脱走聖女は異世界で羽をのばす

ねむたん

文字の大きさ
2 / 209

街での第一歩

しおりを挟む

神殿を飛び出したリディアの目に映ったのは、自分が想像していた以上に生き生きとした街だった。

冷たい灰色の石レンガで構成された世界しか知らなかった彼女にとって、目の前の街並みは驚きそのものだった。
温かみのある赤煉瓦や土壁が並び、窓には色とりどりの花々が飾られている。通りには笑顔を浮かべた人々が行き交い、あちこちから香ばしいパンやスープの香りが漂ってくる。

「ここが外の世界……」思わずため息が漏れる。心臓が高鳴り、目に映るすべてが輝いて見えた。

リディアは足を進めながら、活気に満ちた露店を覗き込んだ。
果物、布、陶器、どれも彼女が神殿で見てきた無機質なものとは違い、温かみがあり、手作りのぬくもりを感じさせる。
次々に目移りする中で、彼女の視線は商店の一角にある宝石店へと吸い寄せられた。

神殿を出る前、リディアは役立つかもしれないと密かに宝石を数個ポケットに忍ばせていた。
聖女としての仕事で手にしたもので、神殿から持ち出した罪悪感はあったものの、自由を得るための代償だと割り切った。「これで何かに換えられるかも」と意を決し、宝石店の扉を押し開ける。

店内には眩しいほどに光り輝く宝石が並び、穏やかな声で接客をしている初老の店主が彼女に目を留めた。
「何をお探しかな?それとも何か売りに?」

リディアは緊張しながらもポケットから宝石を取り出し、そっと店主の前に置いた。「これを換金してほしいんです」

店主は驚いた様子で宝石を手に取り、じっくりと眺めた。
「……なるほど。立派なものだな。少々待っていてくれ」
奥の部屋に姿を消した店主を待つ間、リディアは店内を見渡しながらそわそわと足を揺らした。

やがて店主が戻ってきて、小さな袋を手渡した。「これが君の宝石の価値だよ。中身を確認してごらん」

リディアは袋を開け、金貨と銀貨が揺れる音を聞いた。
神殿では一度も目にしたことのない光景に胸が高鳴ったが、同時に違和感が芽生えた。手に取った金貨は、彼女の知るものとは微妙に異なっていたのだ。
描かれている紋章や刻印がどこか馴染みがない。

「これ、少し変わってませんか?」と恐る恐る尋ねたが、店主は優しく微笑んだ。「普通にこの辺りで使われている貨幣だよ。安心して、どこでも使えるよ」

リディアは納得しきれない気持ちを抱えつつ、深く追求はしなかった。神殿に閉じ込められているうちに世の中が変わったのかもしれない、と自分に言い聞かせる。

「ありがとうございます」礼を言って店を出ると、胸ポケットに袋をしまいながら小さく息を吐いた。「これで、もっと自由になれる」

街のざわめきに包まれながら、リディアは次にどこへ向かうべきかと心を躍らせていた。

やがて目に留まるのは、賑わいを見せる市場や、楽しげな音楽の響く酒場。
初めて手にした自由と金貨で、彼女は新しい世界への一歩をさらに踏み出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

私は、聖女っていう柄じゃない

波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...