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第48話 【矢雨と亀の籠城】
しおりを挟む朝を迎えた湯ノ花の城塞は、亀が首を甲羅に引っ込めたように沈黙していた。
門は固く閉ざされ、城壁の上に並ぶエルフの弓隊も矢をつがえたまま動かない。ただ冷ややかに、迫りくる大軍を見据えているだけだった。
「……まるで獲物を狙う生き物だな…」
兵士の一人がぽつりと漏らした。
無言の城。無音の村。まるで敵が押し寄せるのを待つ巨大な獣のように、湯ノ花は息を殺していた。
「えぇぇーいっ!!構うな!」
その兵の首筋を怒号が打った。
ラインハルト国王である。最後方の豪奢な椅子に座り、ふんぞり帰るその姿は、朝日に照らされて黒々と輝いていた。
「我が魚鱗は天下無双! この陣で踏み潰せぬものなど無い! ……おいそこの貴様ッ!槍が曲がっておるぞ! 列を乱すな! 乱れたら貴様ごとへし折るぞ!」
「ひっ……は、はいっ!」
兵士は慌てて姿勢を直したが、汗で手が滑り、槍の穂先がぐらりと揺れる。
「貴様ァ!その手を切り落として槍と差し替えてやろうか!? 戦場に震える腕など不要だッ!」
「も、申し訳ありませんっ!」
周囲の兵士たちは息を殺す。王の視線がこちらに飛んでくるだけで、背筋に冷たいものが走った。
「さぁ!全軍進めェェッ!!」
軍太鼓がドドンと鳴り響く。
魚鱗の三角形がゆっくりと前へ押し出される。
槍を突き出した兵士たちが、まるで一枚の鋼鉄の壁のように迫ってきた。
その瞬間、城壁の上から風を裂く音が走った。
ひゅん、、次いで、地を叩く重い音。矢が大地に突き刺さる。
「っ!? 矢だ! 弓矢が来るぞ!!」
叫んだ兵士の隣の盾に、二本目の矢が突き立った。金属を貫く鋭さに、兵は思わず後退する。
「馬鹿ども!!退くなっ!盾を上げろ!」
国王の怒声が飛ぶ。
「頭を上げろ、貴様ら! 矢が怖いか! その矢を受けて進むのがお前ら兵士の務めぞ!」
矢雨は止まらなかった。エルフの弓隊はまるで森の精霊のように正確に矢を射ち続け、兵たちの間に小さな穴を穿つ。
だがそれでも、魚鱗は崩れない。押し寄せる波のごとく、じりじりと城門へ近づいていった。
「門を破れ! 一気に突き崩せぇ!」
兵隊長の号令に、突撃兵が盾を構え、城門に殺到する。
しかし、その瞬間、、、。
「いらっしゃいませ~!!湯ノ花の里にようこそ!!」
城門の影から飛び出したのは、ゴブ太郎とゴブ次郎率いるゴブリン隊だった。
「ご予約の国王軍さんですね!!お待ちしておりました! うおらぁっ! 突撃ぃぃ!」
「ぐっはっはっ!この門はくぐらせんよ!! オレたちゴブリンのおもてなし、たっぷり味合わせてやるわっ!!」
ゴブリンたちは殺さぬように槍を弾き、足を払う。転んだ兵士の兜を叩いて笑い、盾を押し返しては「ほらほら帰れ!」と煽った。
ゴブ太郎は片腕を布で巻いたまま、大斧を振り回して、なおも豪快に吠える。
「ぐははっ! このしっかりとくっついた腕で殴られたいか?? それともこのゴブリンの牙で尻を噛まれたいかぁ!?ぐははははっ!!」
ゴブ太郎の言葉に敵兵は思わず後退し、列が乱れた。
「ふはははは!!」
国王は高笑いを上げる。
「よくぞ持ちこたえたな、反逆者ども! だが所詮は寄せ集め! どこまで我が魚鱗に抗えるか! もっと試してみろ、どこまで耐えられるか見せてみろぉ!」
その声に、兵士たちはさらに顔を引き攣らせた。
「怯むな! 怯んだら首を刎ねるぞ!」
怒号が飛ぶたび、兵たちは歯を食いしばって前進する。だが、恐怖と混乱が心をじわじわと蝕んでいた。
その戦場を見下ろす丘の上。ラインハルト王の血を引く王子リュウコクと、かつて王国軍を率いたカリオスが並んでいた。
「ふふ……始まったね…」
リュウコクが細めた瞳に映るのは、魚鱗の陣を進める数千の兵と、その背に響く国王の罵声だった。
「兵が怯えている。だがバカ親父は気付いてか、気付かぬか…相変わらずの“恐怖で尻を叩くこと”しかできないね…」
静かに吐き出したその声には、皮肉とも諦観ともつかぬ響きがあった。
カリオスは苦々しく鼻を鳴らす。
「ははは!王はいつもそうだ。威を示すためなら兵の命など駒と同じ。……だが、兵は機械じゃない。恐怖で繋がる列は、矢一本で崩れることもある」
「ふ~ん。僕が学んだ兵法書には“兵は水なり”とある。器を誤れば、流れは容易く氾濫する……バカ親父の器なら簡単に溢れる。器を広げられぬ王だ」
そう言ってリュウコクは薄く笑い、しかしその目は冷えていた。
「しかし、、皮肉なものだな。かつて“王家の誇り”と讃えられた魚鱗が、今は兵たちを縛る鎖になっている」
「……なら、鎖が切れる瞬間を見届けるとしようか、“王子様”!」
「あぁ、最後に笑うのは僕たちだからね!」
二人の視線の先で、矢雨が再び降り注ぎ、ゴブリンが飛び出し、槍の列が波打つように揺れた。
、、その頃、湯ノ花の里の中では。
「……よし、エルフさんとゴブちゃんたちが頑張ってる間に、、こっちは予定通り進めて…と」
ミサトは広場の隅で地図を広げ、使者たちに低く指示を飛ばしていた。
祭囃子に紛れて、密かに人が裏道から出立してゆく。
行き先は港。そこで《新楽市楽座》の布告を打ち出す準備が進められていた。
「《湯ノ花の取引は自由、商いは誰でも歓迎……だが国王軍の攻撃により、現在商売出来ず》これを広めれば国王の支配は揺らぐ。港から物資が流れて来なければ、魚鱗の陣なんて自滅するんだから……」
ミサトは自分に言い聞かせるように呟いた。
喧噪に混じり、心臓の鼓動だけが強く鳴る。
「三十日……三十日あれば何とかなる……! どうか……上手くいってよぉぉぉ……!」
城の外では矢雨と怒声。
城の内では太鼓と笑い声。
戦場と市場、二つの戦いが同時に動き出していた。
続
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