ノクティルカの深淵 ーThe Abyss of Noctilucaー

ねむたん

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ノクティルカの森で

幸せなひととき

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ヴァレリオがセラフィーナにデートを申し出た朝、彼女は胸の中で一筋の期待とともに、少しの不安を抱えていた。洋館から外に出ることは久しぶりで、長い間、その静かな館内で過ごしてきたため、広い世界に触れること自体が新鮮で、少し怖くもあった。それでも、ヴァレリオと一緒なら何も怖くはないと感じていた。

彼はセラフィーナの不安を知っているのか、何も言わずに優しく彼女を見守りながら、手を差し伸べた。「君と一緒に行くことが、何よりも楽しみだよ。」その言葉に、セラフィーナは少しだけ安心し、頷いた。

洋館を出ると、深い森が二人を迎えた。ヴァレリオの背中を追いながら、セラフィーナは少し後ろで足音を感じながら歩く。森の中は、今まで感じたことのない静けさが漂っていた。木々の間から差し込む光が、柔らかく地面を照らし、霧が少し立ち込めている。ヴァレリオの影が長く伸び、セラフィーナはその後ろに続く。

「この森を抜けるのは、久しぶりだね。」ヴァレリオがそう言いながら、ふと足を止める。

セラフィーナは少し戸惑いながら、彼を見上げた。「長い間、外に出てなかったから……少し怖いけど、大丈夫かな?」

「君が不安なら、すぐにでも戻ろうか?」ヴァレリオの目は、セラフィーナを見つめるその瞳の奥に、深い優しさと愛情を浮かべていた。

セラフィーナは少し考えてから、微笑んだ。「大丈夫よ。あなたが一緒にいるなら、どんな場所も怖くないわ。」

その言葉にヴァレリオは満足そうに頷き、再び歩き始める。二人はゆっくりと、でも確実に深い森を抜けて行った。セラフィーナの足取りは少し重かったが、ヴァレリオが常に隣にいることで、次第に心が軽くなっていく。

森を抜けると、広い道が広がり、町の喧騒が少しずつ聞こえてきた。セラフィーナはその音に少し驚き、足を止める。「ここが町なのね……」

ヴァレリオは振り返り、微笑んだ。「君が見たことのない町並みだろう。だが、今日はそのすべてを君と一緒に歩いていく。」

セラフィーナはその言葉に胸が高鳴り、しばらく黙って彼を見つめた。彼と一緒にいると、何もかもが特別に思える。

町の中心に近づくと、古書店が見えてきた。木造の店構えが、他の建物とは一線を画している。棚がたくさん並び、店内にはどこか懐かしい香りが漂っていた。

「ここだよ。」ヴァレリオは軽く声をかけ、扉を開けた。

店の中に入ると、数えきれないほどの本が並んでおり、古びたページの匂いがセラフィーナの鼻をくすぐった。彼女は目を輝かせながら本棚を眺めていた。ここは、彼女が昔から夢見ていた場所の一つだった。彼女が好きなジャンルや、ずっと探していた本があることを知っているヴァレリオは、静かに彼女を見守りながら、彼女が興味を示す本を一冊手に取る。

「セラフィーナ、これを見てごらん。」ヴァレリオはその本を差し出す。

セラフィーナは本の表紙を見つめ、少し考えてから手に取った。「ありがとう、ヴァレリオ。これ、ずっと気になっていた本だわ。」

ヴァレリオは微笑んだ。「君が楽しんでくれることが、何より嬉しい。」

その後、二人はゆっくりと店を回り、セラフィーナが一番気に入った本を手に取ることができた。彼女の笑顔を見ながら、ヴァレリオは少しだけ胸を撫で下ろす。これから先、彼女が自由に外の世界を感じ、楽しむことができるなら、自分もその一部になれたようで嬉しいと感じていた。

本を買うと、二人は店を後にして、次の場所へと向かった。道すがら、セラフィーナはその日一日がどれほど特別なものか、心の中で感じていた。そして、ヴァレリオが彼女の隣で歩いてくれる限り、この先もずっと、彼女の世界は輝き続けるのだろうと、確信していた。

次の目的地は、町の小さなカフェだった。

二人が古書店を後にし、静かな町並みを歩いていると、心地よい風が吹き抜け、セラフィーナはふとその風を感じて目を閉じた。ヴァレリオが彼女の歩調に合わせて、静かに歩いている。その存在が、どこか安心感を与えてくれる。町の喧騒も少し遠く、落ち着いた雰囲気の中で、セラフィーナはヴァレリオと一緒に過ごす時間を噛み締めていた。

「次はカフェだね。」ヴァレリオが軽く言うと、セラフィーナは笑顔で頷いた。

町の片隅にある小さなカフェは、他の店とは一線を画した雰囲気を持っていた。店内に足を踏み入れると、温かな光が差し込み、木のテーブルと椅子が並んでいた。カウンターの向こうでは、優雅にお茶を淹れる店主が見え、心地よい音楽が流れている。

「ここ、素敵ね。」セラフィーナは目を輝かせて言った。

ヴァレリオは少し微笑み、セラフィーナを促すように席へと導いた。「君が気に入ってくれるなら、嬉しいよ。」

席に着くと、店内の穏やかな空気に包まれ、セラフィーナは深呼吸をしながらリラックスした。カフェの香りが心を落ち着け、時間がゆっくり流れていくような感覚を覚えた。

「何を頼む?」ヴァレリオが尋ねると、セラフィーナは少し悩んでから答えた。「温かい紅茶が飲みたいわ。」

「それなら、僕も同じものを頼もう。」ヴァレリオは店主に注文を告げ、再びセラフィーナに目を向けた。彼の瞳の奥には、彼女を見守る深い愛情が込められている。

紅茶が運ばれ、二人は静かにお茶を楽しんだ。セラフィーナは、カップを手に取りながら、ヴァレリオとの穏やかな時間を心から楽しんでいる自分に気づく。外の喧騒も、店内の喧騒も、すべてがどこか遠く感じられ、ただ彼と一緒に過ごす瞬間だけが大切に思えた。

「ヴァレリオ、今日は本当にありがとう。」セラフィーナが小さな声で言うと、ヴァレリオは優しく答えた。

「君が笑ってくれることが、僕にとっての喜びだよ。」彼の声は柔らかく、心に響くようだった。

その言葉に、セラフィーナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。彼との時間は、どれも特別で、そして何よりも大切だと感じていた。今日、この一日が終わる頃には、また新たな思い出が増えていくことだろう。

カフェでのひとときが過ぎると、次の目的地へ向かうため、二人は店を後にした。向かう先は、湖だ。
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