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第9話 【色の境界 朝の始まり】
しおりを挟む国境最後の村の朝は、思ったよりも静かだった。
砂漠の夜が冷え切ったぶん、朝の空気は澄みきっていて、宿屋の前に置かれた木の椅子に腰掛けると、湯気の立つコーヒーの香りがやけに強く鼻に残る。
「……あぁ、生き返る……。やっぱり朝はこれだよねぇ~」
ミサトは両手で木のコップを包み込み、小さく息を吐いた。
砂漠の砂でざらついた感じのする喉に、苦味の強いコーヒーが染み込んでいく。
「ほんまに朝から渋い顔やなぁ。自分、もうちょい乙女らしく出来へんの?」
「えぇ??無理。社畜はコーヒーが血液なの」
『はい。ミサト。あなたの血液型はB型です。コーヒーではありません』
いつものやり取りに、ニアがくすっと笑う。
ゴブ太郎とゴブ次郎はというと、カップを両手で抱え、恐る恐る中身を嗅いでいる。
「……ニオイ、クロイ、オレ…これキライ!」
「アニキ……コレ、クスリ?クサイ!!」
「嘘つけっ!お前たちいつも甘くして飲んでるだろが!これが大人の飲み物だ!てか、いつまで片言遊びしてんだよっ!」
どこにいても変わらないやり取り、そんな他愛ない会話の最中、宿の前の通りに影が落ちた。
「おはよう。待たせたな!みんな揃ってるな?」
昨日の若者、、茶髪のガイドが、軽く手を上げて近づいてくる。
ミサトは顔を上げ、にこやかに手を振った。
「おはよ~!こっちは準備万端だよぉ~」
青年は一瞬、全員の格好をじっと見渡し、、次の瞬間、ミサトの前にだけ、布を差し出した。
「女……これ、着てくれ。お前の服装だけボダレスじゃ目立ちすぎる…」
「え?リクルートスーツだめなの??」
「んっ?リクルート??何でもいいがそんな格好してんのはボダレスにはいねぇよ!目立つのが一番死ぬぞ…」
ミサトが受け取ったそれは、薄手の布を幾重にも重ねた服だった。露出が多い。というか、どう計算しても肌の面積のが多い。胸と股を隠し、上着を羽織るスタイルだ。
「えぇぇぇぇ!ちょ、ちょっと!?これ私だけ!?」
「ぷっ!いやいや、ミサトはん……それ、布小さない?」
『はい。ミサト。露出率が業務効率を著しく下げる可能性があります。ですが、いきなり断るのは失礼ですから着てみることをお勧めします」
「このっ!他人事だと思って…リリィ少し黙って!!」
青年は悪びれもせず肩をすくめた。
「今の格好で目立つのはあんた一人だ。他は問題ない」
「ちょっと!理由説明して!?理由!こんなに肌を露出して外を歩く理由を説明しなさいっ!!」
「ったく…朝から騒ぐなよ…。それが“ボダレス”だからだよ」
押し問答の末、ミサトは渋々宿の中へ戻り、着替えた。
数分後。
「あの~……ど、どう……かな……。私的には非常にヤバい気がするんですががが……お尻がスースーするんですががが……」
顔を真っ赤にして出てきたミサトを見て、全員が一瞬固まる。
「「「「…………ワァオ………」」」」
『はい。ミサト。言語処理が追いつきません。誰か助けてあげてください』
「あぁぁぁぁぁんんんっっ!!助けて欲しいのは私だよ!!後みんなもなんか言えよぉぉぉ!言ってくれ!せめて“似合ってるって”言ってくれぇぇぇ!!」
青年は一度だけ微笑み満足そうに頷くと、今度は青い布を取り出した。
「あとはこれだ。これを全員、見える場所に身につけろ」
「青い……布??」
ミサトが問い返すと、青年は声を低くした。
「ボダレスには二つの“色”がある。青はチャムチャム一家。赤はアイスマン一家」
「街を色で……分けてるの?」
「そうだ。青の縄張りに赤が入れば戦争。逆も同じ。疑われれば殺されるボダレスの街で殺しが少なくなるように両トップが考えたんだ…」
「それって……どっちが強いの?」
「青だ。赤は一家としては小さい。だが危なさでは一緒だ。だから……青を選んだ方が生き残りやすいし動きやすい」
全員が無言で布を受け取り、身につける。
「なるほどね……色付き社員証みたいなもんか」
『はい。ミサト。その例えはやめてください。あとその格好……“似合ってますよ”」
「えぇぇぇぇ!なんか気ぃ使われたぁぁぁ!なんかヤダ!!脱ぎたい。あっ!脱いだら裸だぁぁぁぁ!」
『はい。ミサト。脱がなくてもギリ裸です』
「このボケっ!リリィっ!ちゃんと慰めろ!」
青年が苦笑いしながら歩き出す。
「行くぞ。ここから先は、、“冗談が通じない”からな」
ミサトたちは顔を引き締め頷く。
しばらく歩き始めたミサトたちは砂漠の向こうに、うっすらと街の影が見え始めていた。
◇◇◇
「チャムチャム~!!朝だよぉぉ!!起きなさーい!!」
家を揺らすような声に、チャムチャムは目を開けた。
「はいはい……。おはよう!起きてるよ、ママ」
朝の食卓には、温かいパンとスープ。チキンにウインナー。そしてチャムチャムを産んだとは思えない小柄なママ。いつもの変わらない光景。
「おはよう。チャムチャム。昨日のお友達、彼女できて良かったわねぇ」
「……うん、まあね」
「ちゃんと仲良くやれてる?」
「あははっ!やれてるよ。今頃二人で海で泳いでるんじゃないかな?あんまり楽しそうだから“鮫に食われない様に気をつけろ”って言ったんだよ!!」
「あら、そうなんだ!お仕事は?調子どう?」
「順調、順調!とっても仲の良い友達と楽しくやれてるよ!」
嘘はない。
ただ、全部を言っていないだけだ。
「そうそう、今日はね新しい香辛料買ってきたのよ!」
ママが嬉しそうに差し出した小袋。
チャムチャムはそれを受け取り、指で少し舐めた。
一瞬で、表情が変わる。
「……ママ?」
「なあに?どうしたの?不味い??」
「いいや……。とってもスパイシーなんだけど……これ、どこで買ったの?」
声は優しい。
だからこそ、ママは何も疑わず答えた。
「市場の奥よ。新しい店だったわよ」
チャムチャムは立ち上がった。
「ママ。これ腐ってるよ♪」
「えっ?嘘?買ったばっかりだよ」
「あははっ!長い間船に揺られて腐っちゃったのかな??この街に届く商品は他所で省かれた物が多いからね!俺が交換してくるよ」
小袋を握りしめ振り返ると、鬼の形相に変わり扉を開け外へ出る。
◇◇◇
街を歩き始めるチャムチャムに、通りでボルドが話しかける。
「よう!朝から散歩なんて健康的だな!って……怖い顔してどうした?」
香辛料を見せると、ボルドもすぐに気づいた。
「……あぁ。やっちまってるな…。どこで見つけた?」
「今日の朝食だ!ママに売り付けやがった!許せねぇよな…。この街で、、俺のママってわからないわけねぇだろ?あいつか他所者だっ!!ぶっ飛ばす!」
「だな!通りでファミリーに会ったら声かけながら行くか!」
二人は肩でリズムを取りながら歩き出す。
市場、、または戦場と呼べる場所に向かって。
◇◇◇
砂漠と縁に築かれた街、、ボダレス。
青い布が風に揺れる中、ミサトたちはその門をくぐった。
「うわぁぁぁ……なにここ……ちょっと待って、嫌いじゃない。全然良いじゃない!!なんか美味しい物ないかなぁ??」
ミサトの目が、露店や路地、色の違う布を追って忙しく動く。
「ねぇリリィ、こういう時ってさ……西海岸の曲とか流したくならない??」
『はい。ミサト。なぜ西海岸ですか?』
「なんかこう……初めての危険地帯って感じ?テンション上がるじゃん☆」
次の瞬間、ミサトの脳内に重低音が叩き込まれた。
ズン、ズン、と腹の奥まで響くゴリゴリの音。
「くぅぅぅ!ちょっ……思ってたより治安悪い音!」
『はい。ミサト。これが“ギャングスタイル”です』
「ねぇ?この曲、著作権とか大丈夫なの?」
『はい。ミサト。問題ありません。これは私の中で“合法的に再構築された西海岸風概念音楽”です。これぞ西海岸合法的AIリミックスです』
「んんんんっ!その言い方が一番アウトっぽいんだけど!?」
しかし、歩く足取りは自然と軽くなる。
青い布が揺れ、重低音が背中を押す。
『はい。ミサト。ここでは笑える者から先に進めます』
「あはは……なら、私たちはたぶん大丈夫……だよね…?」
ボダレスの朝は、思ったより騒がしかった。
色で分けられた秩序と、笑いが通じない世界の入口。いつもの朝は、もう戻らない。
続
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