気まぐれ令嬢と微笑みの調停役〜お兄様もいるよ！

プロローグ

屋敷での策略と我儘の応酬

屋敷の暖炉の前で、クラリスは長椅子に横たわりながら、金色の髪を軽く弄んでいた。彼女の視線は窓の外、遠くの山並みに向けられている。そこへ紅茶を運んできたメイドが声をかけた。「お嬢様、ガイウス様がまだお戻りにならないようですが…」

クラリスは退屈そうに肩をすくめた。「兄様なら大丈夫よ。だってドラゴンを倒したんですもの。山のハーブくらいすぐに見つけて帰ってくるわ」

「それより、次のパーティーの話だけど――」とクラリスは視線を横に移した。そこにはルシアンが、本を手に静かに座っている。彼は読書に没頭しているように見えたが、クラリスの声に気づかないふりをしているのが明らかだった。

「ねえ、聞いてるの？」クラリスが声を強めると、ルシアンはようやく顔を上げた。微笑みながら本を閉じ、「もちろん聞いているよ。次のパーティーの話だろう？」と穏やかに返す。

「そうよ！今度のパーティーには、もっと華やかな演出が必要だと思うの。例えば――庭園をまるごと花で飾って、その中でダンスをするの。素敵だと思わない？」

ルシアンは少し考えるように眉を寄せてから、「確かに素敵だね。でも庭園を花でいっぱいにするには、かなりの準備が必要だ。時間も費用もかかると思うけど…」

クラリスは話を遮るように、「そんなの問題じゃないわ！兄様に頼めばすぐに解決するもの」と即答した。

「いや、ガイウス様をこれ以上振り回すのは――」ルシアンが言いかけると、クラリスは顔を近づけて微笑んだ。

「ルシアン、あなたのそういう冷静なところが好きじゃないわ。でも、その顔は好きよ」

ルシアンは一瞬たじろいだが、すぐに柔らかく笑い返した。「それは光栄だ。でも君が望むことを全て叶えられるわけじゃないと、そろそろ学んだほうがいいんじゃないかな」

クラリスはルシアンをじっと見つめた後、頬杖をついてふてくされた。「でも、私が望むことを叶えてくれるのが、あなたの役目でしょう？」

「いや、僕の役目はむしろ君があまり無茶をしないように見守ることだと思っているよ」ルシアンの微笑みは穏やかだったが、どこか勝ち誇ったようにも見えた。

クラリスは悔しそうに唇を尖らせたが、次第にその表情が柔らかくなり、再び微笑んだ。「まあいいわ。とにかく、庭園の件も兄様が帰ってきたら頼んでみる。それまでにあなたは素敵な音楽を手配しておいてね？」

ルシアンは小さく笑いながら、「了解したよ」と答えた。

こうして、クラリスの我儘とルシアンの冷静な対処は、今日もいつものように繰り広げられるのだった。その二人の姿を見ていたメイドが、心の中で「本当に仲の良いお二人ね」と呟きながら、紅茶のポットを取り替えに行くのだった。




暖炉の火がぱちぱちと弾ける音が響く中、クラリスは長椅子に寝そべりながら、「退屈だわ」とぽつりと呟いた。その声にはわずかに苛立ちが混じっている。ガイウスが山の奥へ向かって以来、屋敷はどこか静まり返り、彼女にとっては退屈な時間が続いていた。

「何か面白いことを提案してくれないかしら？」クラリスが顔を上げると、そこには静かに本を読んでいるルシアンの姿があった。彼はページをめくる手を止めずに穏やかに返す。「例えばどんなことだい？」

「私を楽しませるようなことよ。驚くような、素敵なこと！」クラリスは椅子から起き上がり、彼の前に進み出た。その顔には、いつもの我儘な輝きが宿っている。

ルシアンは一呼吸置いてから、微笑みを浮かべた。「それなら少し待ってくれ。すぐに準備するよ」

彼は本を閉じると、その場を静かに立ち去った。クラリスはその背中を目で追いながら、「本当に期待していいのかしら？」と呟き、長椅子に再び腰を下ろした。

しばらくして、ルシアンが庭から戻ってきた。手には鮮やかな花々がいくつも束ねられており、それを見たクラリスは目を輝かせた。「まぁ！こんなにたくさんの花、どこで手に入れたの？」

ルシアンは微笑んだまま、「屋敷の庭だよ。君が普段気に留めないけど、隅の方にはこういう花が咲いているんだ」と答えた。

「庭の隅？そんなところ、気づかなかったわ」と言いながら、クラリスは花束に顔を近づけてその香りを嗅いだ。「素敵ね。でも、これだけ？」

「もちろん、これだけじゃないさ」ルシアンは少し得意げな表情を浮かべながら、手際よく花を大きな花瓶に生け始めた。それを暖炉の近くに飾ると、部屋の雰囲気が一気に明るくなり、香りがふんわりと広がった。

さらに、彼は懐から小さな銀色の笛を取り出した。それを唇に当て、軽やかで優しい音色を奏で始める。その音は部屋中に響き渡り、クラリスは思わずうっとりと耳を傾けた。「こんなこともできるなんて、あなたって意外と器用なのね」

「いや、君が退屈するよりはいいかと思っただけだよ」とルシアンは飄々と答える。クラリスはその姿を見て満足そうに微笑み、「今日は特別に褒めてあげるわ」と言った。

そのとき、玄関の扉が勢いよく開き、冷たい風とともにガイウスが現れた。「ただいま！伝説のハーブを持って帰ってきたぞ！」彼は誇らしげに小さな袋を掲げて見せる。袋の中には黄金色の葉が輝いていた。

「兄様！」クラリスは飛び上がるように立ち上がり、ガイウスの元へ駆け寄った。「さすがね！本当に手に入れてくるなんて！兄様はやっぱり最高だわ！」

ガイウスは鼻を高くしながら、「当然だろう！このガイウス様に不可能はないんだからな！」と胸を張った。

ルシアンはそれを少し離れたところで静かに見つめながら、心の中で呟いた。「兄妹そろって、本当に分かりやすいな…」それでも、その微笑みは柔らかく、どこか楽しげだった。

こうして屋敷は再び賑わいを取り戻し、クラリスはガイウスの冒険談を興奮気味に聞きながら、ルシアンの奏でる静かな音色がその場をさらに心地よいものにしていた。