脱走聖女は異世界で羽をのばす

潤滑油を探せ！

魔法の絨毯がゆっくりと降り立ったその島は、大小の歯車があちこちでカラカラと音を立てながら回っていた。金属の光沢が島全体を覆い、まるで巨大なからくり装置そのもののようだ。島の中央には高い塔がそびえ、そこから歯車が幾重にもつながって島の隅々にまで動力を送っている。

「すごい……まるで時計の中みたいな島だね！」
リディアは驚きと興奮を抑えきれず、足元にある小さな歯車をじっと見つめた。足音を立てるたびに、金属が軽やかな音を返してくる。

島を歩き始めたリディアたちの目に飛び込んできたのは、忙しそうに動き回る猫たちの姿だった。白猫や黒猫、三毛猫など、さまざまな猫たちが歯車の間をせわしなく行き交い、時折「ニャッ」と声を上げながら作業に勤しんでいる。

一匹の猫は巨大な回し車の中に入り、懸命に走って歯車を動かしていた。別の猫は途中で引っかかった小さなからくり人形に猫パンチを繰り出し、動きを再開させていた。どの猫も真剣そのものだ。

「猫たち、こんなに頑張ってるんだ……でも、なんだか大変そうだなぁ。」
リディアは少し不安そうに周囲を見回した。

その時、リディアの脳裏にふと灰色の神殿で過ごした日々が蘇った。冷たく硬い石の床と、無機質な規則に縛られた日々。自分の意志ではなく、ただ命じられるままに動いていたあの記憶がよぎり、胸がきゅっと締め付けられる。

「こんな風に働き続けるなんて、猫たちもきっと大変だよね……。」
リディアは握りしめた手を見つめ、強い決意を込めた。

「私、猫たちを助けたい！ この歯車がちゃんと動くようになれば、少しは楽になるかもしれない。」
リディアは歯車をじっと観察し、その動きの悪さが問題だと考えた。とりわけ、大きな歯車の一部が錆びついてぎこちなく回っているのが目に留まった。

「これだ！ 動きが悪いのは潤滑油が足りないからだよね。」
リディアは頷くと、すぐに行動を開始した。

「潤滑油を探しに行こう！ どこかにあるはずだよ。」
リディアがそう声を上げると、メリーちゃんは「メェ！」と答え、タフィーちゃんも「ぷるぷるん！」と元気よく弾んだ。

「猫たちも待っててね！ 絶対にこの歯車を直して、みんなが少しでも楽に働けるようにするから！」
リディアは胸を張り、絨毯に乗り込む。錆びついた歯車を修理し、猫たちを助けるという新たな目的が、彼女の心をさらに熱くさせていた。

潤滑油にぴったりの素材を探すため、リディアたちは魔法の絨毯に乗り込んで空を進んでいた。すると、タフィーちゃんが突然「ぷるぷるん！」と体を震わせ、絨毯の端で跳ね始める。

「え？ タフィーちゃん、どうしたの？」
リディアが驚いて聞くと、タフィーちゃんは「ぷるぷるん！」とさらに大きく弾んで、ある方向を示した。

「そっちに行きたいの？ もしかして、何か見つけたのかな？」
タフィーちゃんの勘を信じて、リディアたちは絨毯をその方向に進めた。

しばらくすると、雲海の向こうから緑豊かな浮島が現れた。島の中にはたくさんの木々が茂り、その中でもひときわ目を引くのは、大きな葉と長いさやをつけたカカオの木だった。

「わぁ、ここは……カカオの木がいっぱい生えてる！」
リディアは島に降り立ち、目の前の木を見上げながら驚きの声を上げた。

タフィーちゃんは大興奮で「ぷるぷるん！」と跳ね回りながら、すぐにカカオの木の下に向かう。そして、熟したカカオの実を取り込むように吸収すると、体全体が甘い香りを漂わせ始めた。

「タフィーちゃん、すごい！ これで潤滑油を作れそうだね！」
リディアはその様子を見て目を輝かせた。

タフィーちゃんはカカオを体内で加工し始めた。少し時間が経つと、タフィーちゃんの体から滑らかなカカオバターが生成され、ぽとりと一滴ずつ流れ落ちてくる。

「これがカカオバター……タフィーちゃん、本当にすごいよ！」
リディアは驚きながら、用意していた小さな容器にカカオバターを集めた。そのバターはほんのり甘い香りを漂わせ、触ると驚くほど滑らかだった。

「これなら歯車もスムーズに動くはず！」
リディアは満足そうに容器を手に取り、タフィーちゃんの頭を優しく撫でた。

「ありがとうね、タフィーちゃん！ これで猫たちを助けられるよ！」
メリーちゃんも「メェ！」と嬉しそうに鳴き、ふわふわの毛を揺らして賛成の意を示した。

潤滑油となるカカオバターを手に入れたリディアたちは、再び魔法の絨毯に乗り込み、歯車とからくりの島を目指した。タフィーちゃんの力で作られた特別なオイルが、猫たちの負担を減らし、島全体の歯車を滑らかに動かすきっかけになると信じて、リディアは心を弾ませていた。

「さぁ、戻って歯車を直そう！ 猫たちに楽しい時間を取り戻してあげるんだ！」
絨毯は柔らかな風を受けながら、再び空を舞い始めた。