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クラリスとルシアンのはじまり
珍妙な勧誘
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「あなた、私の妹になりなさい!」
廊下の曲がり角を勢いよく曲がるなり、クラリスは立ち止まっていた少年――いや、少女のようなルシアンを指さしながら高らかに宣言した。その声は廊下に響き渡り、まばらにいた生徒たちの視線を一気に集める。
「……はい?」
ルシアンは目を瞬かせ、持っていた本を閉じた。少し驚きながらも微笑みを浮かべ、その声にはどこか余裕さえ感じられる。
「聞こえなかったの?もう一度言うわ!あなた、私の妹になりなさいって言ったの!」
クラリスは頬を膨らませながらズカズカと近づいてくる。身なりの良いワインレッドのリボンに、風に揺れる柔らかな三つ編みが特徴的だ。彼女の目は真剣そのものだが、どこか子供じみたわがままさが混じっている。
ルシアンは冷静に観察しながら、頭の中で言葉を選ぶ。「……すみません、ちょっと意味が分からないんですけど」
その返答に、クラリスは一歩引くどころかさらに顔を近づけてきた。「いい?私はね、親しい妹が欲しいの。だって見てよ、学園の他の子たち。みんな私が誘ってもすぐ逃げちゃうんだから!」
学園はつい最近、女子校から共学に移行したばかりだった。その名残で、女子生徒たちの間には仲良しの“姉妹関係”を結ぶ文化がまだ根強く残っている。クラリスもそれを楽しみたくて、幾人もの女子に声をかけてきたのだが……天真爛漫で気まぐれな彼女の性格についていける子はほとんどいなかった。
「この間なんて、一緒にお茶会をしようって誘ったのに、急に『急用がある』とか言って逃げられたのよ!あり得ないわ!私、そんなに迷惑をかけたかしら?」
半ば独り言のように嘆き始めるクラリスを、ルシアンは微笑みを絶やさずに眺めている。
「で、でも!」クラリスの瞳に涙が浮かび始める。「あなたなら大丈夫だと思ったの。こんなに綺麗で優しそうな顔をしてるんだから、私の気持ちもきっと分かるわよね?」
「ええと……」ルシアンは困惑しながらも、彼女の熱量に押されて返答に詰まった。
その瞬間、クラリスの大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。「だって私……いつも一人なのよ!妹が欲しいだけなのに、誰も一緒にいてくれないの!」
ルシアンは観念したようにため息をつく。周囲の生徒たちが少しずつ足を止め、騒ぎを遠巻きに見ているのが分かった。これ以上、注目を浴びるのも面倒だ。
「……分かりました。とりあえず落ち着いてください」
「えっ、本当?本当に私の妹になってくれるの?」
クラリスは一気に涙を拭い、キラキラと輝く笑顔で彼を見上げた。その豹変ぶりに、ルシアンは一瞬言葉を失う。
「……まぁ、妹かどうかは分かりませんけど、少なくとも泣かせたままにはできませんよ」
そう言いながら、ルシアンは苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ決まりね!」クラリスは涙が嘘のように消えた顔でぱっと笑い、ルシアンの手をぎゅっと握った。「今日からあなたは私の妹よ!名前は……そうね、ルシアンっていうの?でもちょっと男の子みたいな名前ね。もっと可愛い名前がいいわ、ルシェールとかどう?」
「いや、名前は変えられませんし、僕は――」ルシアンが言いかけると、クラリスは耳を貸さずに話を続けた。「ルシェールで決まりね。ねえ、ルシェール、これから一緒にお茶会を開きましょう。私の大好きな紅茶とケーキを用意してあげるわ!」
「……あの、少しだけ待ってもらえませんか」ルシアンは冷静さを保ちながら、ゆっくりとクラリスの手を離した。「まず、僕は男なんです。妹というのもおかしいですし、名前を勝手に変えられるのはちょっと困ります」
「ええっ?」クラリスは目を丸くしたあと、じっとルシアンを見つめた。「……そうなの?でも全然そんなふうに見えないわ!」
「よく言われますが、それが現実です」ルシアンは穏やかな微笑みを浮かべたまま、内心ではどう収拾をつけるべきか頭を巡らせていた。このまま押され続けるわけにはいかない。
「でもね、ルシェール、私は諦めないわよ。あなたみたいに綺麗な子は、妹以外あり得ないもの!」
「なるほど」ルシアンはわずかに目を細めた。「では、提案があります。僕とまず普通に友達になりませんか?」
「……友達?」クラリスは少し考え込んだように首を傾げた。「それも悪くないけど、妹の方がいいわ。なんだか特別な響きがするもの」
「そうですね、特別かもしれません。でも、友達ならもっと気楽に楽しく過ごせると思いますよ。それに、もし僕が妹として不合格だったら、そのときにまた考えてみてはどうでしょう?」
「えっ、そういうもの?」クラリスは眉を寄せて考え込んだ。「まあ、そう言うなら……友達から始めるのもいいかもしれないわね。でも、約束して。絶対に私を裏切らないでよ?」
「もちろん」ルシアンは軽く微笑んでみせた。
こうして、クラリスの無理難題は一時的に形を変えて収束した。しかし、彼女が満足する日はそう遠くないとルシアンは悟っていた。彼女の気まぐれさと行動力を目の当たりにした彼は、これからも振り回される日々が続くのだろうと薄々覚悟していた――穏やかな笑顔の裏で。
廊下の奥から聞こえる鐘の音が次の授業の開始を告げた。「じゃあ、また後でね!ルシェール!」クラリスが手を振って去っていく後ろ姿を見送りながら、ルシアンは軽く肩をすくめた。
「……なかなか手強い人だ」彼は自嘲気味に呟くと、歩き出した。
廊下の曲がり角を勢いよく曲がるなり、クラリスは立ち止まっていた少年――いや、少女のようなルシアンを指さしながら高らかに宣言した。その声は廊下に響き渡り、まばらにいた生徒たちの視線を一気に集める。
「……はい?」
ルシアンは目を瞬かせ、持っていた本を閉じた。少し驚きながらも微笑みを浮かべ、その声にはどこか余裕さえ感じられる。
「聞こえなかったの?もう一度言うわ!あなた、私の妹になりなさいって言ったの!」
クラリスは頬を膨らませながらズカズカと近づいてくる。身なりの良いワインレッドのリボンに、風に揺れる柔らかな三つ編みが特徴的だ。彼女の目は真剣そのものだが、どこか子供じみたわがままさが混じっている。
ルシアンは冷静に観察しながら、頭の中で言葉を選ぶ。「……すみません、ちょっと意味が分からないんですけど」
その返答に、クラリスは一歩引くどころかさらに顔を近づけてきた。「いい?私はね、親しい妹が欲しいの。だって見てよ、学園の他の子たち。みんな私が誘ってもすぐ逃げちゃうんだから!」
学園はつい最近、女子校から共学に移行したばかりだった。その名残で、女子生徒たちの間には仲良しの“姉妹関係”を結ぶ文化がまだ根強く残っている。クラリスもそれを楽しみたくて、幾人もの女子に声をかけてきたのだが……天真爛漫で気まぐれな彼女の性格についていける子はほとんどいなかった。
「この間なんて、一緒にお茶会をしようって誘ったのに、急に『急用がある』とか言って逃げられたのよ!あり得ないわ!私、そんなに迷惑をかけたかしら?」
半ば独り言のように嘆き始めるクラリスを、ルシアンは微笑みを絶やさずに眺めている。
「で、でも!」クラリスの瞳に涙が浮かび始める。「あなたなら大丈夫だと思ったの。こんなに綺麗で優しそうな顔をしてるんだから、私の気持ちもきっと分かるわよね?」
「ええと……」ルシアンは困惑しながらも、彼女の熱量に押されて返答に詰まった。
その瞬間、クラリスの大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。「だって私……いつも一人なのよ!妹が欲しいだけなのに、誰も一緒にいてくれないの!」
ルシアンは観念したようにため息をつく。周囲の生徒たちが少しずつ足を止め、騒ぎを遠巻きに見ているのが分かった。これ以上、注目を浴びるのも面倒だ。
「……分かりました。とりあえず落ち着いてください」
「えっ、本当?本当に私の妹になってくれるの?」
クラリスは一気に涙を拭い、キラキラと輝く笑顔で彼を見上げた。その豹変ぶりに、ルシアンは一瞬言葉を失う。
「……まぁ、妹かどうかは分かりませんけど、少なくとも泣かせたままにはできませんよ」
そう言いながら、ルシアンは苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ決まりね!」クラリスは涙が嘘のように消えた顔でぱっと笑い、ルシアンの手をぎゅっと握った。「今日からあなたは私の妹よ!名前は……そうね、ルシアンっていうの?でもちょっと男の子みたいな名前ね。もっと可愛い名前がいいわ、ルシェールとかどう?」
「いや、名前は変えられませんし、僕は――」ルシアンが言いかけると、クラリスは耳を貸さずに話を続けた。「ルシェールで決まりね。ねえ、ルシェール、これから一緒にお茶会を開きましょう。私の大好きな紅茶とケーキを用意してあげるわ!」
「……あの、少しだけ待ってもらえませんか」ルシアンは冷静さを保ちながら、ゆっくりとクラリスの手を離した。「まず、僕は男なんです。妹というのもおかしいですし、名前を勝手に変えられるのはちょっと困ります」
「ええっ?」クラリスは目を丸くしたあと、じっとルシアンを見つめた。「……そうなの?でも全然そんなふうに見えないわ!」
「よく言われますが、それが現実です」ルシアンは穏やかな微笑みを浮かべたまま、内心ではどう収拾をつけるべきか頭を巡らせていた。このまま押され続けるわけにはいかない。
「でもね、ルシェール、私は諦めないわよ。あなたみたいに綺麗な子は、妹以外あり得ないもの!」
「なるほど」ルシアンはわずかに目を細めた。「では、提案があります。僕とまず普通に友達になりませんか?」
「……友達?」クラリスは少し考え込んだように首を傾げた。「それも悪くないけど、妹の方がいいわ。なんだか特別な響きがするもの」
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