楽じゃない」

そんな理由で……。 恐る恐る、おはぎを箸で切り分け、一口パクリ。

ああ、うまい。米に加えたほんの少しの塩気が小豆の甘みをひきたてる。もちろんうずやの餡も上等だ。甘すぎずちょうどいい甘さ。

ご飯のつぶし具合はもちろん半殺し。柔らかく、もっちり、なにより、この粒つぶ感がおはぎならでは。 餅とは違うのだよ餅とは!

ご飯と餡の割合もいい。甘い餡だけではダメ、白いご飯部分が感じられてこそのおいしさなのだ。

俺がいっぱしのグルメ評論家並みに美味いおはぎの条件を語ると一同がそうだとうなづいた。甥っ子もうんうんとわかったような顔をしていた。 姉はおはぎを作らないらしいが、この子はどうだろうか? もう少し大きくなれば、一子相伝。作り方を伝授してやろう、俺は思った。

憲一も「でかくて、うまくて、わらじ型!」と涙ぐんで感激している。あいつが、そんなにおはぎが好きだったとは。

「裕ちゃんのおばさん!これ店出しましょう!阿弥陀町名物わらじおはぎ!」 
「あら、ケンちゃん、お世辞うまくなったねー」 母はまんざらでもなさそうな顔で、ニコニコしていた。



翌日、俺は墓参りを済ませ、駅に向かった。駅で地元のフリーペーパーを見ると、「でかわらじグルメで町おこし」の記事を発見した。阿弥陀商店街ご当地グルメ普及委員会会長の憲一へのインタビューだ。なんでも、今では商店街のみならず市全体で盛り上げていこうという話になっているらしい。

出てったやつはいいよなぁと、うらやましがったり、愚痴るばかりだった幼馴染が、今では立派に地域を引っ張っているとは誇らしい。

昨晩だって彼はご当地グルメの観光経済効果を嬉々として語り、俺にもアイディアを求めてきた。とりあえず、スタンプラリーはどうだと提案すると。
「いいね、それ。京子ちゃんとも相談してみるよ」と返って来た。え?もしかしてお前らって……?
あの頃、京子ちゃんにサインを貰うことすらできなかった内気な憲一が、今、当たり前のように彼女と二人三脚で仕事をしている。それ以上のことは聞けなかった。まるであの頃と同じだ。だが、憲一が変わったのは、京子ちゃんがいるから。そう言われても不思議ではない感じはした。



帰ったら俺も会社の人に宣伝してみよう。「でかわらじグルメツアー」なんて企画して、みんなで食べに来るのも面白いだろう。

ミートボールは小さくなったわけじゃない。俺が大きくなっただけだった。そして、故郷の味は、その「デカさ」で俺の成長を優に超えてきた。それも、懐かしさだけじゃない、新しい理由で。

ミートボールを半分にして食べていたあの頃の俺、聞いてくれ。 「俺は大人になってもみんなが好きだ」 あの頃の味が今の俺を作ってくれた。

でも、思い出の味は、思い出の中にだけあるものじゃない。それは故郷の熱意を乗せて、新しい物語を紡ぎながら、今も生き続けているのだ。

そう言えば、わらじパン、わらじコロッケの本当の名前はなんだったんだろう? あれはあだ名みたいなもんで、みんなそう呼んでいたけど、本名があるはずだ。 いや、もういい。デカわらじ。それこそが、故郷の新しい本名なのだ。

それまで憲一も俺も無理せず頑張れ!そして心の中で俺は京子ちゃんにもそっとエールを送った。




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