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第42話 【笑いと静寂のはざまで】
しおりを挟む朝の光が、ゆっくりと天守閣の障子を透かした。
白い霞がかかる湯ノ花の街。
その中心に立つ天守閣。
ミサトは、手すりに手を置いたまま、風に揺れる豪奢なマントを見つめていた。
、、リュウコクのマントだ。
昨夜、彼に抱き上げられた時に感じた、あの体温と香りがまだ残っている気がした。
「……ほんとさ~、あいつってずるい人だよね!いっぱい泣かせたまま、静かに寝かせて帰るなんてさ…しかも良い匂いのマントまで置いてっちゃって……。この匂い嗅いだらお前のこと思い出すだろっつーの!ドルチェアンドガッパーナの香水のせいだよとか言わせたいんか??」
苦笑まじりに呟く。 目の奥がまだ少し熱い。
でもその熱は、悲しみの余韻ではなく、どこか温かな余光のようだった。
その時、下の広場からどっと笑い声が上がった。
子どもたちの笑い、職人の笑い、ゴブリンの甲高い笑いまで混じっている。
湯ノ花の街に、久しぶりに本物の“日常の音”が戻っていた。
「……ん?なんか楽しそう??」
ミサトは顔を上げ、目をこすった。
腫れたまぶたがまだ重たい。
それでも、自然と足が外へ向かっていた。
広場には輪ができていた。
中央で、短髪の男性が何かを身振り手振りで話している。
エルナがミサトを見つけて、にっこりと笑った。
「ミサトさん! 見てください、あの人、すっごく面白いんですよ!」
人垣を抜けていくと、そこにいたのは、、ニアだった。
ザイールから来た、あの寡黙な戦士。
けれど今の彼は別人のようだった。
「ちょっと聞いてくれます?? せやからなぁ~! ウチらザイール兵の朝礼っちゅうんはな、まず“砂漠の風に感謝”から始まるんや!……せやけどな、感謝しすぎて髪の毛全部持ってかれたん誰や思う? ウチの隊長や! あの人、朝っからツルッツルやで!ほいで、昔、新人が朝日か思て~隊長の頭、拝んだっちゅう話しやっ!」
湯ノ花の民が腹を抱えて笑った。
ニアはそれを見て、ますます調子に乗る。
「まてまて、まだや!ほんでな! そん時の隊長の名言がこれや。“風は我が敵、しかし地肌は誇り高し!”やて! 、、いや、凛々しい顔で誰がハゲ誇ってんねんっ!」
再びどっと笑いが起こる。
ミサトは目を丸くして立ち尽くした。
「えっ?あの~……ニア、さん? え、あなたそんなキャラだったの!?」
ニアはミサトに気づくと、いたずらっぽくウインクした。
「あっ、これはこれはミサトはん。おはようございます。うちの姉が喋るなゆーから喋らへんだけで、笑わせるのは得意な方なんやで?なんで喋るなって言われかって?? ほんなもん決まっとるやん!うるさいんやって!!」
その言葉に、ミサトはつい吹き出した。
笑い声が、暖かい風のように街中を包んでいく。
昨日までの戦いの跡が、少しずつ、柔らかく塗り替えられていく。
ミサトは胸の奥で小さく呟いた。
「あはは……これが、平和の音なんだね」
リリィがそっと囁いた。
『はい。ミサト。戦いの後に訪れる最初の笑いこそ、神様の祝福です』
「ふふ、そうかもね……。でもまさか、祝福の形が“ハゲネタ”だとは思わなかったけど」
『はい。ミサト。神様のユーモアは人間より一枚上手です』
ミサトは笑いながら空を仰いだ。
雲が千切れ、光が差し込む。
平和は、もうここにあるのだ。
◇◇◇
場面は、砂色の城壁に囲まれたザイールへと移る。
長い旅路を経て、ザハラたちの一団が城壁を越えた瞬間、城門の前に立っていた兵士たちが静かに一礼した。
ザハラは振り返り、カイルを見た。
「改めて礼を言う。よう来てくれたな、カイル。ここを、そなたの故郷と思ってくれてかまわぬ。不便があれば何でも言うてくれ」
その声には、女王としての威厳よりも、仲間としての温かさがあった。
カイルはゆっくりと頷いた。
「あはは、、恐縮です。……じゃあ、遠慮なく甘えさせてもらいますよ。仕事があればいつでも声をかけてください」
カイルの言葉にザハラは微笑み静かに頷く。
そして一人の兵士に合図を送る。兵士が進み出て、カイルを宮殿内の部屋へ案内する。
立派な扉の向こう、日差しの入る一室。
荷を下ろし、ベッドに体を沈めると、干したての柔らかなお日様の香りがした。
「んんん~~……湯ノ花の温泉とは、違う匂いだな」
ぽつりと呟き、瞼を閉じる。
ミサトの笑顔、エルナの声、ゴブリンたちの姿、ミサト式楽市楽座の賑わいが脳裏に浮かぶ。
そして、不意に吹き出した。
「ははっ……しみったれた顔しても仕方ないな。さぁて、、新天地、頑張りますか!」
カイルは勢いよく起き上がり、眼鏡をクイッとあげると上着を羽織る。
扉を開け、迷いのない足取りで城の奥へと向かった。
◇◇◇
辿り着いた先は、冷たい石の匂いがする地下牢だった。
薄暗い通路の先、松明の火が揺れている。
そこに、看守サミールがひとり立っていた。
「……んっ?客人、こんな所に何の御用で?」
「あぁ、ある男から伝言を預かって来た」
カイルは軽く笑いながら、片手を上げた。
「こないだは助かったよ。“故郷の味を、また食べに来い”ってさ。、、あの人からね」
サミールは一瞬きょとんとし、それから肩を震わせた。
次の瞬間、サミールの頬を伝うものがあった。
「あぁ、、……終わったんですね、、。永き戦いが……。“王妃も、きっとこれで安心して眠れる”」
その声はかすれていたが、確かな安堵が滲んでいた。
カイルは黙って頷く。
「この言葉に何の意味があるのか俺には分からない……だけど今のあんたの顔を見るととても重要な言葉なんだと思うよ…。じゃっ!確かに伝えたぞ!」
手を上げカイルの背を送ると、やがてサミールはゆっくりと階段を登り始めた。
地上に出ると、目に刺さるような陽光が広がっている。
サミールはまぶしそうに目を細めた。
そして、遠くに見えるラインハルト王国の方角を見つめ、ぽつりと呟く。
「……ありがとう、古き良き戦士たちよ。そして新王よ…。どうか、あの“悪魔の気まぐれ”がもう二度とこの地で起きぬように。 ふふ、では帰って国王様と一杯飲むとするかな……。 あははっ!」
砂漠を渡る風が、静かにその言葉をさらっていった。
◇◇◇
その頃、ラインハルト王国の西の丘。
リュウコクはひとり、沈み始める太陽の向こうを見つめていた。
風がシャツを揺らす。
「さぁて……“でかいところ”は、あと二国か。ようやく手が届く所まで来たな、、こっからが本番だな!」
その瞳には、戦いではなく、“未来を繋ぐための策”が宿っていた。
夕陽が彼の顔を照らし、長い影を地平へと伸ばしていく。
「くしゅんっ!マント無いとちょっと寒いな……。後でミサトの顔でも見に行きながら取りに行こうっと☆」
続
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